現代赤黒童話

名取

【赤】正義バートリ





「不健全なものは見てはいけません。」

 エリザはそう言われて育ちました。








 エリザが生まれたのは、日本の片田舎でした。

 全員教師の彼女の家族は、町のみんなに尊敬され、慕われていました。

「みんなみたいに、先生になりたい!」

 幼いエリザが言うと、親族はにっこり微笑んで、

「なれるわよ。私たちの言うことをしっかり守っていれば」

 と、言いました。



 エリザは、お勉強を頑張ります。

 学校のテストではいつも一番をとりました。

 彼女の部屋には、いつしか外から錠がかけられました。

 お菓子も、ジュースも、エリザには与えられません。

 けれど、彼女は気にしません。



「不健全なものは、要らない。だって無意味だもの」



 エリザはとても幸せでした。

 優秀な成績に、おいしい食事。

 綺麗な服に、広い部屋。

 天使のような友達と、王子のような恋人。

 気の合わない同級生や先生は、気づけばみんないなくなっていました。




「これはきっと、神様のくれたご褒美だわ。

 私が正しいことをしていたから、私の人生をいい方へ導いてくれたのね」




 こうしてエリザは、この世すべての幸福を手に入れて。

 この世すべてのあらゆるものに、深く深く、感謝しました。

 けれどもある日、彼女の前に、






 教師を目指しているエリザは、学校の授業の一環で、とある養護施設を訪れました。身体の不自由な子供たちが、そこでは静かに暮らしています。

 故郷と同じ、緑に囲まれた山奥の館に、エリザは胸を躍らせました。



「ああ、なんて素敵なところなの。ここで学ばせてもらったら、夢に近づけるに違いないわ」



 気心の知れた友人たちと共に、ボランティアを始めたエリザでしたが、ある時、奇妙なことに気がつきます。施設の職員たちの彼女たちを見る目が、ときどきひどく冷たくなるのです。エリザは無邪気に首をかしげました。

「私たちは一生懸命やっているのに、なぜ?」

 その答えはすぐわかりました。

 職員たちはみんな、エリザたちのことが大嫌いだったのです。



「言ってることは、わかるんだけど」



 ある夜、エリザが忘れ物をして施設の庭に戻ると、囁き声が聞こえてきました。

 明かりの灯った窓に、まるで影絵芝居のように、二人の娘の影が映っています。


「そうなのよね。言ってることだけは、正しいのだけれどね」

「そうそう。でも……なのよね」


 その瞬間、エリザの頭に不快な思い出が蘇りました。

 お菓子やジュース、ゲームや漫画。

 そんな不健全モノにまみれにまみれた、かつての嫌いな同級生。

 彼らはエリザに言いました。


『君には一生、僕たちの気持ちはわからないよ』


 わからない。わからない。わからない。

 わからなくていい。

 エリザは駆け出し、夜の街を抜け、部屋に戻りました。

 けれどいつもなら眠っている深夜0時になっても、彼女はいつまでも寝付けません。



「おかしいわ」



 ベッドの中で、彼女は言います。言い続けます。

「おかしい、おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしい」

 もちろんエリザにとって、こんなにおかしなことはありません。

 だってあんな汚れた人が、子供たちのお世話をしているだなんて、あってはならないことでした。そんなことがあれば、みんな汚されてしまいます。子供を汚れから守るためにいるはずの職員が、子供を汚すだなんて。

「きっと、無理やり従わせられているんだわ」

 エリザは爪を噛みました。

「本当は嫌いだけど、大人に逆らうと暴力を振るわれるから、仕方なく仲の良いふりをしているんだわ。ああ、可哀想な子供たち!」

 





 あくる朝、エリザはホームセンターでノコギリを買い。





 昼、食事のスープに混ぜた睡眠薬でみんなを眠らせ。





 夕方から夜にかけて延々と、







「不健全なものは、要らない。


 だって、





 無意味だもの!」







 明くる日、不審に思った警察が、館を訪れ。


 目も当てられない館の中の惨状を目にした時。
















 エリザは血の海の真ん中で、


 非常に満ち足りた微笑を浮かべていたということです。



 

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