花が散る時

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

私は生まれつき心臓が悪かった。

なので定期的に病院へ行き、以上がないか検査をしていた。

そんなある日の事だ。17年生きたこの生に、最期の時を知らされたのは____


“余命1年”というのが私に残された時間であった。それは長くもあり短くもある。

窓の外では雨に濡れないようにと傘をさし歩く人々が目に入る。色とりどりのそれ花を連想させるが、どれも同じような物だった。それは半透明な物もあれば、透明な物、赤や黒等の色の着いている物、雨水で表面に模様が浮き上がってきている物など、多くの種類が道を行き交う。

病院の待合室にいる人達は呑気な顔をしている。誰もが普通の日常を過ごしているのだろう。私が余命宣告を受けてきたことなど知らずに、周りは生きている。

「どうかお気を確かに」と主治医の先生が母に言っていた。涙を流し、今にもその場に崩れ落ちそうだったが、それを見ていた私は何も思わず、何も感じなかった。

何故だか私は昔からこうなることが分かっていたような気がする。誰かに言われたわけでもないのに、私は知っていた。

「お母さん、そんなに泣かないで…?私は大丈夫だよ……」

「花菜……」

母は私の名前を呼び一瞬涙が止まる。

先程まで流れていた一筋の涙のあとは肌の上に残り、次第に消えていく。それはまるで記憶のようにゆっくりと。


あぁ、明日学校か……

仲のいい子達になんて言おう。

あと1年で死ぬよって、単刀直入に言っちゃえばいいのかな?でもそんなこと言ったら……

どうすればいいんだろ………


私は考えた。考えて、考えて、考え抜いた。私自身はこの事実を受け止めている。というよりも受け止めざるを得ない。今この現実を見ずに喚いたところで現実は変わらないし、変えられないのだから。だが周りはそうはいかないだろう。母のようにきっと泣いてしまう。

それもそのはずだ。いつも一緒に居て、これからも近くに居る、ずっと繋がっているはずだったんだ。そう、そのはずなんだよ………



〜翌日〜



普段通りの通学路のいつもの待ち合わせ場所にいつもと同じ時間に着き、友人がいつも通り来て、いつも通り電車に乗って、歩いて登校する。全てが“いつも通り”の日常なんだ。

下駄箱に着き、靴を脱いでスリッパに履き替える。職員室の前を通ると担任の先生がこちらへ来た。

「島崎、話があるから教室に荷物を置いたら一度職員室へ来てくれ」

「はい、分かりました」

一体なんの話しなんだろうか、と私は考えてみたが、今話すことといえば進路の話か私の残り時間のこと以外にない。

教室へ入り、自分の席に荷物を置く。それから来た道を戻り職員室に居る先生の所へ行くと、近くにある面談室へと通された。

「島崎、お前のお母さんから連絡があって話は聞いたよ……クラスには、俺から言おうか…?」

あぁ、やっぱりその話か。

正直言って欲しくはない。しかし、いつかは言わないといけないんだ。でも今言ってしまったら、普段通りの生活なんておくれないだろう。

私がどれほど望んだとしても、周りはそうさせてくれないということくらい私にだってわかっている。

「まだ、言わないで下さい……今はまだ、みんなといつも通り過ごしてたいんです………」

「………そうか、お前がそう言うならそうするが、無理だけはするなよ。何かあったらすぐに言うんだぞ」

「分かりました…」

先生は席を立ち、私達は面談室から出る。それを見かけた友人が「何かやったの?」と話しかけてくる。この部屋は何か問題を起こした生徒がよく入っているから、そう思われるのも仕方がない事だった。


それからの日々は少し退屈だった。

いつもなら皆と楽しむことが出来ていた体育の授業も受けられない。放課になっても大人しくしていなくてはならない。もし動き回っているのが先生に見つかれば、教室に戻って大人しくしているか、図書室で本でも読んでろと言われるのだ。

珍しく体育の授業を見学している私に、友達は“何かあったの?” “どうしたの?大丈夫?”と、声をかけてきてくれた。余命宣告をされてるんだ。大丈夫なはずがない。

しかし私はそれでもなお話すことが出来なかった。最後までみんなの楽しそうな、その笑顔を見続けていたかったから。



余命宣告をされてから10ヶ月が過ぎた。

ここ最近になって体調が優れない日が増えてきて、今日は一段と倦怠感がすごい。それを周りに悟られないようにと、出来る限り普段通りにはしているが、今日はそれがちゃんとできていなかったようで友達が私の体調を心配して保健室へと付き添ってくれた。

私が保健室に来たことを知った担任の先生が慌てた様子で駆けつける。先生は私の友達に「あとは先生達に任せて教室に戻っていいよ」と言って、友達はその場を後にして教室へと戻っていった。

それから先生は母に連絡し、私は早退した。

母の車に乗り病院へ行き色々と検査を受けた。主治医の先生がその結果を見て看護師の人と何かを話し始めた。先生は度々こちらを見る。

話終えると真剣な顔をしてこちらを向く。

「申し上げにくいことですが、娘さんの症状が少し悪化してきているようです。なので、本日から入院してもらいたいのですが……」

どうやら悪化が原因で最近体調が優れなかったようだ。先生の話ではあと1ヶ月もつかどうからしい。まだ、2ヶ月あると思っていたんだ。だから残り1ヶ月になったら言おうと思っていた。そう、自分の中で決めていたんだ。

それがどうだ。人の体とは先生が言った通りに進むわけではないらしい。1年と言われたが、少し縮まってしまった。今日から入院となると明日学校に行くことも無いし、明日友達にこの話をすることも出来ない。

母はまた横で泣き崩れる。

私は何も言葉をかけることが出来なかった。なんと声をかけていいのかが分からなかった。


一室の広い部屋に案内される。中央にベッドがひとつある。個室での入院らしい。

この広い部屋にたった1人、誰も来なければただの静寂が漂うだけだ。だがそのお陰で何かをやっていると、それに集中することが出来るというのはこれの利点かもしれない。

入院するとなると、やはり学校を休まざるを得ない。だから私は母に“友達にだけでもこのことを話して欲しい”と、先生に伝えてくれるように頼んだ。ここまできたらもう隠すことも出来ないし、隠す気もない。

にしても、私の友達は行動に移すのが早い方のようで、学校が終わってすぐに病院まで来た。丁度母は私の着替えなどを家に取りに行っていて、病室には私一人だけだった。

「どうしてもっと早く言ってくれなかったの!?言ってくれれば……部活とか用事よりも花菜のこと優先したのに………」

友人の咲はそう口にしながら涙を流す。

その隣に居た友達は、皆最初から泣くのを堪えていたのか、咲を見て耐えきれなくなったようで泣き始める。

私はこれが、この光景が見たくなかった。みんな、笑顔の似合う子ばかりだから泣かせたくはなかった。しかしそれと同時に、私のために泣いてくれてありがとう、と思った。

そんなことを思うと私まで泣けてきた。目が熱くなる。涙が零れ落ちていくのがよく分かった。

その日はみんなで泣いた。

泣いて、泣いて、泣きまくった。

そして何故このことを私がみんなにもっと早く話さなかったのか、私に残された時間はどのくらいなのかという話をした。


それから数日後、クラスのみんなが来てくれた。担任の先生も一緒だ。友達はまた泣きそうになっていた。先生も悲しそうな顔をしている。

「みんな、どうしたの?」

「今日は花菜に渡したい物があって来たの。これ、みんなからだよ」

そう言って咲は1つのノートを渡してきた。

分厚い表紙で、ページは画用紙のようにしっかりとしている。普段使っているものよりも高そうな物のようだ。

ページをめくると、そこにはメッセージや色々な写真などがあった。どれも懐かしいと感じられた。入学したばかりの頃の写真や高校に合格して喜んでいた時の私の写真などの、クラスの人が持っているはずのない写真まで入っていた。隣の母を見ると、笑みを浮かべこちらを見ていた。きっとクラスの人か先生が頼んで母にこの写真を渡してもらったんだろうと、なんとなく察しがついた。

心が暖かくなっていくのが自分でもわかった。じんわりと、みんなの思いがしみていくようだ。


だが、神様は意地悪だ。この幸せな瞬間を最期の時にしてしまうのだから_____


突然発作が起きる。容態が急変した。

血圧は下がり、呼吸も荒くなる。

先生は生徒達を廊下へ出し、主治医の先生と看護師さんたち、それから母が近くへ来る。隣にある機械が異常を知らせる音を鳴らし続けながらそこにある。

しかしこうなるのはわかってた。ただ予定より少し早くなっただけだ。そう自分に言い聞かせ腹を括った。

意識が朦朧としてきて、視界が少しづつ暗くなっていく。そして完全に暗くなり、周りの音は聞こえなくなってしまった。まるで眠りにつくような感覚だった。



私はそうして死んでいった。そしてこれが、この出来事が私の最期の瞬間で、最高の思い出となった。


もし今皆に声が届くなら“ありがとう”と、心の底から伝えたいと思った。

本当は私も、もっと皆と沢山遊んだり話したりしていたかったと_____


悔いが多い人生だったかもしれないが、これは私にとって最高の人生でもあったのかもしれないと、最期に私は思った。

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