『ポール・ロワイヤル論理学』における、アントワーヌ・アルノーの述べる誤謬の分類と現代における創作物についての一考

●第三部二十章(教科書)部分要約


 第三部二十章では、人間の犯しがちな誤謬について述べられる。アルノーによれば、誤謬の原因は「内的なもの」と「外的なもの」に分けられる。

 前者には、「自尊心(自己愛)」「利欲(利益を求める気持ち)」「情念(たとえば、嫌いな人の意見は評価しない)」「嫉妬心(たとえば、自分と関連の高い人の意見は評価し、そうでない人の意見は評価しない)」がある。アルノーはこれらを踏まえ、賢明な人はなるべく自我を出さないようにするべきだとする。加えて、「議論好き」や「おべっか使い」や「目的のために意見を選ぶこと」も判断を誤らせると述べる。

 後者には、「人々は自分を感動させたものを意識する」「きれいな言葉には惑わされがちである」「その人の意図を主観によって判断する」「いくつかの特殊な経験を一般化する」「結果論を用いる」「態度や外見によって本質を判断する」「その人の立場で判断する」「話し方で判断する」といったことを挙げている。アルノーはこれらを踏まえ、世間の人々に意見を正しく聞いてもらうには、方法にも気を配るべきであると本章において結論づける。



●考察:誤謬はしばしば創作物に利用される


 以上を踏まえ、本レポートでは、「これらの誤謬はしばしば創作物に利用される」ということを論じていきたい。

 特に頻繁に利用されるジャンルはミステリである。なぜミステリに誤謬がしばしば用いられるかというと、その誤謬こそを利用してトリックが成り立つからである。

 私は後期の本授業を受けながらそのことに気がついたので、以下挙げていく創作物は、後期のあいだに鑑賞したものに限定した(なお、念のため、決定的なネタバレはないよう留意する)。


○例1:小説『烏に単は似合わない』

 本書はファンタジーであると同時に、意外性を孕んだミステリとしても評価されている。

 核心的なトリックのひとつで用いられている誤謬は、おもに「きれいな言葉には惑わされがちである」「態度や外見によって本質を判断する」「話し方で判断する」等、対象についての誤謬である。とあるキャラクターについて多くの読者が誤謬を犯す。その判断の誤りがラストのどんでん返しにつながる。


○例2:映画『屍人荘の殺人』(原作は小説)

 本作品はミステリである。

 様々な誤謬が入り乱れるが、事件の核心となる要素においては、内的な原因では「利欲」、外的な原因では「いくつかの特殊な経験を一般化する」ということが決定打となっている。某キャラクターの「利欲」を見抜ければそもそもこの事件は起こらなかったかもしれず、また人々は特殊な経験を過剰に一般化してしまい事件の真相への考察が遅れる。


○例3:小説『ロング・グッドバイ』

 本書はハードボイルドとして有名だが、同時に上質なミステリである。

 キャラクターの数だけ誤謬を犯していると言っても過言ではない。人々の内的な「情念」や「嫉妬心」が大きく影響する。キャラクターたちそれぞれの判断の誤りが、捜査を混乱させる。

 同時に、キーパーソンの一人については、外的な「その人の意図を主観によって判断する」「結果論を用いる」ということ、そしてこちらでも「態度や外見によって本質を判断する」といった誤謬がある。有名な「ギムレットには早すぎる」という台詞が読者の心に残るのは、それまで読者が対象に対して犯してきた誤謬があるからこそである。



 以上、アルノーの言う誤謬の創作物においての利用について考察してきた。

 ミステリが面白く感じるのは、誤謬が適切に利用され、私たちの判断の深いところまで介入してくれるからなのかもしれない。

 誤謬について知ることは、人間の判断について知ることにもつながる。今後も一層考察を深めていきたい。



参考資料:

『烏に単は似合わない』阿部智里、文藝春秋、2012年6月。

『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー、村上春樹訳(2007年)、早川書房、1953年。

『屍人荘の殺人』木村ひさし、今村昌弘原作、2019年12月13日。

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