30になってお互い独身だったら一緒に死のう
哲学徒
第一話
「30になってお互い独身だったら一緒に死のう」
高層ビルの屋上でタバコを吸っていると、ふとそんな約束を思い出した。高校時代、夢も希望も無かったころの思い出。バカバカしい。
手すりにもたれかかる。咥えているタバコの灰が街に落ちていく。一緒にバカやってたあいつは、街に消えてしまった。どこかで適当に働いて、適当な男と結婚して、適当に子供でも産んでるはずだろう。一人になったのは私だけだ。
変人の私を受け入れてくれたのは、同じく変人のあいつだった。あいつは高校生のくせにタバコをやっていた。教師に甘える不良のように、学校でやることはなかったが。
あいつの家は、いつも両親が居なかった。私は当然のようにそこにたむろした。二人で買い出しに行ってご飯を作ることもあった。二人とも料理は下手くそなので、何度も失敗したが楽しかった。
ヤニが染み付いたあいつの部屋でタバコを吸っていると、ふとあいつが「結婚なんてしたくない」と言い出した。「ああ」と私は答えた。あいつから両親の話を聞いたことはなかったが、良好な関係ではないと察していた。「30になってお互い独身だったら一緒に死のう」と言われたので、指切りをした。今一番幸せな私たちに、未来は要らなかった。
なんて恥ずかしい思い出なんだ。自嘲的な笑みが溢れる。地面に大の字になって、垂直に煙を延ばす。あのときも私たちは星を見た。全く星座を知らない私たちは、適当に繋いではしゃいでいた。疲れ果てて二人でベッドで寝たあと、どちらが言うともなく一週間ほど学校をサボって一緒に暮らした。部室にこっそり泊まるような生活は親の突撃によって壊されてしまった。
あいつが吸っていた銘柄は、先月で発売終了してしまった。カートン買いしたけど、最後の一箱になってしまった。その一箱も残り一本しか入ってない。
大人になれば自由になると思っていた。自由になって、好きな奴らとだけつるんで好きなことだけして生きていきたいと思っていた。だが、それは妄想だった。それに、大人になっても、あいつ以上の奴は現れなかった。あいつとの時間以上に自由になれることはなかった。ゆっくりと身体を起こして、再び手すりに近づく。
あと一本。口にタバコを咥えると、横から火が来た。息を飲む。火がついた。
「お待たせ」
あいつだった。
「ああ」
色々言いたいことがあるのに、息が詰まって言葉が出ない。
「ギリギリ間に合ったかな」
「ん」
そういえば今咥えてるのが最後の一本だ。
「ああ、自分で持ってきてる」
こいつはいつも人の心を読む。やつも火を付けた。
「いっせーので飛ぶ?」
「タバコ吸わないと勿体ない」
「そうか、そうだよね」
ころころと笑う。彼女がどう生きてきたか、なぜここに来たかは聞かない。彼女も聞いてこないことが分かったから。
「よくここが分かったな」
「あんたの考えなんてお見通しだし」
ああ、こいつに隠し事はできない。
「ここから飛び降りたら、心中事件になるのかな」
「お互い女子高生だったころならともかく、今は無理でしょ。それに空中で離れ離れになるかもしれないし」
「それは残念」
高校生のころのように笑い合う。やっぱり、こいつ以上の人はいない。そして、今のこの行為以上にこいつと一体化できる手段はない。
「じゃ、行こうか」
「うん」
お互い満面の笑みで肩を組んだ。これで離れ離れになることはない。二人で二人三脚のように空に踏み出した。社会が私たちの仲を切り裂いても、重力が私たちの命を奪っても、私たちは幸せなのだ。そう確信した。
30になってお互い独身だったら一緒に死のう 哲学徒 @tetsugakuto
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