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日比谷直耶

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 平日の午後、自宅の書斎で妻が入れた黄金色のハーブティーを飲みながら在宅ワークに勤しんでいた。外は久しぶりの青空だ。庭では5歳になる娘と保育園のお友達がピンクのゴムボールを投げあって遊んでいる。

 半年後に建設が始まるショッピングモールの決裁文書を確認していると、ふと、外が静かになったことに気づいた。庭の方へ目を遣ると、ガラスの向こうで娘たちがこちらに向かって口をパクパク動かしているのが見えた。どうやら、私を遊びに誘っているようだ。ゴムボールを片付けているので、おそらく鬼ごっこの類だろう。パソコンを閉じ、ハーブティーを飲み干した私は、娘たちを連れて近所の公園に向かった。


**


「色鬼?」

「そう、色鬼!とりあえずパパが鬼ね。なんでもいいから色言って!」

「じゃあ、赤」

 その瞬間、「あか、あか~!」と繰り返しながら子どもたちは散って行き、お友達の服のアップリケや遊具に触り、満足げな顔でこちらを見ながら立ち止まった。ははん、なるほど。鬼が言った色を探してそれに触れるとセーフ、それまでに鬼にタッチされたら交代、そんなとこだろう。

「みんな赤に触れてるから、またパパの鬼ね」

 だいたい次すべき行動の検討はつくが、どうやら娘はルールの続きの説明がしたいようだ。「教えてあげようか?」と言わんばかりの得意げな顔でこちらを伺っている。「次はどうしたらいいの?」と問いかけた。

「えとね、そしたらね、『青色に変わった!』って他の色を言うの!」

「なるほど。じゃあ、青色に変わった」

 そう発した瞬間、子どもたちは「わ~!!」と極が一致して反発し合う磁石のように、各々が触れていた遊具などから弾かれ、青色に向かってまた散っていった。



**



「課長、こちらです。」

 起工式が行われるため、ショッピングモールの建設予定地である武蔵野に来た。森の端に仮設された白いテントは紅白の布に包まれ、中には銀色のパイプ椅子が立ち並ぶ。私は手水の儀を済ませ、式場に入った。

 式は様々な工程を踏み、地鎮の儀を迎えた。関係者たちが、新調された薄茶色の木の鎌や鍬、鋤を手に、盛られた土に向かって掛け声と共に、順に掘り起こす真似をする。


「えい!えい!えい!」


「えいや!えいや!えいや!」


「えい!えい!えい!」


《……》


「えいや!えいや!えいや!」


《……》


 掛け声以外の声が微かに聞こえる。若い社員が式に飽きて雑談でもしているのだろうか。


「えいさ!ほいさ!こいさ!」


《次は何かな?》


「えい!えい!えい!」


《何だろうね》


 いや、違う。


「えいさ!ほいさ!こいさ!」


《次は何色かな?》


「えい!えい!えい!」


《何色だろうね》


 これは子どもの声?色?


「えい!えい!」


「あ~~~い!」


 最後に社長が、大きな声で鋤を盛り土に差し込んだその時、わ~!!という声とともに何かが散っていった。


半年前に確認した決裁文書。添付されていたショッピングモールの完成イメージ図、そこには武蔵野の豊かな緑を一切に感じさせない、わが社のイメージカラーである藍色の大きな看板を掲げた無機質で巨大な物体が写っていた。




**




《次は何色かな?》


《何色だろうね》

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iro-oni 日比谷直耶 @hibitani_naoya

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