第56話 楓雪vs界
残り十五秒。38−36。
ところで同点の場合、決勝に限って短い延長戦がある。引き分けという終わり方は非情にも存在しない。
たとえ、その延長戦でも同点であったとしても、引き分けは許されない。その場合は通常の試合と同様、いままでの試合の得失点差で勝者が決定される。
さて、両クラスの得失点差だが、それは計算するまでもない。F組が勝つ。
F組はすべての試合で二桁点差をつけている。僕が唯一観に行った初戦でも44点差で勝利している。
それにE組にはシード権があった。シード権は単に有利になるものではない。同点になったときには不利になることが多い。
E組は最速でオフェンスに転じたはずだが、F組は既に布陣を構えていた。
E組オフェンスはあっちへこっちへボールを逃しながら、コートを擾乱して、攻撃の緒を探していた。
ボールも選手も目まぐるしく動く。両クラスとも必死の形相だ。
一方、ディフェンスはボールと対になった磁石みたいに、ボールマンに執拗に圧をかける。少しでもボール運びを間違えれば奪われてしまう。
たまにカットインしたり、隙を見てディフェンスに切り込んだりするが、シュートには繋げられない。
それにこちらは2ポイントシュートなんて端から狙っていない。
本命は麴森のスリーだ。それ以外の匂わせるだけの陽動だ。
そのようなこと、両クラスとも気がついているだろう。
だからこそ麴森には常に倉敷と水門水の二人がかりのマークがついて回っていて、素早くスリーポイントラインを出ても、必ずパスコースが消されている。
残り十秒。
コート上ではわらわらと選手が動く。動く。未だE組は攻め倦ねている。麴森にパスが繋がればいいが、倉敷と水門水のマークは強力だ。むしろ、麴森にボールが渡ったとして、シュートには繋げられない気がする。
たぶん、その思考はほかのチームメートにもある。しかし、スリーポイントを確実に決められるのは麴森だけだ。
勝つにはスリーしかない。最悪、同点でもいいが、E組にはとっくに限界が来ている。
パス回しで失敗をすることはいまさら誰も考えていない。逆にパスを回すことでいつか相手に隙ができるということだけを考えている。いつか麴森にパスが渡る時が来るだろうと。
ただ、その「いつか」を現状のタイムリミットは待とうしないだろう。
――僕はどの選手よりもコート全体を見渡しやすい位置にいた。
残り五秒。
いよいよE組は全員スリーポイントラインの外側に出た。ディフェンスの密度を下げるというためよりも、もう、誰がスリーを打っても恨みっこなしといった雰囲気だ。
――息が整ってきた。
残り四秒。
麴森に二人ついていることあって、人数差があるから、誰かにパスできる状況に常にある。先よりは広がったから、ボールマンがボールを保持できる時間が伸びている。
――未だ暴走した熱が体内を縦横無尽にけたたましく駆け回るが、それと反対に思考は澄み切って凪いでいた。
残り三秒。
が、ボールは次から次へと盥回しされ続けている。残り一桁秒になってから、もう打たなきゃという焦燥と、ぎりぎりまで粘って麴森にパスを出せる状況を待つ一縷の希望を戦わせているのだ。
しかし、それでも次が最後のパスになる。
――僕は機を見て地を蹴った。
残り二秒。
「「パス!!」」
僕はスリーポイントラインから少し離れた位置でボールを呼んだ。
困惑気味のパスが飛んでくる。この時点で「一縷の望み」は潰えた。
僕は胸元でボールを受けた。
既に――試合が始まるずっと前から――ゴールまでの「距離」は計測してある。
残り一秒。
両膝を屈曲し、殆ど乾いた雑巾を絞るように、残された体力を全身に伝播させる。
もし、フリーだったら、僕は普通にシュートが打てただろう。というより、どうしてスリーポイントラインからこれだけ離れていてフリーになれないことがあるのだろうか。
だが、ここでも喜々として界は僕の前に立ちはだかった。
僕と界は同時に跳び上がった。
…………奈御富界。
――――勝負だ!
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