第31話 平田悠隆の苦労
14.
今日は久しぶりに雲が多いけど、雨は降らなさそうだ。
今朝の降水確率も10%。
ま、サッカーは雨でも全然できるスポーツだからあまり関係ないか。
「よっ、平田
「キャプテン。なんですかそんな茶化すような呼び方」
対戦相手は3年A組。しかも僕とキャプテンはこの後の将棋でも戦うことになっている。
「んー、悪いな副会長。今日はお前さんに二つの星を黒く塗りつぶしてもらうことになってしまいそうで」
キャプテンはそう言いながら腕を肩に回してきた。
「たぶん、その星はキャプテンのですよ」
でも、正直3年A組とは当たりたくはなかったのが本音だ。
「……それにしてもお前も言い返せるようになったよなぁ。最初の頃は俺たちの悪い冗談もバカま……真摯に受け止めちゃってな」
「僕もだいぶサッカー部に毒されましたからね」
なんて談笑しているけど、正直、キャプテンのクラスとは当たりたくなかった。
しかも二回戦で。
キャプテンは超攻撃的なストライカーだ。
公式戦でもたった一人でゴールを奪ってきたりする、戦車みたいな人。
ドリブルのテクニックは別に高い方ではないけど、フィジカルが強いのと足が速いから強行突破はお手の物だし、強烈なシュートも持っている。
特にキャプテンのミドルは枠を捉えられたら、うちのクラスには止める術がない。
「「ハルちゃーん!」」
「では、キャプテン。お手柔らかにお願いしますね」
「ははは! お手柔らかにしてもハンドはしないぜ?」
とてもつまらないボケを放り投げてきたような気がしたけど、たぶん気のせいだな。
みんなに作戦を発表して、コートに戻る。
とりあえず、キャプテンは僕が相手をする。
足の速さでは勝てないけど、テクニックなら僕の方が上だ。
ホイッスルが鳴る。
「おっ、副会長直々、俺のマークか?」
「ええ。キャプテンには仕事させたくないんで」
他の高校のサッカー部のディフェンスが寄ってたかってもこの人一人を止められないことがあるんだ。
フリーにしておくわけにはいかない。
「でも、いいのか? 俺をずっとマークしてたら攻めがままならんだろ」
「瀬菜と亮に任せます……」
「あいつらのツートップなのか? それは愚策だろ……」
コートが小さいからポジションに公式戦ほどの意味は持たないけど、それでも愚策とキャプテンに一蹴されてしまうほど、二人のツートップには問題がある。
瀬菜と亮は相性がとことん悪い。
亮は我が強いストライカー。とにかくボールを持ったら、無理やりにもゴールを一人で狙いに行く。
その分スキルはあるけれども、ボールは絶対に戻さないから、公式戦でも亮からパスされれば「天変地異の前触れだ!」なんてみんな騒ぎ立てる。
比べて瀬菜は亮ほどエゴイストじゃないし、どちらかというと
ポジションも本来はボランチとかセンターバックだし、攻めっ気は亮ほどじゃない。
でも、瀬菜は個人的にタイプ的に真反対な亮を嫌っている。
それは相思相愛ならぬ、相思相嫌で、瀬菜からしては亮が自分勝手なプレーをするから腹を立てるし、亮からすれば瀬菜が逐一文句を言ってくるから煩わしいんだと思う。
僕としては亮はどうしようもないから、瀬菜に大人になってもらって、我慢してもらって、亮に合わせてほしいけど、瀬菜は何事にも妥協しない性格だ。
今回だって、「亮には絶対パス出したくない」ということでフォワードについている。
「仕方ないじゃないですか。亮はフォワードでしかまともに機能しないですし、瀬菜は亮絡みだと意固地になりますし……」
そんな時、亮がターンで相手のディフェンスを抜き去り、ディフェンダーと一騎打ちになった。
「亮! 逆サイ!」
瀬菜が逆サイドに走り込んでいて、完全にフリーだ。
亮もそれには気がついているはずだが、言う通りに亮がパスを出すのは天変地異の前触れに変わりない……。
やはり、ドリブルで抜き去ろうとする。亮のスキルは高いけれど、そうしている間にも相手チームは戻ってきてしまう。
結局、亮は変な体勢でシュートしてしまい、ゴールを大きく超えていく。
「亮! おれにパスできただろ!」
「お前のシュートへなちょこじゃん。お前に打たせるくらいなら、俺が打ったほうがボールも本望だ」
「んだと!!」
相変わらずの二人に思わずため息が出た。
「アハハハ! やっぱおもしれぇなあいつら。二人ともいい位置にいたのにあの様か!」
キャプテンはお腹を抑えながら笑う。
「そんなに笑わないでくださいよ。大変なんですから」
「いやいや、本当に可笑しいな」
急にキャプテンは動いた。
まずい、ロングフィード!
キャプテンは全速力で走って、ペナルティーエリア手前でボールを後ろ向きにトラップ。
キャプテンのトラップは敵味方問わず、誰もを唸ならせるほどにうまい。足の速さとこのトラップがあるから、ストライカーとして他校からも恐れられる。
僕はトラップのために減速したところで、先輩の前に出られた。
ミドルだけは打たせちゃダメだ。
「お前、足速くなったか?」
「さぁ。どうでしょう」
でも、技術は僕が上だ。
冷静に対処すれば僕は絶対にキャプテンには抜かれない。
――はずだ。
「えっ!?」
既にキャプテンの足元にはボールがない。
追いつくの必死で、回り込んだときに確かにボールから目を離してしまったが、そのときに?
もしかしたら、トラップではなくてワンタッチパスだったのかもしれない。
ボールはすでにペナルティーエリア内にある。
良くない状況だけど、いまキャプテンのマークを外すわけにはいかない。
それに相手チームにはキャプテン以外にサッカー部はいない。
それにペナルティーエリア内は二対一で数的優位に立っている。
「キーパー! 前に出て!!」
というのは油断だった。サッカー部でなくてもサッカーは上手い人はいる。
キャプテンがパスを出した相手なんだ、下手なわけがなかった。
名前は知らないけど、その先輩は簡単にディフェンダーを抜き去って、キーパーと一対一になる。
「ループ!?」
あの土壇場で絶妙なループが打てるのは、サッカー経験者じゃないと無理だ。
「瀬菜! クリア!!」
最前線からディフェンスに戻ってきた瀬菜がラインゴール寸前でクリアする。
まさに間一髪だった。
「瀬菜! ナイスクリア!!」
「おお、惜しいなぁ……おっけーおっけー!」
「キャプテン。あの先輩は経験者ですか」
「まぁ、そうだな。中学までやってたらしい」
峰高祭はサッカー部よりこういう経験者とかクラブチームの人が一番怖い。
上手なくせに、データがないから実力が未知数。
経験者はそれだけじゃなくて、同時にサッカー部は三人まで出ていいけど、経験者はカウントされない。
だからサッカー部くらいうまくても、そのハンデのルールに関係ないから、サッカー部が多いクラスより、経験者が多いクラスの方が有利だったりする。
「それにしてもキャプテンがパスするなんて珍しいですね」
「あいつよりはマシだ」
あいつというのは亮のことだ。
「俺は別に点が取れるなら、シューターは誰でもいいからな」
そう、キャプテンは超攻撃的なだけで、亮ほどエゴイストじゃない。
キャプテンは自分の実力、チームの実力、試合の流れを常に俯瞰できている。
いつもはちゃらんぽらんな人なのに、この人が「キャプテン」に抜擢、「キャプテン」と呼ばれているのはみんなを引っ張っていく牽引力と大局観があるから。
サッカーはチームスポーツだけど、個人プレーの色も強い。
点を取るだけなら理論上、一人で完遂できる。
「そうですね。僕もそう思います」
試合は一見、E組優勢の形で進行した。
3−Aにはあれから一本もシュートを打たせていない。
少し不気味なのは、キャプテンが全然積極的じゃないことだ。
「にしてもお前のチームは決定力がないな……これで五本目だろシュート」
「たぶん、そのくらいですね」
瀬菜のミドルシュートがポストに弾かれる。
コースはよかったけど、勢いがなかったから枠内でもキーパーに弾かれていたと思う。
「はぁ……仕方ねぇなぁ」
キャプテンはため息をつきつつ、自陣の方へ走っていく。
僕はハーフラインを超える辺りまではついて行ったけど、深追いはしなかった。
逆にさっきの経験者の先輩が深くまで来たので、そっちに注意する。
「ハルちゃん。キャプテンが見たこと無いくらい下がってんだけど!」
瀬菜が違和感を覚えたのか、
「ああ、多分なにか仕掛けてくるから、瀬菜はあの、7番見ておいて。僕はキャプテンを抑える」
「りょッ!」
7番の選手はさっきの経験者の人だ。
ゴールキックから試合再開。時間的に前半最後のプレーになる。
キャプテンがボールを持ったところに亮がプレッシャーを掛けに行くが、あっさりキャプテンはパスを回した。
また亮がプレッシャーを掛けに行き、パス。
たぶん、時間を使い切る気だ。前半残り一分半。
「いいぞ、亮! そのまま当たり続けろ!」
またキャプテンにボールが渡る。
「瀬菜ッ!」
「おうよ!」
やはり来た! ロングパス。
瀬菜が7番に押し合い。体格的には瀬菜が不利そうだったけど、瀬菜が押し勝った―――――。
が、トラップしたところを狙われボールを奪われる。
「やべ!」
「瀬菜ッ!」
慌てた瀬菜が一人で転ぶ……。
瀬菜はこういうところがあるからな……。
そんな場合じゃない。まずいッ!
僕はディフェンダーを抜き去っていく7番の前に躍り出る。
右か、左か。さっきのような
経験者だけあって、隙きがない。
でも、僕も現役の選手だ。抜かされるわけにはいかない!
「……ッ!?」
サイドへのバックパス。
ボールはいつの間にか現れたキャプテンに渡っていた。
パスが少し弱かったのが幸いだった。
ミドルを打たせる前に、シュートコースを狭められた。
それでもカーブがあるから、たぶん打ってくる。
カーブは瀬菜にどうにかしてもらうしかない。
ドンッと強くボールを蹴る音。
ボールは巻くようにゴール……いやクロスだ!
壁のようになっている、オフェンス、ディフェンスの頭上を通過して、ちょうど瀬菜と7番がポジショニングしている当たりがポイントになる。
7番と瀬菜が同時に飛んだ。でも、7番の方が高い!
ホイッスルが鳴る。
「悪いな平田。まだまだお前たちには負ける気がしないぜ」
ボールはネットを揺らしていた。
「キャプテン、あんなに良いクロス打てたんですね。正直試合でやってほしいです」
「ハハハハ! 敵を欺くにはまず味方からってな!」
前半残り二秒でのゴール。
タイマーは止まってるから、二秒ある。
だとしても、ハーフラインからの亮のシュートは枠も捉えられなかった。
「亮! お前もディフェンスに戻れよ!」
「んでだよ。最後のあれはお前がころんだのが悪いだろ!」
「っ……。サッカーはチームプレイだろ! 助け合いの精神が足りない!」
「はぁ! そうならまず間抜けに転んだことを謝罪してもらおうか。ほら、地べたに這いつくばれ! 詫びろ」
「じゃあ、お前もシュート外したんだから、先に謝れよ!」
全く、この二人は……。
「瀬菜、亮。そんな
一旦、二人を引き離して距離を取らせる。
「こんな喧嘩している暇があったら、逆転の方法を考えようよ」
「うむ。それはハルちゃんの言うとおりだ」
「俺もそう思っていたが、こいつがな」
「はぁ?」
「解ったならお互いに突っかかるなって! な?」
なんでこの二人はこんな子供なのか……。
まぁ、瀬菜は普段から幼さはあるけど。
でも、亮は見た目もクールだし、物静かだ。
なのに、この二人が揃うとめっぽううるさい。
「とりあえず、キャプテンは僕はついておく。亮のワントップで、亮を中心に攻めていこう」
亮にボールが渡ってしまえば、ツートップでもスリートップでも結局ワントップに変わりないから、もう最初から亮のワントップにしてしまう。
「え! 俺は!」
「瀬菜はそもそもシュート苦手じゃん。そんな片意地張らないでさ。亮も厳しかったら一旦後ろにボール戻して。瀬菜がいるから」
ただ、話していて何かひっかかるような感覚を覚えた。
「さっ! まず一点。取り返していこう!」
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