第三章 峰高祭

第23話 峰高祭

1. 


 よく憶えていない体育祭も終わり、取るに足らないような中間考査も終わり、久方ぶりの静寂が学校を訪問してくるか、と思えば『峰高祭』なるものが学校中で乱痴気騒ぎをおっ始めた。



 嗚呼、この学校はとことん暇を嫌うようだ。



 峰高祭。温厚で真面目で学績優秀なはずの守ノ峰高生が1ヶ月間、クラス総出で学校のあちこちで暴れまわる「お祭り」。


 というのは誇大が過ぎて、「クラス全員が体力、知力、運、団結力、エトセトラを集結させ学校の頂点を争うお祭り」だ。

 

 の学校ならば球技大会……は少し違うか、クラスマッチと言うだろう。



 そのお祭りの種目は男子は校庭でサッカー、ソフトボール。室内でバスケ、バドミントン。

 女子は校庭でアルティメット、ハンドボール。室内でバスケ、バレー。



 男女共通に卓球、百人一首、将棋、クイズ。


 あと、大縄跳びがどこかの昼休みに行われるはず。


 更に最終日に駅伝、じゃんけん大会。


 種目とその数、ルールは毎回変わる。男子の種目はある程度固定されがちのようだが、女子の種目、特に校庭の種目は不安定で、実際、前回はソフトとドッヂボールだった。


 男女共通種目は百人一首は毎回あるらしいが他の種目はころころ入れ替わるらしい。


 これも現に、前回の「祭り」ではクイズと将棋はなかった。代わりにポーカーとチェスがあった。ポーカーの方は元は花札の希望が多かったらしいが、教師陣が流石にやめてほしいということでその折衷案でポーカーになったらしい。

 

 ただ、ポーカーはゲームの性質上、観戦ができないという、なんとも……まあ失敗だったわけだ。


 あと大縄跳びも前回は玉入れだった。



 このややこしく目まぐるしい変遷について、昔に「総合的な学習の時間」で研究した学生が存在したという伝説がある。

 


 ちなみにこれは本当で、図書室にその論文が所蔵されている。

 しかも僕は読んだことがあるのでこの「祭り」にはかなり詳しい。

 あと、当時使われたルールブックも原本は全て図書館に眠っている。


 

 そしていま、我がクラスは出場する種目決めをしていた。


「はい次、卓球!」


 と、殆どの生徒は種目が決まっていたが、僕は何一つ決まっていなかった。

 まあ、余ったところに入ればいいかなという感じだ。


「で、足りていないのは男子サッカー、男子バスケ……女子ハンドと女バレか。あと将棋に百人一首。は? 全然決まってねぇじゃん! まだ種目決まってないやつ〜」


 種目は誰でも校庭種目か室内種目のどちらかには絶対に出場しなければならない。つまり、サッカーかバスケか。


 それにいまのところ3種目以上出場する人が全然いないのでもう1種目出ることになるだろう。


 サッカーかバスケか……おそらくサッカーの方が疲れないだろう、DFとかなら。逆にバスケは全員がずっと走り回っているイメージだ。



「あ、僕サッカー出ます」


「お、ええと、結江か。サッカーな。アザス!」


 一度教卓を見ていた。おそらく僕の名前が判らなかったのだろう。

 教卓の上には座席表が貼ってある。


「待て」


 うむ。なんとなく嫌な予感だ。


「なんだ光?」


「結江はバスケだ」


 麹森きくもりがとんだ事を言う。


「え?」


 おいおい、ぼくボールけりたい。


「あいつは見かけ以上に背が高い。バスケに是非欲しい。他が小さいからな」


 『小さい』とはっきり言われた男子生徒数名から文句が飛んだ。それに対し麹森は「180ないやつは低身長」とか返している。


 僕も180センチはないぞ……。



「ほぉ…………。たしかに。まあエースに言われちゃ仕方ねぇな。悪いな結江」


「え、ええ…………」


 勝負事には民主主義とか個人の権利は簡単に無視されることをいま身をもって知った。


 そして麹森がニヤリと笑んだのを僕は見逃さなかった。どこか私怨があるように思えて仕方がない。



「あ、あと将棋に出よう」


 と、先にソフトに出ねばならない可能性を潰しておく。出場するための人数は足りてはいたが、保険として多めに選手を決めるはずだからな。



「お? まじで! お前将棋得意?」


「いや、そんな得意ってわけじゃないがルールくらいは知ってる」


 まあ、将棋部とかじゃない限り出場する生徒は駒の動かし方と二歩とかの反則くらいまでしか憶えてこないだろう。

 まあ、簡単な定跡くらいは調べてくるかもしれないが。

 

 将棋はそんな一朝一夕でどうにかなる遊戯ではない。



「まじか! 超助かりマックス! ほら、将棋あと二人〜! んー、てか絶対『将棋』とか失敗だろ。チェスでさえルールやばくて全然選手集まらんかったのにグレードアップしやがって……実行委員絶対頭悪い……」


 独り言のつもりなのだろうが、声が大きすぎるし、しかもその当人、雄城ゆうきも実行委員なんだよな。


「あ、じゃあ僕も出ようかな」


「え? ハルちゃん将棋できんの?」


 挙手したのは平田。なんか仕方なく感はある。


「ううん。でも今瀬菜せなが文句言ってたチェスに出たことあるからできるかなって」


「おお、まあハルちゃん頭ええしな文句なしだ! ほら、あと一人! 誰かぁ! 別に負けても誰も責めないノーリスクの種目だぞ! どうせ誰が出ても運ゲーになるしな! アハハハ!」


 雄城瀬菜。サッカー部。少しおちゃらけたような、思ったことをビシバシ言う。考えるより先に身体が動くタイプな気がする。

 あと独り言が大きい、いや、独り言のつもりじゃないのか?


「はーい! わたしも出ます」


「え? 波山さん? ダイジョブ? これで3種目めだよね? 駅伝も出てほしいけど」


「うん、全然大丈夫だよ〜。体育祭の借りを返す勢いで頑張るよ〜」


「……借り? まあなんでもいいや。決まるなら! さんきゅ。じゃあ将棋は決定と。ガハハハハ! じゃあ次……」


 ということで僕はバスケと将棋に出ることになった。バスケが少しハードだが、おそらくベンチに居ることのほうが長いだろう。


 その後も流石は意欲の高い守ノ峰高生、選手は順調に決まっていった。



「はいじゃあ解散〜。 お前ら協力ありがとーな! ナハハ!」

 


 さて、帰るか。スクールバッグを肩にかける。

 テスト返却が多かったからスクールバッグはいつもより軽かった。


「おい、結江。どこへ行く気だ?」


――が、麹森に呼び止められた。


「え? そりゃ自宅だが」


「おいおい。練習するよな?」


 疑問形の見た目の脅迫である。


「なんの?」


 なんてすっとぼけてみるが意味はない。


「バ・ス・ケ♪ もちろん拒否権はない」


 満面の笑みである。この学校はGHQに優しくないよな。

 GHQとはGo Home Quicklyの略称で所謂、帰宅部である。


 実際、昔この学校に存在していた同好会の名前だったらしい。



「……どこに行けばいい? 着替えてから行く」


「守ノ峰青少年センターに5時に集合な。あ、俺は部活で間に合わんけどちゃんと来いよ。他の奴らは来てるだろうからな」


「解った」


「来なかったら、明日の朝にお前ん家に討ち入るからな! ちゃんと来いよ」


 そいつは物騒だな。


 と、まあこんな感じでテストが終わったと思えば今度は放課後に練習をさせられるのだ。

 

 帰宅部なのに……。

 帰宅部なのに…………。

 


「楓雪!」


 今度は誰だ。


「界か。どうした」


 いまだに教室の前から去れない現状。


「お前何出るんだ? 種目」


「秘密だ。たった今からお前は敵だからな」


 僕はE組。界はF組。

 峰高祭はクラス単位の戦いだ。


「ちなみに俺はソフトとバスケと将棋と……卓球とクイズだ。あ、あと駅伝もか」


 バスケと将棋か…………。


 それより5種目も出て時間かぶってないのか?


 クイズは全競技終了後の最終日前日で、ソフトとバスケは絶対にかぶらない事は知っているが。卓球怪しくないか?


「それはご苦労さんだ。じゃあな」


「おいおい。待て待て。お前は……?」


 こいつもしかして「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」理論用いたんじゃないよな。

 そう考えてしまうのは自意識過剰か?



奈御富なみとみィ!!」


 界の背後から怒声に近い甲高い声が飛んでくる。


「ん? ……香流かおるか?」


 声の主は界を挟んで向こう側にいるが、界が壁となって人物の特定はできない。普通に大きいからな界は。


 それに声を聞いた限り知らない人だ。男子中学生みたいな子供っぽい声だ。



「おまえ、将棋にエントリーしただろうな!」


「ああ、それはもちろん!」


「ふっ。そうか。……奈御富界! この峰高祭でお前が将棋部を裏切ったことを後悔させてやる!!」


「……はっ! 俺が俺の意思で辞めたのに後悔するわけがないだろ! そしてお前にも当然、負けるとはミジンコの微塵ほども思っていない!」


 ミジンコの微塵ってなに……ふりかけの類だろうか?


「……っ! それを宣戦布告と受け取った! 絶対にボコす! そして絶対お前はオレじゃないと満足できないって思い知らせてやる!」



 多分、将棋部の人なんだろな……。相当因縁が深そうだ……。

 この隙きに乗じてずらかることに決めた。蚊帳の外になったし。



「……ん? おい、そこのお前! ちょっと待て!」


 階段を降りようとするところで肩にかけていたスクールバッグが強い力で引っ張られた。

 蚊帳の外にも蚊帳が吊られていたらしい。



「…………?」


 しかし振り向いても誰もいない。


「おい、お前。こっち、下だ」


 下を見やると、小学……制服的に女子か。しかも同じ学年だ。

 身長もそうだが、黒髪短髪で中性的な顔立ちがより男子小学生っぽさを出している。

 あと「オレ」という一人称のせいもあるか。



「お前……いまオレのことを小さいと思ったろ?」


「思ってない」


 思ったけど。


「はっ! いいさ! 最後に勝つのはオレだからな!」


 その少女はよく解らない勝利宣言をして腰に手を当て華奢な胸を張る。


「そ、そうか。よかったな。それじゃあ」


 が、ワイシャツを掴まれてしまう。「逃げるなよ」と下から睥睨してくる。


「……奈御富、お前がオレたちを裏切った理由はこいつか?」


 おい、面倒事に巻き込まないでくれよ……。



「…………んー、まあ部分的にはそうだな」



 おいおい、それどういうことだ。しかもなんだその含みのある言い方は。



「ならばキサマもオレの敵だ! お前は将棋に出るのか?」


 短い腕を精一杯伸ばして僕に指をさした。仕草一つとっても稚さがある。


「悪いが出ない」


 出るけど。


「はァ? ふざけるなよォ! おい、奈御富! オレを捨ててこんな適当なのに乗り換えたのか!?」


 なんか語弊のある、いや語弊しかない表現だろう、それ。というか知らぬ間に面倒そうなことに巻き込まれているのだが、どっちか状況説明してくれないか。


 しかも「出ない」って言っただけなのになんで怒られているんだ。


 男子二人にギャーギャー喚いている女子一人。

 傍から見れば修羅場にしか見えないような……。


「俺は別に香流を捨てたわけじゃないだろ? 現にこうしてお前ともちゃんと関わってるじゃないか。ただし! いまはお前より楓雪の方に興味があるのは事実だ。だから将棋部に戻るつもりもないし、お前に多くの時間を割くつもりもない!」


 界は容赦なく言い切った。なんか心のなかで「爽快!」とか叫んでそう。


 一方の「かおる」さんは顔がみるみる歪んでいく。そんなに唇強く噛んだら血出るよ……。


 さて、なぜ将棋部と全く関係ない、蚊帳の外どころか家屋の外の僕を渦中にこの二人は言い争いをしているのだろう。


 もう帰りたい……と思った瞬間、ワイシャツから小さな手が離れた。



「ぁ…………ッ!! うう……界のバカァァァ!!」


 小さな少女は廊下を突っ走っていった。ああ、本当に小学生みたいだ。


 なんか言葉で言い返したかったんだろうけど、決壊しそうだったんだろうな……。何かとは言わないけど。


「なんだったんだ? あいつ」


 走り去っていく小さな背中を怪奇の眼で見ながら界は白々しく言う。


「いいのか。半泣きだったぞ最後」


「え? ハハハッ! あいつはこんなことで泣くタマじゃねぇって! 楓雪は優しいな!」


 いや、思っきり顔歪めてたぞ、さっき。


「ああ……そうなのか……」



 なんだろう。これが所謂「痴情のもつれ」ってやつだろうか。最後、『界』って名前呼びになっていたし。

 だとしたらたぶん、一方的に「かおる」さんが勘違いした……界が勘違いさせたのだろうな。


 ああ、いや邪推は良くないな。とりあえず面倒なのが、界が将棋部をやめた理由に僕が関わっているらしいことだ。界も嘘を吐いているようには見えなかった。


 ただ、界が将棋部をやめたのは僕と知り合うより前のはずなのだが……。

 


「で、本当はお前、将棋出るんだろ?」

 

 断定の「だろう」。疑問符を打ち消す働きがある助動詞。


 隣のクラスだし盗み聞きしたのだろうか。

 それともクラスに内通者がいるのだろうか。



「聞こえなかったか? 出ないって」


「……でもお前将棋相当強いだろ?」


 何を根拠に……。でも全然できないわけじゃない。


「……ん? それはルール知ってる分、初心者よりはできるが」


「はぁ……流石だねぇ。俺らが思ってる『ルール』とお前が思う『ルール』深さが全然違うようだ。さすが俺が見込んだ男だぜ」


 うんうんと勝手に頷いて勝手に納得している。


 こいつ、僕と他の誰かとを間違えていないか?

 何か勘違いしていそうな。



「とりあえず僕は放課後練習があるから帰らせてもらうよ」


「なんのだ?」


「秘密だ」


「……徹底してるな。しかしそれはお前が本気ということだよな! ならば俺も詮索はしない!」


「ああそうだ。今回はガチだ。だからさっきの将棋部のいざこざも解決しておけよ。僕も巻き込まれているようだしな」

 

「おいおい、俺はもう将棋部じゃないんだぜ? 将棋部の事情なんて知るわけ無いだろ! ハハハッ!」


 こいついつか刺されそうだな。


 そうして界も撒いて、やっと帰宅……



「あ、結江……ちょっといいかい?」


 平田たいらだだ。今日は次から次へと人に捕まる。厄日かな。

 なんか変なフェロモンでも出ているのか?



「結江、将棋解るって言うから教えてほしいんだ」


 また将棋か……。


「それは構わないが、本とか読んだほうが絶対解りやすいぞ?」


「でも実践練習も積んだほうがいいでしょ?」


「ああ、でも僕そこまで強くないぞ? それにコンピューターとかのほうが正確でいいと思うが」


「いやいや、コンピューターでやれるほどの実力はないよ……」


 まあ、コンピューターじゃ対CPUだと感想戦もできないか。

 オンラインに関しては僕はよく解らないからなんとも言えない。


「……んー、まぁ、解った。今日でいいのか?」


 もう、断るほうが面倒だ。この1ヶ月はそう割り切るしか無い。



「うーん、今日だと僕の都合が合わないし……明日と明後日はサッカーの練習だし……。土曜、いや、日曜かな。日曜なら女バスもないはずだから」


 日曜かぁ……。できれば家に引きこもりたい。

 女バスの休みを気にするということは波山さんも誘うのだろう。

 まあ、一人だけ参加させないのも変な話か。


「どうせ日曜もバスケ練習あるだろう?」


「――知らんが……。え? あるのか?」


「あると思うよ。光のことだし。じゃあ日曜に青少年センターで! ああ、時間はどうしようか……」


 などと、いつもは空白の日曜に予定が入ってしまってから帰宅した。



2.



「おい! 結江! 自分でいけ!!」


 守ノ峰青少年センター。中高生のための児童館のようなもの。

 田舎にある割にそこそこ広く、体育館、スタジオ、ホール、昼食スペースetc...とにかくいろいろできる場所。


 今日はその体育館に来ていた。


 17時にはまだ主力メンバーが来ていなかったのでぐだぐだやっていたが、18時過ぎくらいから部活勢がちらほらやって来て、結構ハードなものになっていた。


 僕はというと、基本的にボールが回ってきたら相手の隙きを突いて華麗にドライブ!! 

 


 ……なんてことできるわけなく、相手のディフェンスの隙きをこそこそ突いてゴール近くの味方にパスを出すといったことしかしていなかった。


 自称ボールを屈折させる係。



「いま行けたろ!!」


「僕、シュート打ってもリングにすらかすらないから」


「ほぉ、つまりスウィッシュってことだな」


 SWISH、シュッと素早く動くという意味の英語。

 おそらく、リングにボールが触れずに入るシュートのことを指しているのだろう


「それは麹森のシュートだろ」


 麹森はさすがバスケ部といったところで、いまは練習だからだろうが、味方にパスを回すことが多い。そしてたまにロングシュートを打つ。それはどれも麹森の手からボールが綺麗な弧を描いてリングに吸い込まれSWISH。


 これは使い方正しいのだろうか?



 練習は21時まで続き、体力のある部活勢も体力のない帰宅部勢(1名)もへとへとになっていた。



「じゃあ、また明日な。時間は今日と同じでいいわ」


 明日もかよ…………。

 麹森には疲れは見えない。ピンピンしている。


 こうして僕の当たり前の存在だった土日が潰れたのだった。

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