第15話 体育祭②

13.


 殷賑の体育祭。見上げれば雲ひとつない青空に示し合わされたような心地になる。

 僕はいそいそと柔道着を着て水を一口含み、招集口の方へ向かった。


「お、来たな! ふゆき」


 界が待ち焦がれてたぞ! と。

 さっきあったばかりだろう、と返す。


「とりあえず今一番点数の高いのは赤団だ。赤の大将から潰すぞ」


 どの競技までの点数かは知らないが、得点表には赤団が262点。続く2位の水団が255点。そして黄団が242点で緑団が240点。

 競技にもよるが体育祭の10点20点は簡単にひっくり返る。すなわちこのスコアは拮抗していると言ってもいい。

 実際、この騎馬戦も場合によっては今の順位をすべてひっくり返すことになる可能性は十分にある。


「たしか、大将の騎馬が20点で他が3点だったか?」


 界がなにか手計算を始める。


「ああ、ルールブックにはそうあったはずだ」


「じゃあ、俺達だけで少なくとも60点は稼げるんだな」


 この自信はどこから来るのか。

 ちなみに各団の騎馬は11騎ずつ。そのうち一騎が大将で20点。残りの騎馬が各3点で合計30点。この騎馬戦は残った騎馬の点数が体育祭の点数に反映される。これが2試合行われるので損失がゼロならば100点のスコアが入ることになる。

 また、騎馬は騎手の頭が馬の頭より低い位置に来る、騎馬が崩れる、場外に出ることなどによって退場となり、その分の点数は入らなくなる。


 招集口から隣の入場門に移り、そのまま音楽とともに入場。その音楽は所謂J−POPであるのだろうが、僕はこの曲を知らない。


 サークル状に生徒は並び、それぞれ騎馬を立て始める。靴を脱ぐのは騎手だけで、騎馬は脱がない。


 大将の騎馬だけ先にサークルの中に入り、中心まで歩む。


 辺りは不思議な緊張感に包まれ、まさに「守ノ峰の野望」と言ったところか。


 紙電管という鏑矢が開戦を報せ、鬨の声が上がる。


「「行くぞおらぁぁぁああ!!」」


「「やっちまえぇぇええ!!」」


「「薙ぎ払えぇぇえええ!!」」


 たまに物騒な声も上がり、普段大人しい守ノ峰の優秀で真面目な生徒たちはキャトルミューティレーションにでも遭ってしまったのだろうか。

 それとも僕が知らないだけで本質はこっちなのだろうか。


「ほら、ふゆき! 行くぞ! 赤は血の色だぜぇ!!」


 おおっと。こちらの武将もかなり血の気があるようだ。

 馬は騎手に従い、反対側の赤団へまっしぐら。


「「一騎当千じゃあああ!!」」


 それは自分で言うことなのだろうか。


 赤団から向かってきた騎馬を界は片手で剥がすように騎手を落とし、軽く3点を奪う。

 小柄な騎手ではあったが、一瞬でしかも片手で落とすことができるものなのだろうか。僕が想像している界より現実の界の方が数枚上手だ、ということが解った。


「雑魚は引っ込んでな! 怪我するぞ?」


 こんなに調子に乗って大将にやられないでほしいと内心願っていた。


 赤団の大将と一騎打ちになるまでに、追加で簡単に二騎を落とし――「討ち」のほうがしっくりくるか――とうとう念願の大将戦である。


「「貴様ぁ! 名を名乗れい!!」」


 赤団の大将はその場を動かずにどんと構えていた。


「「名乗る名などないわ!!」」


 界はお構いなしに大将騎に突っ込む(突っ込ませた)。


 戦いは鍔競り合いの様相で、騎手同士はほぼ互角。しかし騎馬、地盤の強さは向こうが上で、こちらの騎馬は何度か崩れかけている。

 3人で支えているから重さで倒れることはないだろうが、それでも何度か組んでいる手が解けかけたり、たまに相手の馬にフィジカルで押されたり、思っていた要素ではないところで疲れる。


「奈御富! やるじゃねぇの…」


 名前知ってるんじゃないか。


「ははは。そっちも俺を相手になかなかやるじゃねぇか!」


 相手方の体格から察するにラグビー部とかそこらだろう。組み合う前からすべての団の大将騎を見たが、騎手も馬もやはり屈強な男子が多く、こちらの面々より一回り二回り大きい。

 それなのに界が拮抗しているというのは、たしかに彼の筋力もあるだろうが、それよりも彼の力の入れ方、逃し方がうまいのだろう。


「おい、馬! このまま押し込んで場外に追いやるぞ!」


 界が急に命令を繰り出す―――合図だ。


「そうはさせるかよ!」


 猛烈に馬同士も押し合う展開に……はならなかった。


 僕たちの騎馬は背後にのけぞるように左に展開し、その隙きに界が大将を引きずり落とす。

 肩透かし。入場前に打ち合わせていたのだ。

 考案者は界。僕も同じようなことを考えていたが、僅かでも卑劣の香りもする手段は好まないだろうと思っていた。だから彼から言い出すのは正直驚いた。


 まあ、うまくいくとは思っていなかったけれど。


 崩された大将騎は何が起きたのか解らない様子で、補助(審判)に入っていた先生と一緒に場外へ送られる。

 

 放送委員が興奮しながら「赤団大将が討ち取られましたぁぁあああ!!!」と叫んでハウリングさせるほどで、場外は急に騒然となった。


「はっはっはー! ざまぁみろぉ!! 騎馬戦は頭脳戦なんだよ!」


 界は声高らかに呵う。「卑劣」は「知恵」でもあるのだ。どちらが産まれるかは「体験者」と「表現者」に大きく依存していて、それはどんな物事にも言えることだろう。


「勝って兜の緒を締めよってな」


「あはは、そうだな。次行くぞ! 次! 近いのは……黄団だな!」


 界の顔は覗くことは叶わなかったが、悪い笑みを浮かべているのは手にとるように解った。


 黄団の大将騎の回りは混戦模様で、黄団の普通の騎馬を一つ崩した時に時間切れとなった。


 元の位置に戻り、実行委員が残騎の数を集計している。

 

 その間に界も数えていた。


「ああ、ええと。俺たちが38点で、赤が21点で、黄団も38点か。緑は47点。緑ほぼ無傷じゃねぇか」


 緑団以外はそれぞれ4騎が倒れ、緑だけが1騎のみ。

 この時点で先程の点数だけから考えれば水色が赤色を抜かしたことになる。

 というより、緑団が暫定2位で一気に追い上げた形となっている。


「よし! 緑倒して黄色倒すぞ!」


 2回戦目が始まり、僕たちは右隣の緑団へ突撃する。


 緑団は大将を中心に固まっていて、騎馬同士がタッグを組んでいるようであった。

 一つの騎馬を襲おうと思えば緑団の援護が入り、「迎撃」のスタンスだ。

 他の団はのびのびがつがつばらばらに動き回っていり格闘ゲームになっているが、緑団だけ知略ゲームとなっていた。


 それでも体格差というものは大きく、界は筋骨隆々は言いすぎだが、身長も高く、さっきも屈強な赤団の大将と張り合えるぐらいの筋力を備えている。

 さらに偶然かもしれないが僕たちの馬も全員痩躯ではあるが背は皆やや高く、界の身長はより際立っている、と思う。


 実際―いま、小さい騎馬を2つ速攻で崩し、緑団に切り込む。


 たしかにこれは一騎当千なのかもしれない。


 騎馬戦は数で守ることは可能だが、数で倒すには強固な連携が必須となる。互いに別方向から引っ張ってしまえば力は相殺されるし、力を入れるタイミングが異なれば1対1で戦うのと変わりない。だからこの界を止めるのは困難であろう。倒さねば止まらないが、倒しに行けば倒される。

 

 緑団は作戦を変えたのか、全体が団子状に動き始める。緑団の騎馬を見たところ強そうな騎馬が大将を除いてほぼいない。他の団は大将以外にも屈強そうな騎馬はちらほら見受けられるが、これはクラス編成の失敗なのだろうか、緑団にはそれが目立たない。

 だから迎え撃つ、倒されない作戦を敷いていたのだろう。


 ただ、赤団も今度は集団で動いていて、2つの団は衝突し乱戦模様。

 どの団の騎馬も集結し始め、審判役の先生方の入る余地がなくなっている。


 騎馬戦のエリアはそこそこの広さはあるのだが、ここまで一地点に集まるとなんとも異様な光景である。


 僕たちの騎馬は外側の小さな騎馬を順々に剥がしながら、それでも大将騎を目指すが、時間が間に合わず、界の目標は夢半ばで終わった。


「くっそぉ! もっと広くスペースを使えよォ……」


 応援席に戻る途中、界はずっとこの調子である。


「そんなに悔しいのなら来年また騎手やればいいじゃないか」


「……。騎馬戦、楽しかったか?」


 あまりにも急すぎる質問で、今までの話の流れと内積をとったらゼロになりそうだ。


「…なんだいきなり。まあ、可もなく不可もなくってところだな」


「ふふっ! そうか!」


 そう言って界は自席に戻っていった。 

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