透明なグラスに映る恋

みなづきあまね

透明なグラスに映る恋

梅雨が明けた。まだ雨が降る日もあるが、燦燦と太陽が輝くこの陽気は、まさしく夏だ。私はその天気に少し元気づけられたが、先週末に知った事実に足は重い。


ここ数か月で距離が縮まった男性がアプリで彼女候補を探していることを知ってしまったのだ。しかも本人の口から・・・。そんなこと私に言うくらいなんだから、脈なしは確定だと思う。同じ人と2回デートして、結局ダメだったみたいだけど、その女性からの返事を待っていた様子は、それなりに彼女を好きだったようだ。想像するだけで嫉妬で燃えそうになる。


溜息をつきながら、重い足取りで交差点まで歩いた。家路につく大勢の人々のうちの一人になり、信号が青になるのを待った。間もなく色が変わると、商店街に続く道へと進んだ。そこで「追いついた。」と後ろから声が聞こえた。


「あ、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」


私の憂鬱の原因が、横に並んだ。


「歩くの速くないですか?」

「一人だと速いですからね。いや、追いつこうと思ってたわけじゃないんですけど。」

「それは分かってます。どうせ私の脚が短いからね~酷いな、自分の脚が長いからって。」


私は内心拗ねながらそう答えた。そうやっていつも要らぬ一言を私に容赦なく浴びせるのだ。だけど、私に関わりたくないなら、別の道から帰ればいいのに、とも思う。


私は彼と別れるまで、終始テンションが低く、会話に乗り気ではない様子をぷんぷんと醸し出していた。いつもより会話と会話の間の沈黙は長く、彼がこれで何かに勘付けばいいのに・・・と思った。


結局いつもより盛り上がりに欠けた状態で、私が先に電車を降りた。


翌日、酷暑の中いつも通り仕事は進んだ。18時を過ぎ、そろそろ帰るかと思った時に、私が聞こえる範囲で彼と同僚がお酒の話をしているのが聞こえた。


「私、だいぶそのお酒好きなんですよね。」


少し興味が湧き、その話に割って入った。


「そうなの?いや~飲んでみたけど、俺はあまり得意じゃなかったなあ。」


同僚はそういいながら、眉間に皺を寄せた。


「あ、これのことじゃないですか?」


私と同僚が盛り上がっていた間に、彼はネットで話題にしていたのと同じお酒を見つけたようだった。


「え!普通に出回ってるんですね。飲みたい!」


私は相手が彼ということも忘れ、普通に笑顔で振り向いた。その矢先、彼は私にいたずらっぽい目を向けて、


「買っちゃいますか?」


とほほ笑んだ。私は一瞬ドキッとしたが、曖昧に言葉を濁し、そのまま同僚にお疲れ様、と一言掛けると、オフィスをあとにしようとした。しかし、私と一緒に彼は歩き出し、ドアの外へと出た。


「一度旅先で飲んだことがあるんですけど、すごく美味しいんですよね。」


私はいつまでも仏頂面でいるわけにもいかないし、ちょうどいい話題ができたこともあり、自分から言葉を継いだ。


「あと在庫わずかですよ?買っちゃいます?」

「え?本当に?」

「いいですよ。」


そう言いながら彼はいつの間にか購入ボタンを押し、「住所は?」と聞いてきた。私は半ばぽかんとしながら、住所をゆっくり伝えた。駅に着く前には注文が完了し、「多分日曜には着くんじゃないかなあ。」という彼の言葉に、好きな物が手に入る喜びと、まさか好きな人から物が送られてくるという喜びで息をするのもやっとだった。


後日支払いしなくちゃな・・・と思い、その旨を伝えようと口を開きかけた時だった。


「あ、これについてはお金とか要らないんで。」

「え?」

「ポイントも溜まってたし、別にいいですよ?」

「いや、だってなんだかんだ1500円くらいはしますよね?払いますよ!しかも、なんの名分もないじゃないですか・・・。」

「うーん、まあいいですって。」


彼が優しく笑ってくれたので、「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」としか言えなかった。


分かっている。こんなに色々してくれても、好きな人は別にいるか、新しく出会いを探しているかのどちらかで、私なんて眼中にないってこと。それでもこんなこと、誰にでもしてくれるわけでもないだろうし・・・。結局、私は先週末あれだけ涙に暮れていたことも忘れ、日曜を心待ちにするのだった。

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