風鈴の響

絵留

第1話

 指の腹でそっと柱をなぞる。漆塗りのスギはツヤツヤと光り、重みをもつ。指の先から流れ込んでくる何かを感じるべく目をつむる。それは温かく、滑らか、そして質量をもつ。水底に堆積する泥のように深く、ゆっくりと入り込む。


 指に違う感触を覚えて目を開く。それは僕の成長の軌跡だった。指に触れているのは五年前の僕。


 そして気がつく、ここにあるのは時間の重みなのだと。


 『建ちゃん、スイカ切ったからおいで。』

ばあちゃんが手招きして言う。

『うん。今行くよ。』

ばあちゃんの後ろ姿は小さく細い。枯れ木のようである。足を引きずるように歩き、青い血管の浮き出た手で腰を押さえている。


 縁側でじいちゃんは半分近くスイカを食べ終えていた。

『おう建一、このスイカ甘いぞ。』

『おっ、やった。ばあちゃん塩ってどこにある?』

『建ちゃんは座っときなさい。今持ってくるから。』


 ばあちゃんから塩を受け取り、縁側に腰を下ろす。顔にスイカを近づけ、その姿を拝見する。真っ赤な果肉に黒い種、緑と黒の皮にたどり着くまでの白を通過するグラデーション。これほど芸術的な果物を他にみたことがない。


 一口目は塩をかけずに食べる。みずみずしく、甘みが強い。二口目からは甘みが落ちるがみずみずしさは増す。落ちた甘みを塩味で補う。種を口から飛ばすのもおもしろい。


 じいちゃんは口についた汁をちり紙で拭きながら僕に言う。

『勉強の方はどうなんだ?頑張ってんのか?』

『うん、ほどほどにね。』

『あんま気い張りすぎんなよ。』

うんとうなずく。


 会話は長くは続かない。お互いに不器用だった。種がなければ話せない。あったとしても花が咲くことはない。それに比べてばあちゃんは話が尽きることはないが、こちらから止めにいかなければ延々と続く。こんな二人だからこそ仲がいいのかもしれない。

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