第52話.逆転の秘策

 俺は出来る限り読まれにくいような位置にテレポートする。


 しかし、当然余裕はない。


 震えそうになるような手。


 一歩踏み外せば地獄へと転落するこの状況に、半分くらいテンパっている。


 目の前の事で必死だ。


 今イレギュラーな事態が起きたら、絶対に対応出来ないと思う。


 そんな余裕の無い状況。


 だが、案外問題は起こらず、体感で1分以上は粘れている。


 それでも、当初の目的である逃げ切りは出来ていない。


 いや、それどころか徐々に距離を詰められている。


 劇的な変化は起こらない。


 それでも、俺は徐々に、徐々に追い詰められていく。


 これが実力の差。


 近接戦闘から、鬼ごっこに戦いの土俵が変わっても、勝てるようになるほど俺はテレポートに特化している訳じゃない。


 テレポートの重要性は、ゾディアックに入って、新田さんにさんざん教えられて、理解して。


 そして今日までテレポートを重点的に訓練してきた。


 しかし、それでも6年間は超能力の技術を国主導の徹底した教育の元に身に着けてきた連中には到底及ばない。


 その積み上げてきた時間の差が、この重要な局面で顕著に表れてしまったのである。


 それでも、テレポートを止めれば一瞬で地獄行き。


 解決策は見い出せずとも、今の状況を続けるしかない。


 というより、新たに解決策を考えるほどの余裕は、今の俺にはとても無かった。


 延命するだけで必死なのだ。


 それからも俺は必死にテレポートを繰り返した。


 これ以上ないくらいに頑張ったと思う。


 それでも、ついにテレポートを発動しようとした瞬間、視界の隅で、人影が背後に突然出現した。


「っ!」


 息が詰まるような恐怖を覚えながらも、何とかその時は危機を脱する。


 しかし、もう俺がヒーローに追いつかれ、攻撃を受けるのに10秒もかからない。


 人生が終わる。


 そう思った時だった。


 何かが肩に触れられるような感覚がする。


「っ……!」


 恐怖でわずかに声が漏れる。


 そして俺は諦めて目を瞑った。


 しかし……。


「この建物の中に入ろう!」


 星川の声。


「え……」


 なんと目の前にいたのは星川だった。


 そ、そうだった。


 合流する余裕がなくて、結局ソロでヒーローを相手取っていたが、元々は共闘するつもりだったのだ。


 俺は自分のことで精いっぱいだったのに、星川は俺を追ってくれていたのか。


 そしてまたもや大ピンチを救われた。


 俺が星川を守るのではなく、星川が俺を守る。


 これが現状。


 何度も直面した、悔しくて、情けなくも、頼もしい現実だ。


 俺は星川と合流できたことで一気に安心して、身体の力が抜けていく。


「安心してる場合じゃないよ。敵はこっそりと分散してここら一体を包囲するように展開してる。上手く撒いたと思うけど、逃げ切るのは至難の業。もたもたしてたら見つかっちゃうし、かなり厳しい状況だよ」


 マジかよ。


 俺は緩みかけた緊張感を一気に取り戻す。


 しかし、それにしても星川は本部ヒーロー複数人に追いかけまわされたうえで、そこまで状況を把握しつつ、さらに俺まで助けちゃうほど余裕があったのか。


 星川の実力は十分に理解しているつもりだったが、俺が思っている以上に強いのかもしれないな。


「どうする?」


「そうだね。とりあえずここの雑居ビルの建物内の階段を上って屋上まで行こう。多分この建物に私たちがいるのはバレていないから大丈夫だと思う」


 なるほど。


 それが最善か。


「分かった」


 俺は頷いて、非常階段の扉に向かう。


 その扉を開き、階段をテレポートで上っていく。


 この手の階段は段差の間に隙間があるからテレポートで上る時間を短縮できる。


 上の階の階段と重なって、複雑だから、見間違えると少し痛い目を見ることになるが。


 物の数秒と経たぬうちに屋上までたどり着く。


 俺はすぐさま屋上のノブを回すが……。


「開かない……。こうなったら力づくで! パイロキネシス!」


 屋上の扉には鍵がかかっていて、普通には開かない。


 そこで俺はパイロキネシスを使って扉を炙りにかかる。


 流石に木製じゃあるまいし、そう簡単に壊れてはくれないが、圧倒的な高熱に、徐々に徐々に溶解していく。


 扉のすべてを溶解させる必要はない。


 ノブの周りだけでいいんだ。


 今はその時間すらも惜しいが、今はじっと我慢する。


「手伝う!」


 すぐに星川も協力してくれる。


 これで温度が2倍になるわけでもないし、意味があるのかは分からないが。


 焦っていたため、正確な時間は分からない。


 しかし、俺的には10分ぐらいかかったのではないかと思うほど長い時間が経過して、ようやくノブの周囲が溶ける。


「そろそろ行けるかも!」


 俺は思いっきり扉を蹴りつけた。


 少し抵抗が感じられたが、途中でそれが無くなり、扉は轟音を轟かせて屋上の地面に転がった。


「よし!」


 俺はすぐに屋上のフェンスにまで駆け寄って、下の方の状況を確認する。


「どう?」


 星川もすぐにやってきて、隣で下を見る。


 そこには、すでにかなりの人数のヒーローが今いるビルの付近を探索していた。


「見ての通り、こりゃあ早めに動かないとバレるのも時間の問題だな」


 慌てて移動したから、ビル内で俺たちがいた痕跡ががっつり残っているしな。


「でもあんまり大胆に動くことも出来ないし……」


 そうなんだよな。


 結構、八方塞がりと言っても過言ではない状況かもしれない。


 クレヤボヤンスまで使われたら、今の状態ですら一発アウトにもなりかねないしな。


 とすると……。


「じゃあ、こんなのはどうかな?」


 俺はこの大ピンチな状況で捻りだした作戦を、星川に提案した。

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