第26話.真実と後悔

「どういうことだ?」


 俺は食事の手を止めて戸塚を睨みつける。


 こいつが最初に言っていた、昨日の事件について親父から聞いた、という発言も中々に聞き捨てならないのだが、最後の一言で最早そんなことはどうでもよくなった。


「どういうことって……やだなぁ。そんなお決まりの台詞吐かないでくれよ。何となくは君も察したんだろ?」


 いや何となくといっても「ヒーローに関係している」ぐらいしか分からないし、具体的な部分は見当もつかない。


 というかこの口ぶりからしてこいつは逆に星川の過去について知っていることになる。


 まさか本人の口から聞いたというわけではあるまい。


 俺の「どういうことだ?」いうのは、3割は星川の過去について問う意味と、残りの7割は何故こいつがそんなことを知っているのかについて問う意味の2つが込められた言葉だった。


「まあいいや。星川さんの過去について俺が知っていることを教えてあげよう」


「いや、そうじゃない。俺がもっと気になるのはなんでお前がそんなことを知っているのかってことだ」


 俺は自分の言葉に隠された意味を読み取ってくれない戸塚に少しがっかりしながら、言いたいことを伝える。


「あぁ、そんなこと? まあそれはを知っていれば自ずと導き出せるよ。俺が知っている星川さんの過去のことも、実際は半分くらいは推察でしかないんだよ」


 ヒーローの闇?


「まぁ闇って言うには少し大袈裟だけどね。裏側とでも言った方がいいのかな?」


 うーん、重要な部分が抽象的な表現でぼかされていて、話はますます読めなくなってきたんだが。


 そんな俺の微妙な表情を戸塚は読み取ったのか、苦笑いを浮かべながら……。


「はは、少し回りくどかったか。まあいい。とりあえず具体的な話をするからさ、疑問があるなら一通り話を聞いてから言ってくれ」


 そう言って戸塚は話始めた。


「実は話って言ってもそんなに深いもんじゃない。蓋を開けてみれば単純でさ、星川さんの父親は実は彼女が6歳ぐらいのころに事故死してるんだよね」


 は……?


 重大すぎる話を、事も無げに声のトーンも変えずに話す戸塚。


 そして呆気にとられる俺を置き去りになおも話は止まらない。


「でもこれは表面的な話。実際はこの事件。彼女の父親の死因は事故死ではないんだ。本当の死因は……心臓損傷による失血。他殺だね」


 え……。


 話がどんどん重い方向へ、暗い方向へと向いて行っている。


 正直ここまでの話だとは思っていなかったから、興味本位で聞いてしまったが、ここまで首を突っ込んで俺はようやく事の重大さに気が付く。


 しかし、今さら引き返せるような状況じゃない。


「つまり、その殺した犯人がヒーローってことなのか……?」


 星川のヒーローへの恨み、ヒーローの闇。


 これらの情報から推測するに、つまりこういうことなのか……?


「うーん、それは流石に話が飛躍しすぎてるかな?」


 って、違うんかーい。


「まあまあ、とりあえず最後まで俺の話を聞いてよ。そんな長い話じゃないんだからさ」


「あ、ああ」


 俺は水を差してしまったことに申し訳なさを感じて押し黙る。


「結論から言うと、殺した犯人は普通に秘密結社に所属する超能力者だよ。ちなみにゾディアックの人間ではない」


 まあ自分の父親を殺した人間がいる組織に入ろうとするのは、よっぽど奇特な人間だろうよ。


 というか、そんなやつに殺しの対象とされた星川の父親って何者だよ、という新たな疑問が沸き上がってきたが、ひとまず我慢して聞くことに徹する。


「んで、そこにヒーローがどう関係してくるかっていうと、その場にいただけで特に何もしなかったんだ。これが全貌さ」


「?」


 最後まで聞いたけどよくわからないんだが……。


「うーん、分からないかなー。ヒーローはさ、彼女の父親が殺された現場にいたんだよ。でも何もしなかったんだよ。つまり分かりやすく言えば、市民を守る役目のヒーローがその守る対象をってこと」


 ……!


 そういうことか!


 ようやく欠けたピースがすべて集まり、パズルが完成する。


 こいつの言うヒーローの闇ってのは、市民を守るだのなんだの言っても結局命の取捨選択をしているってことか。


 超能力者は大切だ。


 例えば「超能力者と一般市民、どちらが価値がある?」と聞いたら、みんなはっきりと答えないまでも、心の中で天秤は前者に傾くはずだ。


 しかし、人の命に価値をつけることなど許されない。


 特に国がやっていいことではない。


 だが、この世の中そんな甘いことを言っていたら回っていかない。


 ヒーローが少なくなれば、世界は悪に支配される。


 だから、倫理観などを一切取っ払って、あくまで世の中の利益だけで考えたとき、ヒーローが場合によって市民を見捨てるというのは仕方のないことと言える。


 だが、それは第三者の立場から冷徹に考えたときの話だ。


 自分や親しい人間が同じ目にあったら、果たして「世の中のため」「仕方ない」と済ませることはできるだろうか。


 特にヒーローは自ら「正義」を語っている。


 悪よりも偽善者を憎んだわけだ。


 なるほど、そういう過去を持つなら、星川がヒーローを許せないと思い恨みを持つのも分からなくはない。


「どうやら分かってくれたようで何より。聞いてよかった?」


 こんな重大な話をしたにも関わらず、ニヤニヤとした笑みを崩さない戸塚。


 他人事と思っているのか?


「うーん、どうだろう。正直俺の手に負える話じゃないし、聞かなかった方がよかった気もする」


 俺のそんな返答に対して、戸塚は「真面目だねぇ」と茶化してから席を立った。


「それじゃ、俺は食い終わったし、一足先に教室に戻るよ」


 は……?


 俺は慌てて自分のトレーと、食堂の時計を見る。


 俺の視線の先にある時計は、5限目の授業が始まる13時をもうじき迎えようかという時刻を示していて、俺のトレーの上にはまだまだ沢山の飯が残っている。


 気が付けばあんなに沢山の人間が食事を取りながら談笑していた食堂からは、人の姿がほとんどなくなっている。


「おい、ふざけんな!」


 しかし、俺が叫んだ時にはもう戸塚は視界からは消えていて、残っているのは焦りの感情だけだった。


 うそーん……。

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