イン・テネブリス・パルパンド
キクイチ
顕現、ε!
日が沈み、闇の
旅人の風貌は漆黒そのものだった。
漆黒の鎧とフルフェイスのカブトを身に纏い、さらには漆黒のフード付きのマントを羽織っている。しかし、それほどの重装備であっても、小柄で華奢な出で立ちだ。
旅人はリーンの酒場前にユニコーンを止めると、酒場に入って行った。
酒場には荒くれ者が数人いただけで、繁盛しているとは言い難い状況だ。
「水を頼む」
旅人はカウンターに革製の水筒を二袋と、銅貨を置いた。
その声は、女性もしくは声変わり前の少年のようだった。
店主は、
「化物が
店主が質問した。
荒くれ者がその会話に聞き耳を立てていた。
「幸か不幸か、腕には覚えがあるんだ。残念ながら一人旅だ」
旅人はそういうと、ネックレスと腕輪を見せた。
店主は顔色を変えた。
「Sランクの
しかも冒険者等級がミスリルじゃねぇか。これ本物か?」
「偽物使ったら断頭台行きだ。本物に決まってんだろ。
なんなら、そこの連中で試してやろうか?」
旅人は、腰に下げた使い込まれた剣の
「ああ、わるかったよ。面倒ごとは勘弁だ。ほら、水だ、さっさと出て行ってくれ」
旅人は水筒を受け取ると、酒場から出て行った。
突然、酒場の外で大声が轟いた。
「燃え上がれ俺のカルペ・ディエム!
顕現、
酒場の床にまで拡がる巨大な魔法陣が白く輝いた。
慌てて店を飛び出した店主と荒くれ者達は絶句した。
旅人の周囲には、黒こげになった半裸の女が2人倒れていたのだ。
女には漆黒の翼と尻尾がついていた。
「サキュバスか、なんてことを……」
店主は嘆くように言った。
旅人はサキュバス達の両足に足かせをはめ、足かせから伸びるロープをユニコーンのハーネスに取り付けると、サキュバス達を引きずりながらユニコーンを疾走させた。
……
普段は閑散としている城下町リーンの冒険者ギルドが大騒ぎになっていた。
ギルド長は急いで辺境伯に伝令を走らせた。
城下町リーンには、二つの顔がある。
表向きはそこそこ治安良い閑散とした城下町。
そして裏の顔は、サキュバスの下僕となった権力者達による執政だ。
この街はすでに魔王の傘下に治っていたのである。
街はサキュバスの巣窟となっていたのだ。
どうやら
連行されたサキュバスには、街の娼館を仕切るアーク・サキュバスも含まれていた。しかも、強力な
町民達は瞳に狂気を灯し、
……
辺境伯の居城は、断崖にあり、出入りするには厳重に守られている一本道を通る必要があった。空でも飛ばなければ侵入できない堅牢さを誇っていた。
冒険者ギルドの伝令は、守衛に緊急事態を伝えると、跳ね橋を降ろしてもらい、辺境伯の居城へと一本道を登って行った。そして、伝令が城の門を通り抜けた時、辺境伯の居室のあたりが白く輝き、大爆発が起こった。
「者共、であえー! であえー! 族が侵入した! 領主様の居室へ急げ!」
兵士たちは辺境伯の居室に急行する。
伝令も一緒に向かった。
すると、辺境伯の居室の前で兵士達が立ち往生していた。
強力な結界が張られ、先に進めないらしい。
伝令は、兵士達を掻き分け最前列に進んだ。
部屋の中から女性の声が聞こえてきた。
「……の分際で、アーク・サキュバスに歯向かうとはっ!
身の程を思い知れ!
アルダー・ネッハ……きゃぁあああ!
詠唱中にドロップキックとはいい度胸してるじゃないっ!
私、ネームドなのよ!? 少しは敬意を払いな……ひゃっ!
こうなったら、無詠唱スキルで……ひぃ!!
いたたたた! 絞め技はやめて!
……はぁはぁ、少しは人の話を聞きなさい!
いまなら私の配下に……グフっ!!
お腹蹴るのやめて……ぶっはっ!!
顔もやめて!! はぁはぁ……」
なんだか、えらく一方的かつ低俗な戦闘が繰り広げられているようだった。
しばらくするとその女性の声が止んでしまった。
戦闘が終わったのだろうか?
すると、別の女性もしくは少年のような声が聞こえてきた。
「……咲き誇れ、魂のメメント・モリ!
ヴァニタス・ヴァニタートゥム!!!」
辺境伯の居室を中心に純白に輝く巨大な魔法陣が顕現した。
そして、次の瞬間、その場にいた者が全員、さらには街の住民までもが全て気絶してしまった。
……
翌朝、冒険者ギルドの周辺で気絶していた人々が目を覚ました。
皆、憑き物が落ちたような感じで、なぜ武器を持って冒険者ギルドの前で気絶していたのかすら忘れていた。ただ、心の拠り所であった大切な何かを失ってしまった、皆、そんな気持ちでいっぱいだった。
背に朝日を浴びて、漆黒の小柄な騎士が姿を表す。
その左手には一人のアーク・サキュバスが引きずられていた。
冒険者ギルドに入り、受付係の女性に声を掛ける。
「
受付係は戸惑ったが、国王勅命の封印をみると、急いで書簡を広げた。
「リーンを支配するネームド・アーク・サキュバス、『アリーデ』の討伐ですね。
承りました。事実関係および詳細を確認次第、王都にご報告いたします。
こちらは仮の証明書でございます。この度は、お疲れ様でした」
受付係は深々とお辞儀をした。
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