14. 武技競戦 予選1日目 剣術②

 レイ、カイン、槭樹カエデの三人は次の試合の会場である、第1クラス訓練場に向っていた。


「それよりあんた魔法使えたの?」

 槭樹はレイが戦闘に於いて用いていた雷撃について訊ねた。

「ん?レイは魔法使えねぇぞ?」


 カインは「お前も知ってんだろ?」と表情で聞いていた。


「それは…私も知ってるけど、使ったわよね?しかも

 

 「しかも」というのは雷魔法は自然系統魔法で最も魔素カラー発現率が低い魔法である。時には超自然系統魔法に分類されることもある。雷魔法は属性的に対抗魔法が少なく、魔法の速度も速いので強力であるが、思いのままに操るのには相当の鍛錬を要する。そのため雷魔術師はほとんど存在しない。


「よりによって雷とか、お前寝ぼけてたんじゃねぇの?」

「足が竦んで動けなかったあんたには言われたくないわ〜」

「あははは。そうだったのかい?」

「うぐっ!!」


 槭樹の速すぎる切り返しと、レイのけろっとした追撃にカインは言葉が詰まる。


「あれはね〜定義からすると魔法ではないね」

「定義って自分自身の魔子マースを操って外界に干渉する能力ってやつ?」

 槭樹がそう確認を取ると、レイは黙って首肯する。


「それでね、あれはあらかじめ手袋に魔法陣を施しておいて、持ってた雷の魔石の魔子マースを暴発させただけのものだよ。僕の魔法ではないから自由に制御できないし、どんなに出力上げても魔石一個じゃ雷撃程度しか出ないし。まあ、高等魔法出そうにも僕の腕と手袋がたないんだけどね」

「なんかお前ってさりげなくすごいもん持ってるよな」

「いやぁ、これは魔法使える人には必要のないものだからなぁ…」

「ん…ああ、そっか」


 3人は歩みを止める。

「というよりすごい人だかりだね」


 今朝の総合訓練場、とまではいかないがそれを彷彿させるような人の衆である。


「あんたが宣戦布告なんてするからぁ」

「宣戦布告……?ああ!!え?あれそんなに広まってたの?」

 一刻前の槭樹と同じ反応である。

(―そんな大それたものではなかったんだけどな…)


「ああ、そういやさっき号外とか言って記事ばら撒いてるやつ見た気がするぞ」

「なんか、恥ずかしいなぁ」

 レイは顔を赤らめ、口元に手をやった。

 3人は流れの悪い人の列に並ぶ。その時、レイを確認した生徒の列が入り口に向けて真っ二つに割れていき、一本の花道ができる。レイは困惑するが二人に背中を押され、その道を好奇の視線を浴びながら闊歩した。


「なんか、どんどん俺達から離れてってく気分だな」

「まあ、実際離れて行ってるからね」

「そういう意味じゃねぇよ。もっと、あの、精神的な距離というか、なんというか。どんどん別の世界に行ってしまうような…解るだろ?」

「ええ、まぁ言いたいことは解るわ」


 二人は立ち尽くして見送った。



               ◇



「やっと入れたよ……って中もすげぇ人だなぁ、おい」

 第1クラス競技場には競技場と1m程度の塀で隔てられた観戦用のスペースがあるのだが、そこも無秩序にごった返していた。


「入場料でも取ったら大儲けできそうだな」

「学校に捕まるわよ?」

「ふふふ、バレねぇようにやるんだよ…」

 カインは悪い笑みを浮かべる。

「あんたそんな器用じゃないでしょ」


 唐突に会場が盛り上がる。二人も入口の方を見た。

 濃緑色の訓練服を装備したレイが入場したのだ。


――ねぇねぇ?あの子なの?

――きゃー!ちっちゃーい!!

――漢を見せてやれぇええ!!

――俺はお前推しだぞぉ!!


 学年関係なくレイに声援、その他諸々で会場があふれる。それはの様相であった。


「なあ、あれ投票しているのか?」

 カインが指差した方向には四組、Cクラスと書いてある紙に何本か線が引かれているものであった。

「んー。あれは多分賭博ね。票数だと相手の方が人気のようね」


 票数は四組と書いてあるところよりも、Cクラスと書いてある方が多かった。それでも10票差くらいである。とはいっても四組への票はとかで入れたものが多いのだろう。


「俺もレイの方に入れてこようかな」

「やめときなさいよ」

「ああ?あいつが負けるとでも思ってんのか??」

「そうじゃなくて賭け事なんて見つかったら……ってほら見なさい」


 ちょうどその時、主催者と思われる生徒が腕章をつけた生徒に耳を引っ張られながら連行され、退場処分となる。


「うわっ。あれって天下の学生会様じゃん。危ねぇ。バッティングするところだったわ」

「ねぇ、あれってゴールドベリル会長よね?」


 ちょうど二人と反対側のギャラリーにいた人物に槭樹カエデは気がつく。


「んー。あ、本当だな。そういえばさっきも魔物のところで見たな」


 隅の方にひっそり観戦している心算なのであろうが、綺麗に整えられた琥珀色の髪が目立っていた。



「お、いよいよかな?楽しみだねぇ。彼、対戦相手に堂々宣戦布告しだんだろう?」

「あ、ああ…」

「なんか落ち込んでるねぇ…。隆伊たかよしのことかい?あれは仕方がないって。そもそも僕が学校にいなかった起こってしまったことなんだから」

「の割には反省の色が伺えねぇなぁ」

「あははは。それは僕にはどうしようもなかったことだからね。開き直るしか無いよ」


 アーサー=ゴールドベリルはこの学校の学生会会長であり、ナチュラルにセットされた琥珀色の髪に整った顔立ちがいかにも貴族のようである。優しい赤橙色のひとみは性格の穏やかさを表しているようである。

 学生会長らしい真面目な性格に兼ね合わせ、さっぱりとした性格でもある。一方ぜんの方は逆に責任感が強いところがある。


「それにね、僕は――――」


 アーサーは苒に耳打ちをする。


「ああ?本気かぁ?あい…」

「ほら、もう始まるよ!」



               ◇



「どうやら二回戦は不戦勝だったらしいなぁ!だがその悪運もここまでだ」


 対戦相手である、Cクラスの生徒がレイに圧を掛けてきた。レイは「悪運」の語法が違うような気がしたが、野暮な気がして訂正はしなかった。


「今日はよろしくね」

「なッ‥!」


 レイは右手を差し出した。

 相手はメンチを切ったのだが想定外の反応に作った不敵な笑みが歪む。レイが取り繕っているようには見えず、沸騰した熱はこの数時間で完全に消失したようだった。

 

「あ、ああ…」


 その手に相手はわざと強く握ることもせずに握手に応じた。



「どっちが勝つと思うかい?」

「ああ…どうだろうなぁ。普通に考えたら中くらいの方だな」

 ぜんは腕を組みながら訓練場の中央の方を向いていたが、その視線の先はではなかった。 

「君は大きさでしか人を見ていないのかい?中くらいってのはCクラスの子だね?」

「ああ。だが、

「へぇ?それは意外だ!どうしてそう思ったんだい?」

 アーサーは過度な反応を見せる。苒の顔が少ししかむ。

「あいつからはがするからだ」

 

 苒は不敵に笑む。

 アーサーもくすっと笑う。


「それはどのようななんだろうねぇ…」

 苒は返答しない。

「ははは。まあこちらとしても彼に勝ってもらいたいところなんだけどね」

 アーサーは苒の横顔から目を離し、「戦場」の方に意識をやる。その眼は今まで苒と話していたそれとは異なり、「真剣」なものであった。

(―さて、潤女うるめくん。お手並み拝見といこうか)




「それでは予選3回戦始めます。両者、、礼!!!」

 両者とも礼をし、抜刀する。両者とも中段に構えた。



「レイ、勝てよ……」

 カインは祈るような声であった。

 隣にいた槭樹カエデは子供を見守るような目でカインを見た。

「負けるわけないんじゃないの?」

「ああ……。あいつは負けねぇよ‥」



「はじめ!!!!」


 会場は静まり返る。



「うらあああああああ!!!!」


 合図とほぼ同時に正面から中段の構えでレイに襲いかかる。即座に距離を詰め、レイに斬りかかった……。

 が、レイは瞬時に姿勢を低くし、刀を逆手に持ち替え、相手の懐に忍び込む。勢いを利用し、水月の下辺りに柄の先で相手の速度をゼロに変える。訓練服の防護プレートが砕け散った。

 即座にレイは右手に刀を持ち替え、身をくるりと翻し背後に回る。空間を辻風のように巻き込み、疾風迅雷、背部を一太刀。

 鈍い音が響き、相手の訓練服の背部のプレートの一つが2つに割れる。まるで本物の刀のような切り口である。

 相手は前後からを受け、吐瀉物とともに地面に倒れる。意識も失っているようであった。


「そこまで!!」


 その合図とともに、レイの訓練刀が折れる。

 しかし地面に殺された刃の金属音さえ会場に反響するほど、先程までの騒がしさはなかった。その凄惨な、予想外の事態に場は凍てついていた。そも、半数以上はレイの動きを追うことさえ叶わなかったのだから。

 四組の、しかも何でもない平民出の生徒が第2クラスでも上位のCクラスを下した。しかも圧倒的なまでの実力差を明らかにして。レイを眼で追えた実力のある、高みの見物を決めていた者ほど強く実感した。レイの実力は彼らさえ貫くほどであった。

 そして相手の訓練刀が地面に突き刺さった。



「すごい!すごいね!!期待以上だよ!!特に初撃の刀を弾き飛ばした剣速は異常だね。人間の閾値を超えてるねあれは」


 すでに試合を見終えたアーサーとぜんは訓練場から去っていた。

「君はどう思った?」

「ああ。まあ、俺には遠く及ばねぇな」

 しかし目線は合わない。


「君のと較べたら?」

「……余裕だな」

「あははは。そうかい?僕は何度やっても勝てないだろうなぁ‥はははは!ともあれ、これでより誘いやすくなったよ…‥。よし!今日行くことに決めた!!彼は素晴らしいよ。逸材だ。まさかあそこまでなんてね!もしかしたら大番狂わせあるかもね」

 

 アーサーは終始笑顔である。加えて少し興奮気味である。


まいが負けると?」

「はははははは。僕はまだ何も言ってないよ?」

「――――――。」


 アーサーはうきうきしながら医療棟の方へ向った。




「レイ!!やったな!本戦出場だ!」

 カインは退場してきたレイに突進してきた。

「うん。ありがとう!」


「おい!潤女うるめ!なんだあれは!」


 かの取り巻きの一人がレイに突っかかる。カインは顔を顰める。前に出ようとするがレイに制止される。


「なんのことだい?」

「訓練服、ましてや訓練刀を折るほどの攻撃は過剰攻撃だろう!」

「はぁ…。これはルール内だよ?」

 

 レイは呆れるように嘆息した。だが、この嘆息は自分自身にも向けられていたものであった。

 確かにレイの柄での強襲は反則ではあったであろうが、審判はそれを採らなかった。仮に認められていたとしても、試合の結果には何ら影響しない。それほどの実力差があったからだ。


「何だその態度は!!こんなお遊びで……まぐれで勝てたからって調子に乗るなよ!」

 レイは何も言い返さない。なにか、その奥の方を見据えているようであった。


「おい!なんか…‥うわっ!」


 取り巻きは金髪の生徒に肩を掴まれ、後方に投げ飛ばされる。そう、先日揉めたBクラスの生徒である。Bクラスの生徒はそのままレイと距離を詰め、右手を……


「潤女。あ‥―いや、なんでもない」

 最初に何かを言いかけたようだが、言葉は続けなかった。

 差し出された手にレイは応えた。レイも特に言葉は返さなかった……。


「な、なんだったんだ?大勢の前だから臆病になったのか?」

「さあね。僕は着替えてくるよ。あ、あとこのままもう一回医務室に行くから、さきに寮に帰ってていいよ」

「わかった」

 カインはレイが少しニヤついているのが垣間見えた気がした。



                     ◇



 レイは訓練服を返却したあと、医務室に向っていた。


「あ、潤女くん!」


 その途中、アーサーがレイに話しかけてきた。「やぁ!」と言ったアーサーの後ろには数人の他の生徒もいた。様子から見るに待ち伏せをしていたのだろう。


「先程は助けていただいてありがとうございました」


 レイは慇懃に礼をする。アーサーは首を横に振る。


「いやいや、とんでもないよ。それはのセリフだよ」

「僕ら…ですか…」

 アーサーはニヤリと笑む。

「やはり君は察しがいいね。……うん、単刀直入に言おう。君に学生会に入って欲しいんだ」


 アーサーの背後にいたのは学生会の生徒たちであった。その中にまいもいたことにレイは気がつく。


「君の実力はさっきの試合でも見せてもらったし、魔物を二度も撃退している。それにこの学校でも史上最高レベルの頭脳を持っている。そう、経験もあって実力もある。君を誘わない理由はないんだよ。それに君は第3クラスだから、今まで少し問題になってた第3クラスとの連携の弱さも解消できる」

「は、はあ…‥。とりあえずどのようなことをするのか教えて下さい」

 

 好奇心の強いレイであるが、やる気は薄いように見えた。一方のアーサーはやる気、レイを引き入れる気満々である。


「ああ!そうだね!学生会は役職によっても違うんだけど、まず、今日みたいなことがあれば積極的に一般生徒の保護、誘導をしたり、とりあえず、校内でなにかトラブルがあれば必要に応じて対処することだね。でもここが大事なんだけど、義務ではないんだ。いくら学生会といえども一生徒であるからね」


 それでも学生会には放棄するような人間はいないのであろう。レイには隆伊たかよしのことが想起された。


「次に、こういう行事とかの統括だね。委員会とか教員団とは別に学校の警備と見回りを行うんだ。進行には原則関与しないけど、何かアクシデントがあれば僕らが代わって対応することもある。あとは雑務……あと特別任務かな」


 その言葉がアーサーの口から溢れたときに、後ろに控えていた学生会の面々が動揺し、金髪の緋色の眼の少女がアーサーの肩を叩く。アリスである。

 アリスはレイに誤魔化しの笑みを送り、アーサーの襟首を掴み後ろに無理やり引っ張る。少し怒り気味にアーサーと話しているが、それでもレイに聞こえないようにしているのか、声自体は小さくレイには聞き取れなかった。

 解放されたアーサーがもう一度レイの方へ戻ってくる。アリスの方を見やると更に怒っているようである。


「あ、あの…大丈夫ですか?」

「あははは。まあね。ああ、それでね僕は君には学生会の会計担当をしてもらいたいと思っているんだ。シャルル先生にも聞いたんだけど、君の情報処理能力は先生方さえを遥かに凌ぐレベルで卓越しているってね。会計は予算編成、執行、決済をしてもらうんだ。でもその3つとも会議をするから実質決定したことを纏めるだけの事務的な仕事なのだけれどね。ただ、計算量と計算量と計算量、そして計算量がちょっと重くてね…。年末にみんなで計算大会開く始末だったんだけど…」


 ちょっとなのに四度も繰り返す必要はあったのだろうか、とレイはその苦労がじんわり伝わってくるようであった。


「あっ!別に押し付けているわけじゃなくてね、会計としてぴったり過ぎる人材が君であっただけね!!」


 レイは今までの話を聞いた限り、一つを除いて断らなければならない理由はなかった。しかしその一つが大きく、そして無視し難いものであるのだが。


「ところで、特別任務ってなんですか?」

「あはははは。やっぱ聞かれちゃってたかぁ」


 レイは察する。


「あ、やっぱいいです!」

「ん?特別任務というのはね学生会の機密事項のひとつなんだけど〜」

「あの、はめましたね?」

「あはははは。そうとも言うね。これで君には入ってもらわないと僕がとっっっても困ることになるわけだ」


 自分自身を人質にするという斬新な手にレイは一本取られた気分である。


「とりあえずこれを君に渡しておくね」


 アーサーはレイに学生会の腕章やバッチやその他諸々一式を押し付けるように渡す。


「それを身につければ君はもう学生会の一員だ!別にすぐに入ってくれなくても構わない。本当に嫌なら返却してくれても構わない。でも武技競戦終わるまでは考えてほしい。僕はいつでも君のことを歓迎するよ」

 アーサーは「またね、潤女うるめくん」と挨拶代わりに伝え、すれ違うように立ち去っていく。他の学生会の生徒たちもアーサーの後を追うように立ち去った。

 レイはただその場で彼ら彼女らの背中を見送り続けた。



          ◇   ◇   ◇   ◇



「カインにゴミ片させてから帰せばよかったな」

 

 レイは今まで散らかしたことがなかった散らかった自室の窓を開け、月の方を眺める。


「僕は今日、初めて怒りました。とても理由で。カインを言い訳に自分の憂さ晴らしをしようとしました。彼らは正当なルールの中で試合をしていたのに、僕は自分の幼稚な感情を抑えられませんでした。結局それを試合でも抑えきれずに今度は僕が必要のない攻撃をしてしまったし、それなのにその試合を評価されて……。そして学生会に入らないかと招待も受けました。僕自身、断る理由はありませんが、二人には次からは戦わずに逃げると約束してしまったし………。」


「――――」


 月が雲の裏に隠れていくのを見て、レイは話を止めた。


「――――」


 レイは軽く部屋の掃除をし、寝床に就いた。

 こうして武技競戦予選1日目は幕を閉じた…

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