ZERO;Public School of Magic
一. 入学試験
街、と呼ばれる所に
彼、レイは一〇歳くらいの見た目で――中身は一二歳であるが――身長は一四〇センチほどである。深緑のローブを身にまとっていて、もう温かい春の季節だというのにフードを被っていた。
「学校かぁ……。どんなところなんだろう……?
レイはいままでの半生で唯一の親友の言葉を思い出しながら、見たことはないが、記憶にはあったものを目にする。
「ああ! あれがノール・セトレの平等の象徴、『万人の大時計』かぁ! 雀兎が言ってたようにすごく大きくて、うん、雄大だ」
大時計は街に入る前から視界の中に
レイはついに街に入った。レイにとって目新しいものばかり。
ついつい興味のある方へ行ってしまいそうになるが、幼い好奇心を宥めつつ目的地に自分を向かわせる。
しばらく歩くと、目指していた大きな門が見え始めた。
歩いて行くほどレイと背格好が似た人が増えていく。レイの中でぐつぐつ興奮が煮えたってきた。
「魔法公学校入学希望の学生さんはこちらで二列に並んでくださーい!」
案内の声のする方へ向かう。街での歩き方も慣れたようであった。
レイの向かう魔法公学校はノール・セトレという、世界で唯一の無国籍独立都市にある。
入学試験は組分けに用いられるだけで、ある程度の学力と規程年齢を満たしていれば原則、志願者は入学ができる。それは魔法学校であるが、魔力容量、魔力量、習得魔法段階にもよらない。
また、魔法学校は他地域にもあるが、やはりここは国籍や身分、門地での差別は公に禁止しているため、あらゆる地方から志願者が集まる。
その新鮮な光景にレイは興奮する。
「すごい、人がいっぱいだ。雀兎が言ってた女の人もいるなあ。こんなに人がいるのに、それでも世界中の人間たちの一部でしかないなんて、すごく不思議だな」
その声はくすくすっと笑い声を仰いだ。
普段は考えることさえしない
レイもそれに気づき、着て来た深緑のローブのフードを深く被る。
隣にいたレイより少し背丈のある金髪の男子学生がニカッと微笑み
「お前、変わったやつだな。ノール・セトレは初めてか?」
「え、ああ、そうだよ。こうして人と話すのも初めてなんだ」
「ん? 人と話したことがないのか? どういうことだ?」
金髪の少年は首を傾げた。こうして「言葉」を交わしているのになぜ人と話したことがなかったと目交の同志は言うのだろうと。
「僕は今まで言葉を話せる友達と森で暮らしてたんだ。だから言葉を使ったことはあるけど、彼は人ではないらしいんだ。で、彼が言うには、僕はそろそろ外の世界を知るべきだって。だからこの学校に入学したいと思ったんだ。魔法ってのも使ってみたいし」
レイは楽しそうに話すが、聞いた金髪の少年は訝しい表情をする。
「もしかして……その友達は《魔物》ってやつか? 森の魔物って危険じゃないのか? 俺の住んでいたトコでは森に入ることすら禁止されているぞ…というか魔物って話せるのか…?」
魔物というのは魔法的に陽性な生物のことで、特に人間と区別するからそう呼ぶ。ただ、一般的には魔物は知性を持たない動物であって、到底会話機能を保っていないはずである。
「大丈夫だよ。雀兎はいいやつだよ。魔法も沢山使えるんだ。でも何故か使い方は教えてくれなっかたけど」
『次、志願者番号8―4062』
「あ、僕の番だ。行ってくるよ。初めて人と話せて嬉しかったよ。また会おうね」
「おう、そうだな――何か掴み所のないやつだったな…」
レイは小走りで呼ぶ声の方へ向かった。
長机の前には魔法水晶が置かれていて、机を挟むように女教師が書類を確認しながら待機していた。
ところで魔法水晶は
魔素はかなり厳密に測定できるが、他二つはどれだけ輝晶(魔力水晶として使うには少し純度の低い天然の水晶)に分流できるか、魔力水晶の無機魔子の循環時間(長い程魔力容量は多いとされるが、流れやすさに個人差があると言われているため、正確ではないとされている)という少し粗い測定になる。
それでも今の技術では誤差は自然系統基礎魔法五発動分(炎魔法なら
「志願者番号8―4062さーん?おお、あ、居ましたね、失礼しました」
試験官はどうやらレイが
ちなみに試験で名前が呼ばれないのは個人情報の保護の観点からである。
試験官は席を立ち、両眼を少し瞑り、頭を少し下げる。
「魔法公学校三等教諭サクラ・ナナです。よろしくお願いします」
これらは世界西部で見られる女性の礼儀作法である。とても慇懃な態度だ。
「お願いします」
これがレイにとって初めての女性との対話となった。レイは特別緊張しなかったが、逆にサクラの方が緊張しているようにも見える。
サクラは席に座り直した。
「ではこの水晶に左手を添えてください。今から魔力容量、魔力量、
一度深呼吸をしてからレイはそっと左手を魔法水晶に添える……
「しばらくそのままにしておいてくださいねっ」
レイが手を添えてから大体1分が経つ。サクラはなにやら輝晶を組換えているようだ。
しかし様子がおかしい。先ほどのような落ち着きがなく、慌てているせいか、輝晶をいくつか地面に落としている。
「どういうことなの!?」
サクラは汗を拭い、席を離れる。
「あ、そこで待っていてくださいねっ」
と言い残し、小走りで去る彼女の背中にレイは首を傾げる。
「何かあったのかな?」
レイは待っている間、蒼空を仰いだ。少し曇りがかっているが晴天と呼ばしめても齟齬はないだろう。
しばらくしてサクラは三人の教諭を連れて戻ってきた。
そのうちの一人の男性教諭が手際よく輝晶を組み換える。
「たしかに、君の言う通りだね。魔法水晶にも異常はないみたいだ」
男性教諭はレイに顔を向ける。
「私は魔法公学校一等教諭ダルド=ラインロードだ。君は魔法を使ったことはあるかい?」
ダルドは知命の歳くらいの見た目で、灰色の髪、灰色の目をしていた。他の教諭とは一線を画するような貫禄がある。
只管優しい目をしているとレイは思った。
「いえ、ないです」
「そうか。ありがとう。君は魔法法院の筆記試験の会場へ向かいたまえ。時間を取らせてしまってすまなかった」
「いえ、そんなことはないです。それより僕の魔力評価は……」
ダルドは一瞬レイから目を逸らす。レイもそれに気づく。
「あとで必ず伝えよう。君の
明らかに茶を濁しているわけだが、いまのレイにはそれが見抜けない。
「そうですか……」
レイは怪しい不安を抱えて筆記試験の会場へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「魔力量はおろか、魔力容量がゼロってどういうことなんですかね」
「うーん。これは私も聞いたことがないね」
ダルドは苦笑いをする。
「忍術を使ったという可能性は?」
「どんな忍術の使い手でもさすがにゼロにはできないよ。忍術はそもそも
「私も彼が目の前にいたのに、気がつきませんでした」
「うん、とりあえず私から学長に話をしてみるよ。その水晶も一応回収しておこう」
◇ ◇ ◇ ◇
◇魔法公学校魔法法院第二講義室
「おお、さっきのじゃねぇか!」
先ほどのレイに話しかけてきた男子学生が教室奥の方の長机に乗り出して手を振っている。レイからすればさっきの金髪の少年だ。
「また会ったね!」
「ここにいるってことはお前も俺と同じ第3クラスってことか!」
「第3クラス?なんだいそれは」
「そっか、お前そういうの疎いんだったな。ていうか名前教えてなかったな、俺は七里カインっつうんだ。よろしくな!」
カインは右手を差し出す。
「僕はレイ、潤女玲って言うんだ。こちらこそよろしく!」
レイもそれに応えて、握手をする。
「ウルメ? あんまり耳慣れない苗字だな。西から来たのか?」
「ああ、潤女ってのは僕の苗字じゃないんだ。さっき話した森で一緒に暮らしてた雀兎の苗字なんだ。街に出れば苗字は必要になるからって貸してくれたんだ」
「そうなのか」
カインは勝手にレイの裏事情を察し、少し気まずくなったのだが、実際はカインの思い違いでしかない。
「ああ!クラス分けについての説明の途中だったな。どの魔法学校にも第1、第2、第3クラスってのがあって、その番号順に魔法が優秀とされてるんだ」
カインの説明はこのようであった。
第1クラスには王族や世界的な大貴族や、大士族で構成されている。中には世界的に有名な魔法師もいるらしい。
第2クラスには中流貴族や士族などで構成されている。AクラスからFクラスまであるが、その差は埋められないほど大きい。人数的には第3クラスと変わりないくらいである。たまに平民も属すことがあるらしい。
「で、我らが第3クラスは基本平民しかいない。魔法もあんまり使えない奴らが集まっている。そもそも魔力量が足りねぇから上位クラス用の実技試験を受けていないんだがな。あとは予備校とか通うにも金がないからな。ま、そもそも殆どの平民は学校にも通えねぇんだが。あ、でも、俺はあと少し魔力容量があれば第2クラスに行けたんだけどな!」
カインは自慢げに鼻を
「へぇ、すごいや。僕はどうやら
「いや、さすがにゼロってことはないだろ。ゼロだったらお前生きてないぞ?」
「『
カインはレイの口から意外な言葉が出てきて少し驚く。
(――セントラルドグマなんてどこで知ったんだろうな……)
セントラルドグマは本来、この魔法公学校に入学してから魔法学で学ぶ分野のはずだ。
「……でも魔法水晶は魔子の放つ波動を水晶内部で増幅させるんだったよな……。どんなに小さくても観測できないなんてことあるのか?」
「でも水晶自体に異常はないっていってたよ。たしかダルド=ライン……」
「ダルド=ラインロード先生か!」
カインは嬉々たる眼差しを体ごと乗り出し近づける。レイは少し圧倒される。
「有名なのかい?というか近いよ……」
「すまんすまん。というか知らないのか?かの、
カインは灰色の魔術師はまるで常識のように言うが、如何せんレイは魔法世界の事情には悉く疎い。
「うーん、聞いたことがないな」
「まじかよ。ラインロード先生はな、最強の灰魔術士なんだよ」
カインの熱弁が始まりそうなところで
「はーい!皆さん一旦お喋りを止めて静かにしてくださーい!」
皆さんと言っても喋ってたのはレイとカインくらいだが。
「今から記述式学術試験を行います。試験に関する諸注意は全て問題冊子の表に記載されておりますので、試験開始までによく目を通しておいてください。それでは配布します」
「レイ終わったら話そうな」
「はい、そこ静かにー」
カインはさーせんと軽く頭を下げた。
「それでは始めてください」
◇ ◇ ◇ ◇
「ぶはぁ〜終わったぁ〜。いろんな意味で」
カインは歩きながら伸びをする。
「一教科終わる毎にその台詞使ってるね」
「そういうレイはどうだったんだ?試験」
「大体全部解けたと思うよ〜」
「そりゃすごいなあ」
この時、カインはレイが冗談を言っているか、それか解けたと思い込んでしまっているだけだと思っていた。
魔法公学校の学術試験は首席でも9割を取るのが難しいのだ。
「ほら!あれがノール・セトレの象徴、万人の大時計だ!」
「うん、さっき見たよ。嫌でも目に入るよ」
「それもそうだな」
彼らは談笑しながらノール・セトレの街を巡った。
夜はカインの知り合いの宿に同室で泊まった。
その時に灰魔術は
ダルドはその灰の属性を巧く利用し、三〇年聖戦を集結させる戦いで敵味方の損害を最小限にして勝利を収めたこと。
それによって灰魔術の危級値(魔術を戦略からの観点から魔術別に評価した値)が二段階引き上げられたこと。
更には灰魔術を炎魔術に変換する方法を編み出したこと等々を、カインは眠りかけのレイを叩き起こしながら嬉々として語った。
「ふわぁぁあ…………もう眠いわ。そろそろ寝るわ。おやすみな」
言うが早いかカインは一瞬で眠りにつく。その速さにレイは驚く。
「うわ、はっや!」
「何か眠いの通り越しちゃったな………」
一方のレイは眠気を完全に取り逃してしまった。
仕方がないので寝床から立ち上がり窓から夜の街を眺むことにした。
「今夜は”お月様”が綺麗だ。そういえば街に来るまではどんな所なのか、
それにとうとう明日から学校か。魔力測定失敗したっぽいけど大丈夫だったかな。魔法公学校は常識的な学力があれば規定年齢を超えていれば入学できるらしいけど。。。ふわぁぁ。なんかまた眠くなってきたなぁ」
欠伸を残して窓のウッドシャッターを閉じ、レイも初めての街の夜に眠った。
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