【三章】おかしいよ。

第23話 では二人組ペアを組んでください。




早姫姉の閃いたアイデアは、いざ実際に実行する段になっても、良策とは到底思えなかった。

校外学習当日、俺は茜と一緒にえんじ色の電車に揺られながら、雑草のように芽生えてくる不安を取り除くことに躍起になっていた。


「うっわ、見てみて! さすが京都って感じ。電車から見てるだけでもうテンション上がる〜」


隣で茜は車窓の外に目をやり、あちこちを指差す。

反対を向き、膝立ちになっていた。まるで小学生みたいにはしゃいでいる。

空いているから、人への迷惑はかかっていないが、別の問題が発生していた。


茜はこの間、俺と見繕った服を着ていた。

ただ彼女流のアレンジが効いている。レースのついたスカートは、腰で折り込んでいるらしく、随分短くなっていた。

他人に見えてしまわないか心配になる。ほら、前のサラリーマン、さりげなく見ようとしてない?


「幸太は京都よりあたしに夢中だ? なんせ幸太の選んだ服だしね〜」

「違うよ。いいから前向け。あと、スカート、気をつけろよ」

「……もしかして見えた?」


はっと茜は後ろ手にスカートをおさえる。

中身が見える危機は回避できたとはいえ、そのポーズはポーズで、より魅惑的に見える。

「見えそうで見えない」はいつの時代も男を惹きつけるのだ。

ほら、もうサラリーマン、ガン見だもん。

朝の九時、出社前だろうに元気なものだ。

俺は、最大限に目を尖らせて、周囲一帯に睨みを効かせる。


「見えてないけど。早く前向いて座れ、バカ」

「こ、幸太に言われたくない」


さすがに恥だと感じたのだろう。

ギャルになる前みたいに、そこからは大人しくなった。そのうちに電車は終点、河原町駅に到着する。

集合場所は、改札を出て少し歩いたところにある八坂神社だった。その中にある広場に、教師陣が先着して場所を取っているらしい。そのためだろう、今朝は早姫姉もかなり早朝に家を出ていた。


駅前はどちらかといえば、繁華街だった。しかし橋を渡ったあたりから、街は一気に歴史ある観光地へと装いを変える。

茜は、まだ開店準備中の商店街にころころと目を奪われていた。

さっきとは一転、また楽しそうに俺の前を行く。


「ねぇ幸太♪」


金髪を鴨川の風に揺らめかせ、猫撫で声だ。俺は、腰ポケットの財布を押し込める。


「なに、なんのおねだり。八つ橋なら後で自分で買えよ」

「ばーか、違うし。ねぇ今日の散策のペア、あたしと組まない?」

「はぁ? 星さんと組むんじゃないの」

「玲奈は誰にも人気だし大丈夫だよ」

「それは茜もだろ。俺は遠慮する」


普段なら、こんなにありがたいお誘いはなかった。

うちの高校では、校外学習などの行事の際は、二人一組で行動することが決まりになっている。それも当日、その場で組み合わせを決めるのだ。相手選びは任意。つまり、俺みたいな日陰者からすれば地獄の制度なわけである。

だから、茜のお誘いは女神の救いと言っても過言なかった。あくまで普段ならば。


「人気者のあたしが、知名度ゼロの幸太を誘ってるのに?」

「……もう少し言い方配慮してくれない? 俺にも事情があるんだよ色々と」


そう、のっぴきならない事情が。


階段を上り、八坂神社の境内に踏み入れる。

茜に時間を合わせたから、到着時刻はギリギリだった。見慣れた顔たちが、見慣れない私服で集合している。

早姫姉は相変わらずのスーツで、クラスの前で腕組みをしていた。威圧感たっぷりだ。あれではシンデレラというより、魔女の方が近い。

もし遅刻でもしていたら、胸ポケットからチョークが飛びだすところだったろう。


結果として、うちのクラスだけは誰一人遅れることはなかった。

担任から注意事項の訓示を受ける際も、一味違う。

他のクラスは遠目に見ていても、ふざけあったり、もう団子食ってる奴がいたり滅茶苦茶だったが、我がクラスときたら


「ではペアを決めてください」

「「はい!」」


いや、まじで集団行動でもやる? 日体大とバトる?

実にスムーズに事が運んでいた。

あとは来るべき瞬間を耐えるしかない。もうここまできたら、引き返せないのだから。俺は恥ずかしさで熱くなる耳たぶを摘む。

そこへ早姫姉が宣告を下した。


「……吉原くん、あなたは成績が悪かったので、今回は先生と勉強しながらの校外学習とします」


あぁぁ!! 恥ずかしいなんてもんじゃねぇわ、これ。

いくら、事前に聞いていたとはいえ、身悶えてしまう。

これに耐えられるメンタルの持ち主なんていないんじゃないか。先生とペアって、体育で余りになって「哀れだねぇ先生が組んであげよう」のあれじゃん。もうやだ、神様どうか救ってください。

俺は俯きながら、本堂がある方へ手のひらを合わせる。が、距離があったせいか願いは届かない。

クラスメイトたちはなにも言いこそしなかったが、「可哀想」とか「同情」とか、その類の目を注いでくる。茜は、吹き出して笑っていた。


「ペアは決まりましたね。では、各自謹んだ行動を心がけてください。先生方が見回りをしています。ゆめゆめ、注意者など出さぬよう」

「「はい!!」」


数分もたたずして、二人組は固まった。俺を除いて。


「では解散。定刻にはここに戻るように」


鬼教師もとい早姫姉がこう言うと、クラスメイトたちは一斉に散らばる。

俺がなんとも言えない気持ちでそれを見届けていると、彼女は一人残された俺を、


「吉原くんはこちらへきなさい」


人気のないところへ連れていった。

そして、周りをキョロキョロうかがう。

安全を確認し終えると、こわばった目角がふわっと緩む。

ふーと大きなため息をついた。


「作戦うまくいったね!」

「……俺のバカ伝説と引き換えにな」

「今度の中間で見返せばいいじゃんか♪」


にこっと早姫姉は笑った。

もう鬼教師はいないらしかった。いつもの、でも俺しか知らない、可愛いシンデレラがそこにいる。


「……そもそもいいのかよ、こんなことして。職権濫用って言うんじゃないの? 生徒が校外学習してる間に、わざわざ別の駅まで行って買い物って」

「……むー、少しくらいならいいの! 普段、早出と残業してる分! それに、これが一番安全でしょ。生徒たちが狭い箇所に固まってるなんて、こんなチャンス滅多にないよ」


ふん、と早姫姉は自分の説に自信があるらしく、腰に手を当てる。それから、駅の方を指指した。


「行こっか! デート!」

「……そうだな」


冷静になれば、教師としてどうなんだとは思う。

でも、たまには何も考えず楽しむのもいいかもしれない。

早姫姉を見ていたら、そう答えがひっくり返った。



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