第10話 お姉ちゃんin合コン会場



『早姫姉、今日の晩ご飯よかったら外で食べない? 駅前に隠れ家的ないいところを見つけたんだ。七時くらいでどう?』


 俺がこう早姫姉へ地図とともにメッセージを送ったのは、昼休みの終わる間際だった。

 もちろん、純度100%混じり気のない嘘である。人でなし! と言われれば、自分でもそう思う。

 けれど、もう大金を投入して予約をしてしまったのだから、俺にはしょうがなかった。ここまできたら、やり抜けドンドンだ。

 

 そう、悪い話ではないはずだ。早姫姉だって彼氏がいるに越したことはないに決まっているのだから。

 まるで、「家族のためよ」と足を洗えない万引き犯みたいだと我ながら思う。しかし、分かっていようが抜け出せない。

 そしてさらに悪いことには、沼は勝手に深さを増していった。ほぼノータイム、速攻であった早姫姉からの返信は、


『ほんと!? 外食いいねっ! 隠れ家なら誰にも会わなさそうだしね。お姉ちゃん楽しみにしてる〜』


 なんてもので。全く疑わず、全肯定ときた。

 さすがに申し訳なさが溢れて、


『やっぱり家で普通にご飯を』


 と打ちかけるのだが、


『はい、ここまでね! 授業中はスマホしちゃダメだよ。次に開くのは放課後ね!』

 

 と先に送られてしまった。

 そうなると、返事をできない。そして、さらにさらに、悪いことは連鎖する。

 どうしたものかとチャイムが鳴ってからもスマホを手放せないでいたら、


「吉原、ケータイ没収な」


 と五限担当の国語教師に取り上げられ、


「明日の放課後取りに来い。それまで使用禁止だ。全くこれだからスマホ依存症世代はよぉ」


 まさかの本日返却なしときた。

 くすくすっと、隣の席で茜は楽しそうに笑うが、俺は全然愉快になれない。

 そして、あれよあれよのうちに授業は終わり、ホームルームの時間を迎えた。

 しかし、なんということか早姫姉は来ず、代役の先生が来た。いわく、今日は夜に予定があるから他の仕事を早く終わらせたいそうなのだとか。


 放課後になって職員室に行っても「会議だ」と捕まえられず、粘っているうちに六時半。生徒の最終下校時間になっていた。校門の前でへばりつこうと思っていたら、帰りがけの教師に無理矢理引き剥がされる。そうして徒歩でいい、と言うのに、バスに乗せられ駅前へ。


 誰かに仕組まれているとしか思えぬ不運っぷりだった。人を陥れんとした罰にしても重かろう。


 そして、これで終わらないのが今日の俺。きっと獅子座の運勢は最下位。ラッキーパーソンは姉。姉を騙したら運気が最低まで落ち込むのだ、たぶん。

 合コン開始の定刻である夜七時、俺はまだ駅前にいた。

 合コン会場ではない。


「……スマホ依存症ってあながち間違ってないなぁ」


 なぜなら、場所が分からなかったから。情報は全てスマートフォンの中だった。

都会の中心地でこそないが、ここの最寄り駅近辺は、それなりに繁盛しているのだ。それこそ飲み屋が多く軒を連ねていた。

 もう時間だというのに、西口か東口かの手がかりさえない。徐々に人の増え出す歓楽街を駆け回る。

 もうなにをやってるんだ俺は、と最悪の気分だった。やけになりつつ三十分以上探して、二周目。ついに見つけた。

 そこは外から見ても煌びやかなほど、パーティー会場のような店だった。暗く落とされた照明の中、カクテルライトだけが場内を染める。中から聞こえるは男女のはしゃぐ声となんだかムーディーな洋楽だ。

 一度ここの前を通ってはいたが、俺のイメージしていた合コンとかけ離れていて、通り過ぎていたのだ。一人一人面と向かいあう、お見合い的なものを想定していた。


「……こんな感じなのかよ」


 大人ってすげぇな、と思う。そしてこれぞ陽キャ。俺がいる場所とは正反対の世界。今後、踏み入ることもないだろう。


「高校生ですよね、その格好。お帰りください」

「……あ、はい」


 受付係の女性に鼻であしらわれて、俺は数歩下がる。

 遠目に店内を覗き、男女入り乱れる中から早姫姉の姿を探した。しかし、ごみごみとして見当たらない。

 その時、ほんのかすかにだけ聞こえてきた。耳慣れた、甘い声が。


「こうくーん、どこにいるの」と。


 まさか早姫姉、この状況になってまで俺の嘘を信じていようとは。

 俺は理由があったとはいえ、彼女を騙そうとした自分に心底腹が立って、ぐっと舌を噛む。店内に踏み入ろうとするが、またしても受付嬢が阻んだ。


「未成年はご遠慮いただいています。紳士淑女の、大人のパーティーなので」


 中に年齢は二十六だけど、酒飲むと幼児退行するレディがいるんです! とは言えず。また追い出されようとした時、俺は見てしまった。


「お姉さん、可愛いね? さーちゃんって言うんだ? こうくん、って誰?」

「……こうくんはいとこで。どこにいるのか知ってます?」

「なんだ親戚。どうでもいいじゃん。ねぇ君はどこ住み? ってかめっちゃ可愛いな君。このあとどっか遊びに行かない?」


 姉がいかにも軽そうなちょび髭なんちゃってダンディ男に、口説かれかけているところを。


「大丈夫です、そういうのは!」


 早姫姉は徐々に後ろへ下がり逃れようとする。が、どんどん距離が詰められる。あれよと壁まで押し付けられてしまった。

 一瞬だけ、よぎってしまう。このまま早姫姉があの男と仲良くなったりして付き合うことになれば、俺は晴れて一人暮らしを手に入れられるのではないか、と。


「お酒飲みなよ?」


 しかし、男の手がいやらしくも早姫姉の肩に回らんとした時、俺は衝動的に受付嬢を振り払っていた。


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