第7話 リアル世界のライフハック!
しかし、とはいっても、だ。
やはり冷静になると、この関係がおかしいのは確かだった。
それに気づいたのは、まるで全く分からなくなった翌日の実力テスト途中。試験を放り投げて考え事をしていた時だった。
試験監督役として教室にいたのは、早姫姉。教卓で何やらパソコンにタイピングをしている。背筋をピンと張って、たまに教室をじろりと見回す。そのさまは、たしかに一流教師然としていた。
「あと十分です。集中して取り組んでください、誰とは言いませんが」
目が合うと、きっと眉をしかめられる。
やべ。フリだけでも見せねば。あとで家で何を言われるか。
俺はとりあえずペンを掴む。しかし問題を見たところでチンプンカンプンなので、考えごとは続行だ。
やはりおかしい、どう考えても。
ひとまず、俺がゲームのために一人暮らしをしたいという希望は横に置いておくとしよう。その上でフラットに考えて、変だと思うのだ。
昨日は早紀姉に言い負かされたが、やはり先生と生徒が同じ家にいてはいけないだろう。
例えばこのテストの状況。早姫姉が俺に試験問題をリークするだとか、成績を贔屓するだとかを疑われてもおかしくないわけだ。
まぁ実際にはないけど。ないからペンが全然走らないんだけど。なんなら昨日教えてもらった逆接の問題が一問もないんだけど。
やはりもう一回、早姫姉に一人暮らしを直談判するか……? 望み薄だろうけど。
答えは出ないうち、テストの終わるチャイムが鳴った。解答用紙同様、頭の空欄も埋まらなかった。
用紙を集めたあと、早姫姉は
「私が戻ったらすぐにホームルームを始めます。くれぐれも静かに過ごしてください」
と氷の声で、生徒たちへ釘を刺す。それからぴしゃんと戸を閉め、教室を後にした。
しかし、家とは大違いだなと改めて思う。もはや二重人格だ。
「ひー、怖。幸太ったら、あの人で妄想してたの? もしかして躾けられたい人?」
とは、隣の席のギャル幼馴染、坂倉茜から。
「……違うっつの」
「ならいいけどさー。さっきも試験中見つめてなかった? ちゃんとテスト受けなよ〜」
「えっ、いや、それはほら早く終わらないかなぁと思って……。って、あれ。てか、それ、なんで分かるんだ。お前も俺見つめてたんじゃね?」
さては茜め、サボりを俺だけに押し付けようとしやがったな。
見抜かれたのが恥ずかしかったか。茜は、頬をぽっと朱に染める。
「そ、それはほら! 幸太の髪の毛にクリームチーズついてたから」
「えっ嘘、まじ? あれ正夢!?」
「嘘〜! そんなわけないじゃん。騙されるの早すぎ」
早姫姉に忠告されたばかりだが、二人でわちゃわちゃと少し言い合いになる。
クラスメイトからは、訝しげな視線が注がれていた。
まぁオタクな俺と正反対にギャルっ娘な茜が喋っているのは、幼馴染と知らない人からすれば、不思議な光景だろう。
毎度のごとく決着はつかず、泥仕合になりかけていたところ、
「はいはいそこまで〜」
と小さな手がすとんと横から割って入ってきた。
その方を見ると、手の大きさに似合うだけ、背丈の低い少女がふんと息巻く。百五十もないかもしれない。ボブヘアーと、こちらは身長にそぐわないだけボリュームのある胸が、縦に揺れた。
これで小顔だから、もはや胸の方が顔より大きい。それも片方で。
「相変わらず仲良いねー。あーちゃんと、吉原くん。羨ましいな全く」
俺と茜の関係を知る、数少ない人物・星玲奈だった。
高校になってできた茜の親友であり、クラス一の人気者だ。ほわほわしている感じが好印象だった。
そのうえ、彼女は俺と同じくギャルゲーマーだったりもする。オタクからもヘイトを集めない、まさに全方位隙なし、完全無欠のクラスのヒロインだ。ミスコンがあるなら、一番に推したい。
「それで、玲奈はなにしにきた〜?」
「あ、それそれ。ちょっと聞いてよ。どうしようか迷っててさぁ。この間、OGの先輩に合コン誘われたんだ」
「えっ相手、大学生?」
「そう、歳上っていいけど、三年生以上はちょっとって感じだよね」
女子トークが始まったので、俺はすーっと前を向きフェードアウトをせんとする。
しかし、
「吉原くんはどう思う?」
いや星さん。なんで俺に意見求めるかな、普通。だって君たち以外に話してくれる人いないレベルのぼっちだよ? これが陽キャかと、思わざるをえない。
「……分からないけど、別に歳上ってだけで否定しなくても」
「あー、そのタイプか〜。でもさぁ合コンに高校生呼ぶってちょっとなしだよ」
「まともな大学生は合コンで高校生に手出さない気はするな」
「たしかに! そうだよね、普通。それにさ、別にさ今彼氏作りたいわけじゃないの、私」
そうなのか、と星さんの言葉を適当に受ける。それからすぐ、ぴーんと頭に繋がるものがあった。
そうだ、彼氏を作る。そんな話があったじゃないか。
たしか母親は、早姫姉に彼氏さえできれば、俺は一人暮らしをしてもいいと言っていた。
「なぁ、合コンって彼氏できるものか!? 現実ではそんなライフハックがあるのか」
反射的に星さんにこう聞いて、とんだ失言だと気づいた。
これじゃあ俺が彼氏欲しいみたい☆。
「幸太、なに。あんたそういう感じ? ドMな上に男好き?」
茜がじろりとこちらを見る。綺麗な顔が台無しなほど、ぴくぴくとつっている。星さんは、けらけら笑っていた。
「物のいいようだっつの! じゃあ彼女だ。彼女はできるのか? 答えてくれ、茜」
「……できるんじゃないの。私は行ったことないけど、友達はその日で彼氏出来たって」
「そうか、そういうものか……ふふ、ははは」
勝機見えたり。
そうとなれば早速いろいろと調べなければなるまい。善は急げ、とそういうやつだ。
「どうしたのよ、吉原くん。壊れた?」
「幸太はいつも飛んでるよ。常にトリップしてる」
「クスリは決めてねぇから!!!!」
失礼極まりない二人の話に切れ味抜群のツッコミを入れる。俺の声がクラスに響き渡ったちょうどその時、がらりと戸が開いた。
「…………吉原くん? 静かにしてなさいと言ったはずですが」
出席簿を抱えた早姫姉が、薄い作り笑いを浮かべて言う。綺麗なのだけど、なぜかぞっと背筋をかけるは寒気。
「すいませんでしたっ!!!!」
俺は、とりあえずすぐに頭を下げた。
だが、俯いたところで、笑みが止まらなかった。
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