第一章 カトウ、異世界転移する 10

 女神の声ではない。

 別の女性の声だ。

 その女性の声は、カトウの頭の中に深く浸透していく。

「…………」

 すると、自分が自分でなくなるような、そんな不思議な感覚にカトウは陥った。

 浮遊感。

 とでも言うのだろうか。

 地に足がついていないような、そんな不思議な感覚だ。

 だが、不快ではない。

 むしろその逆で、このままこの感覚に身を任せたい。

 そんな気持ちになる程、それは心地の好いものだった。

 しかし、カトウはその快楽がまやかしだとすぐに気付き、反射的に自らの頬を強くつねった。

 漫画なんかでよくある、洗脳に近いものだと、カトウは直感で気付いたのだ。

 なんとか意識を取り戻したカトウは、念の為、手元にあったエリクサーを一本飲み干していく。

【汝、我が力を欲する者か】

 声は尚も続いていた。

 やはりこの魔剣が、カトウの脳内に直接声を送っているようだ。

 そして先程の不思議な感覚も、この魔剣の仕業だったのだろう。

 その証拠に、エリクサーを飲んだ後では、一向に先程の感覚には襲われない。

 いつもの余裕を取り戻したカトウは、次に気になる点に注目する。

 それは、魔剣の声である。

 魔剣の声、それはまさに、魅力的な女性の声であった。

 これで美少女じゃなかったなら、まず間違いなく暴動が起きる、そんなレベルの美少女の声。

 だとするなら――

 カトウは一つの答えに辿り着く。

 それは、日本男児ならば誰しもが辿り着く答え。

 そう――この魔剣、ワンチャン美少女になるんじゃないのか……!

 という事だった。

 それならば、カトウのやる事は一つだった。

【汝、我が力を――】

「――面接を始めます。私語は慎んでください」

【…………えッ!?】

 突然のカトウの発言に、魔剣は動揺を露わにした。

 魔剣が放っていたどす黒いオーラは掻き消え、魔剣は見るからにあわあわとしだす。

「ではまず一つ目に、あなたの長所について教えてください」

【え……あ……その……】

 きっとこの魔剣は、カトウにこんな質問をされるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 甘すぎる。

 そんなんじゃこのストレス社会は生きていけない。

 カトウは心を鬼にし、この魔剣には一つたりともアドバイスは与えないと心に誓った。

 当然、魔剣はカトウの質問に答えられず、無言のまま時間は過ぎていく。

「……お話になりませんね。お引き取りください」

 するとカトウは無情にもそう言って、部屋の扉を開けた。

 それは、本気の目であった。

 カトウの本気の目に、魔剣は声を張り上げる。

【しょ、正気か!? 我は魔剣フレイ! 魔剣フレイなのだぞ!? 我を使役すれば、世界……いや! 冥界さえも思いのままなのだぞ!?】

「そうですか。つまりあなたの長所は、世界を取れる、という事でよろしいですね?」

【そ、そうだ! 我は強いのだ! 強いのだぞ!】

「回答以外の発言は慎んでください」

【人間の分際で、我の言葉を遮るというのか……!?】

「減点二です」

【減点二!? わ、我に点数を付けるというのか! ……や、止めろ! よせ! 減点を増やすでない! 分かった! 黙る! 黙るから! ………………今のも減点なのか!?】

 減点をどうにか八で止める魔剣フレイ。

 流石は魔剣、といった所だろうか。

「では次に、あなたの短所について教えてください」

【た、短所だと!? そんなもの、ある筈が――】

「減点――」

【わ、分かった! 言う! 言うから! 減点はやめてくれ!】

 余程減点が怖いのだろう。

 魔剣は少しの間を空けて、自分の短所を並べていった。

【わ、我には、その……友達が、少ない………………いや、誰一人としておらん。……それと寂しがり屋で、自己顕示欲が強い……冥界でも、嫌われていた……】

「続けてください」

【う、ううううううううううううううううう! 我は本当に駄目な奴なのだ! 本当に我を慕ってくれていた部下を切り捨て! 我を冥界の王としか見とらんゴミを側に置いてしまった! 我は本当に駄目な奴なのだ! うわあああああああああああああああああああああああああああん!!!!】

「続けてください」

 カトウは鬼畜だった。

 でもまあ、カトウを洗脳しようとした罰だと思えば、これぐらいは軽いものだろう。

 その後も、魔剣は泣きながらも、自らの過去をカトウに語ってくれた。

 自分がどれ程の間違いを犯したのか、どれ程それを悔やんでいるのか。

 魔剣は長い時間、それをカトウに語ってくれた。

 そんな魔剣にカトウは近づき、彼女の肩だろう部分を、ポンと右手で叩いた。

「言えたじゃねえか」

【…………あ】

 魔剣も気づいたのだろう。

 自分が赤の他人であるカトウに、こんなにも正直に話せた事を。

「赤の他人の俺に言えたんだ。なら今度はきっと、ソイツ等に謝れる筈だ」

【…………】

 魔剣はしばし呆然とし、言葉を選んでいるのか、少しの間を空けてこう言った。

【まさかお主は、それを我に言わせる為に、今の面接とやらをしてくれたのか……?】

「……ま、そんなところだ」

 全然まったく、これっぽっちもそんな事はないのだが、取り敢えず、カトウはそういう事にしておく。

【あの者たちは、我を許してくれるだろうか……】

「…………多分、許さないだろうな」

 話を聞く限り、ソイツ等はきっと、まだこの魔剣の事を恨んでいる筈だ。

 そう簡単には許してはくれないだろう。

 魔剣もそれは分かっているのか、すぐに頷いた。

「だけどまあ、その時は、俺が隣にいてやるよ」

【ッ!?】

「一人じゃ、きっと不安だろ?」

 カトウの言葉に、魔剣フレイが涙をこらえているのが分かる。

 そんな少しばかり感動的な場面に失礼なのだが、カトウはこの時「…………やべえ、今の俺、滅茶苦茶恰好良いかもしれない……!」などと心の中で考えていた事を、念の為みなには伝えておく。

 そんな事とは露知らず、魔剣フレイはカトウに感謝するようにこう言った。

【すまぬ……恩にきる……】

 魔剣フレイはこうして、カトウの仲間になったのだった。

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