第一章 カトウ、異世界転移する 7

 ユミナの助言によりカトウたちは、現在雪山の中腹付近を登っていた。

 流石は異世界と言うべきか、ユミナの家付近では雪など全く降っていなかったのに、少し歩いただけで、視界は緑ではなく、白一色に覆いつくされた。

 異世界ではこれが普通なのかもしれないが、これならもう少し、厚着をするべきだったのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ユミナが近づいてきた。

「ノブユキ様、失礼いたします」

 ユミナは何やら呪文らしき言葉を唱えた。

 その瞬間、寒かった手足は嘘のように温かくなっていく。

 どうやらユミナが火の魔法により、体温を調節してくれたようだった。

 やはり魔法は便利だ。

 王都に行き、一秒でも早く魔法を覚えたい欲が強くなっていく。

「うん。ここなら問題なさそうね」

 すると、前方を歩いていたリーファが、そう言って立ち止まった。

 雪山にスクール水着で闊歩するリーファのその姿は、まさしく変態ではあるが、すでに三人とも慣れていた。

 皇女の証明たるリーファの究極魔法が、一体どれ程の威力なのかは分からないが、ここでならなにも問題はないだろう。

 カトウはレジャーシートを広げ、そこにユミナと共に座った。

「いい? 見てなさい! 今から私がアンタたちに見せるのは、古代エルフ族に伝わりし禁術、古代究極魔法よ!」

「「おおおおおおおおお」」

 レジャーシートの上で正座をしながら、カトウとユミナはぱちぱちと拍手をする。

 すると拍手に気をよくしたのか、リーファが自慢気に「うんうん」と頷いた。

 そして詠唱は始まった。

「悠久の大地に眠る、古の女神ガイアよ! 今こそ我等エルフ族に応え――」

 詠唱が始まると、リーファの身体を囲むように、黒い三層の魔力が展開された。

 展開された三層の魔力はリーファの周囲を規則的にぐるぐると回り出し、それが数分続くと、三層の魔力は一気に外へと放出される。

 それはリーファが、古代究極魔法を発動した合図のように見えた。

 空気が震え、まるで大地が怒っているかのように、地面が激しく揺れ始める。

「な、なんだ!?」

 激しい揺れにより、大地は引き裂かれ、割れた大地からは、いくつもの鋭い岩の塊が突き出し、周囲にある木々をなぎ倒していく。


 ――そして、ソレはゆっくりと姿を現した。


 ゴツゴツとした岩の塊。

 それがいくつも重なり合い、人の形を成したもの。

 ゴーレム。

 超巨大な銀色のゴーレムが現れたのだ。

「すげええええええええええええええええええ!!!!!」

 迫力満点の光景に、カトウは目を輝かせながら叫んだ。

「ふふん。驚くのはまだまだこれからよ」

 カトウの反応にさらに気を良くしたのか、リーファが再度魔法陣を展開させる。

 するとゴーレムはゆっくりとした動きで、片腕を振り上げた。

 刹那、振り上げた動作とは正反対の速さで、その暴力的な岩の拳を、ゴーレムは地面へと叩きつけた。

 それにより辺りの雪は弾けるように周囲へと飛び散る。

 ゴーレムは尚もその巨大な拳で、何度も何度も地面を叩きつける。

 凄まじい破壊力である。

 余波が遠く離れたこちらまで届いている。

 もしもあの拳が魔物に向けられれば、まず即死は免れない。

 まさに、究極魔法に相応しい魔法であった。

 そんな事を考えつつ、カトウはリーファが皇女である事を何となく察し、彼女にあのゴーレムを止めるよう言った。

「リーファ、お前が皇女って事は良く分かったから、もうアレを止めてくれ」

 じゃないと、大変な事になる。

 そう思っての発言だったのだが――

「は? 何言ってんのよ。究極魔法なんだから、止められるわけないじゃない」

 さも当然の事のように、リーファはカトウに眉をひそめながら、そう言ってのけたのだ。

 そう、カトウは大きな勘違いをしていたのだ。

 リーファがこの魔法を、完全に制御出来ている、などという幻想を――

「「…………」」

 リーファの言葉にカトウとユミナはしばし呆然とし、ゆっくりと彼女から視線を外す。

 そして前を向けば、ゴーレムは今現在も、怒り狂ったように地面を叩き続けていた。

 そして聞こえてくる、この嫌な音。

 まるで山岳部斜面上に降り積もった大量の雪が、今まさにこちらに向かってきているような、そんな嫌な音が――

「「「雪崩だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」

 そう、雪崩だった。

 雪崩は物凄い轟音とともに、こちらに向かってきていた。

 カトウ、いや、ゴーレムの身長を優に超える暴力的なまでに成長していく雪崩が、今まさに、雪山から落ちてきているのだ。

「おいバカ! 早くあのゴーレムを使ってあの雪崩を止めろ!」

「はあ!? アンタ誰に向かって口利いてんのよ! 私は皇女よ!? 偉いのよ!?」

「ノブユキ様! この馬鹿は放っておいて早く逃げましょう!」

「ああ! また馬鹿って言った!」

「そ、そうだな! 早く! 早く逃げるぞ!」

「はい!」

「あ! ちょっと! 待ちなさいよ! 置いてかないで!」

 雪崩に背中を見せる形で、三人で一斉に走り出す。

 しかし、雪に足が取られ、うまく走れない。

「うわああああああああああああああ! も、もう近くまできてるぞ!? 急げ! てかリーファ! お前俺の足を掴むな! 離せ! 走りづらいだろうが!」

「ひいいいいいいいいいいいいいい! 置いてかないで! 置いてかないで! お願いだから見捨てないで! 何でもする! 何でもするから!」

 リーファがカトウにしがみつき、そう懇願する。

「……今、何でもするって言ったか?」

「言った! 言ったから助けて!」

「……ちなみに何でもするっていうのは、本当に何でもするのか? 後から変更とか利かないからな」

「…………」

「ノブユキ様!? 何をこんな時にふざけているのですか! 早くしないと、雪崩に呑み込まれますよ!?」

「そうだった!」

 カトウは急いでリーファの手をとり、二人で一緒に走り出す。

 すると、ユミナが前方で何かを見つけたようだった。

「ノブユキ様! 洞窟です! あの木の陰です! あそこに逃げ込みましょう!」

「でかしたぞユミナ!」

 木々に隠れていた洞窟をユミナが見つけ、三人でドタバタと逃げ込む。

 リーファの魔法で出入り口を固めた瞬間、物凄い勢いで雪崩がぶつかってきた事が音で分かった。

 まさに、間一髪。

 三人が三人、肩で息をしながらその場にぐったりと膝をつく。

 ユミナかリーファのどちらかが魔法で辺りを明るくし、全員の呼吸が整ってくると、カトウとユミナは二人でリーファを睨みつけた。

 リーファはその視線から逃げるように顔を背ける。

「――ま、まあ、これで私が皇女って事は、ちゃんと分かったんじゃない? これからは私の偉大さにひれ伏して、態度をあらため――い、痛い!?」

「うっさいわボケ! 誰のせいだと思ってんだ!」

 反省の色が見えないリーファの頭に、カトウは何度もチョップをくらわせた。

「ひ、酷い! 頭叩かれた上に、ボケって言われた!? 親にも言われた事なかったのに!」

「よく今まで言われませんでしたね!?」

「この! 反省しろ! この!」

「わ、悪かった! 私が悪かったから! うわあああああああああああああああああああああああああん!」

 こうしてポンコツ皇女――リーファは己が非を認めたのだった。

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