第一章 カトウ、異世界転移する 4

 それから数時間後、リュックサックに入っていた缶詰により無事夕飯を済ませた二人は、次に身体を綺麗にする事にした。

 風呂……はないようなので、タオルをお湯に浸し、それを使い、カトウは二人で身体の洗い合いっこをひそかに目論んでいたのだが、ふと後ろを向けば、ユミナが不思議そうにこちらを見ていた。

 ユミナにどうしたのかと聞いてみると、何でもこの世界では、魔法によって身体を綺麗に出来る為、風呂そのものがないそうだ。

 少し残念ではあるが、それならばと、カトウはユミナにその魔法を使って貰う事にする。

「おお! すげえ!」

 ユミナが呪文を唱えると、汗でべとべとだった身体は嘘のようにさっぱりとした。

 便利すぎる。

 もしこの魔法を地球に持ち帰り、普及させたならば、数多とある企業が倒産を免れないレベルの便利さだ。

 初めての魔法に感動しつつ、パジャマに着替えたカトウは、リュックサックからジュースの入った缶を二つ取り出し、その片方をユミナに手渡した。

「変わった飲み物ですね。……ですが、凄く美味しいです」

 炭酸ジュースは初めてなのだろう。

 口の中がしゅわしゅわとしているのか、ユミナはそれを飲む度に驚いた顔を見せてくる。

 口に合うか分からなかったのだが、どうやら喜んでもらえたようだ。

「そういえば名乗ってなかったな。俺の名はカトウ。カトウノブユキだ」

「私はユミナ。ユミナ・カーライズです」

「よろしく、ユミナ。それで早速質問なんだけど、今ユミナがやってくれたみたいな魔法って、どうやって覚えるんだ?」

「え? 魔法、ですか?」

 心底不思議そうに、ユミナはそう聞き返してきた。

「そうそう、その魔法」

「……一般的な魔法でよろしいのですか? それでしたら、スキルカードを使えば習得出来ますよ」

「スキルカード?」

「はい、このカードです」

 すると、ユミナは一枚のカードをカトウに見せてくる。

 女神から受け取った、あのカードに少し似ていた。

 そこにはユミナの名前と、レベルと思わしき数字が書かれている。

「このカードにあるスキルポイントを消費すれば、スキルや魔法が覚えられるんですよ」

「へえ! 俺もこれ欲しい!」

「ふふ、王都に行けば簡単な手続きで購入できますよ。証明書の代わりにもなりますので、明日にはここを出発して、王都を目指しましょう」

「よし! それで決まりだな!」

 まずは最初の目標が決まった。

 ならば今日は明日に備え、もう寝るとしよう。

「じゃあ、そろそろ寝るか」

 カトウはそう言って、一つしかないベッドに視線を移した。

「ッ!? そ、そうですよね! もう夜も遅いですから、寝ないとですよね!」

 すると、ユミナはあからさまに顔を真っ赤にさせる。

「…………………………………………………………」

 そのユミナの表情に、カトウは確信に近い答えを持っていた。

 数々の恋愛漫画を読破したカトウには、それが手に取るように分かってしまったのだ。

 その答えとは、つまり、

 ――ユミナは明らかに、カトウに好意を持っている。

 という事だった。

 それが分からない程、カトウは鈍感ではない。

 しかし、今ここでユミナに手を出す事は出来ない。

 それは数多のハーレム主人公たちが身を挺して証明してくれている。

 なぜ彼らは、ヒロインに手を出せる状況下において、決して手を出せないのか。

 少年誌だから?

 モラルだから?

 恥ずかしいから?

 違う。

 そんなちゃちなものでは決してない。

 彼らはそれ程、やわな存在ではない。

 ではなぜか?

 彼らはただ、恐れているのだ。

 個別ルートという、一度でも入ってしまえば二度と出られない、恐怖の存在に――

 ことゲームにおいて、個別ルートとは、一人のヒロインを愛し続ける、いわば純愛の証明のようなものだ。

 しかしハーレム主人公において、この個別ルートとは文字通り死を意味する。

 ゲームなんかでは、セーブやロードを駆使すれば、個別ルートだろうがバッドエンドだろうが何も問題はないだろう。

 しかし、そういった物が存在しない世界では、当然だがやり直しはきかない。

 そんな厳しい世界で、世のハーレム主人公たちは死に物狂いで生きているのだ。

 手を出したくても、決して出す事が出来ない。

 それはもう、餓死寸前の人間の前に、ガラスケース越しに毎日御馳走を出すようなものだ。

 あまりに辛く、過酷な世界。

 まさに修羅の道と言えよう。

 ハーレム道とは、そんな修羅の道なのだ。

 しかし、耐えなくてはならない。

 それを耐えた者にこそ、真のハーレム道は開けるのだ。

「ノブユキ様……」

 甘えるような、ユミナの声。

 常人ならば耐えられないだろう、情欲を誘う声音。

 ――プツン。

「…………………………………………………………」

 カトウはその声を聞いた瞬間、ユミナのおっぱいを触る事を決意した。

 まあ、今日は初日なのでね。

 おっぱいぐらいはセーフだろう。

 そのぐらいならきっと、個別ルートには入らないだろうし、今日は初めての異世界記念日という事で、自分へのご褒美だ。

 本格的にハーレムを目指すのは、明日からにしよう。

 カトウはそう結論付けた。

「……ユミナ」

 カトウはユミナに近づき、大きな二つのおっぱいへと、そっと手を伸ばした。

 しかし、

「や、やっぱり、恥ずかしい……!」

「ふごお!?」

 突然、カトウの腹部に激痛が走った。

 反射的にお腹を見てみると、ユミナの拳が深くめり込んでいる。

「の、ノブユキ様! 申し訳ございません! ノブユキ様!」

 薄れゆく意識の中で、カトウの伸ばした手は空をきった。

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