黄色い水仙

関口 ジュリエッタ

第1話 黄色い水仙

 嵐が続く激しい豪雨ごううの中で一人の少年が川で溺れもがき苦しんでいた。

 濁流に呑まれ、助けを呼ぼうと大声上げたくても口に泥水が入り声を出せないでいた。もうここまでか、と半ば諦めかけたそのとき、少年が川に沈んでいく瞬間に何者かの手が少年の手首を掴み、勢いよく川から持ち上げて吸湿したのだ。


「大丈夫! しっかりして! 今誰か呼ぶから…………」


 必死に少年を叫ぶ若い女性の声が響き渡る。


「お姉……ちゃん――はっ!」


 急に意識を取り戻すと、そこは自分のベッドの上で目覚めたのだった。


(また、同じ夢を見ていたのか……)


 手で額に滲んだ脂汗を拭い、自分の部屋から出てリビングに向かった。

 リビングに入ると、キッチンで妹の真木奈まきなが朝食の準備を始めていた。

 艶がある滑らかなサイドテールに、雪のような色白い大和撫子やまとなでしこの名は清水真木奈しみずまきな、俺の自慢の妹だ。

 少しブラコン気味ではあるが、しっかり者である。


「お兄ちゃん、おはよう」

「……おはよう」


 無愛想ぶあいそうに挨拶を交わす俺の名は、清水界陽しみずかいよう大学二年生で――ここ東京都武蔵野市で三LDKのマンションに二人で暮らしている。

 自分の両親は三年前に他界して妹の真木奈と二人で助け合い協力しながら生活をしている。


「お兄ちゃんできたよ。さあ、食べよう」


 食卓に和食メインの料理が並び、魚の焼かれた香ばしい匂いが俺の鼻腔に入って食欲をさらに増してきた。


 食事をしているとき、玄関のドアベルが部屋中に鳴り響く。


和仁かずひと兄さんじゃないかな?」


 玄関のドアを開きリビングに和仁が入ってきた。

 叢雨和仁むらさめかずひと。金髪のショートヘヤーで性格もチャラいが頭が異常に良い上に運動神経も抜群だ。――一方で俺は黒髪で同じくショートの筋肉質の持ち主だが、和仁と違ってスポーツが得意なわけではないし、だからといって、勉強もそこそこしかできない、平凡な大学生。

 唯一生まれ持っての特徴は、小中高と学校中の生徒に恐がれるほどの顔つきで、大学では顔面凶器とあだ名を付けられている。


「おはよう界陽」

「ああ、おはよう。飯食ったら準備するから待ってて」


 妹である真木奈の隣の椅子に和仁は座る。


「和仁お兄ちゃんの分の食事も作っておいたよ。よかったら食べていってね」

「いつも悪いね、真木奈ちゃん。将来は立派な僕のお嫁さんになれるね」

「ありがとう――でも私は和仁お兄ちゃんよりも、界陽お兄ちゃんのお嫁さんになりたいな」


 最後の言葉に俺はあえて聞かないふりをした。

 俺は食事を終わらせて、和仁と大学に向かった。

 

 授業を終え、教室を出るとそこには和仁が俺を待っていた。


「なんだ、俺に用か?」

「今日は大事な話があるからサークルに来いよ」

「……わかったよ」


 嫌々そうに答えて和仁と一緒にオカルト研究サークルに向かうのだった。

 和仁はオカルト関係が大好きでこの大学を受けたのもオカルトサークルがあったためでもある。

 そのせいで俺まで巻き添いにされるのは正直迷惑している。

 オカルト研究サークルに着いた俺と和仁はサークルの部屋のドアを開けると、水晶で骸骨を模った物や年季の入った本棚にはたくさんの都市伝説に纏わる書籍や、妖怪の書かれた書籍など置いてある。


「いや~遅かったな和仁君と界陽君。たった今、植木君からとても重大な情報を持ってきてくれたんだ」

「重大な情報とは何ですか!?」


 身を乗り出して手塚てづかに詰め寄る。

 この手塚というメガネをかけて大柄な体格の男はオカルト研究部の部長だ。


「実はな、うちの大学の近くにある井の頭恩賜公園で毎晩妖怪が出るとの噂があるんだ」


「妖怪ですか……(どうせガセに決まっている)」


 興味本位で聞いているふりを俺はしたが実際そこら辺のデマが流れていたに違いない、と思っていた。

 だが、周りの部員はその情報を信じて目的地に向かう準備を始めた。


「よし! おまえ達行くぞ!」


 部長の手塚は一眼レフカメラを持って部室を出て行く、それに続いて和仁と他の部員も出て行く。

「何やっているんだ界陽、早く行くぞ」

「……はいはい」


 嘆息たんそくを漏らしながら部屋から出て行った。



 井の頭恩賜公園大正六年に開園した競技場、テニスコート野外ステージ、ボート場など設備されている大型の公園なのだ。


 この頭恩賜公園おんしこうえんに池があり、その池を渡る橋、七井橋なないばしという橋に濡れ女という妖怪が出没し人々を驚かせている、という情報が入ったのだ。

 夜になるまでファミリーレストランで時間を潰し、井の頭恩賜公園に向かった。


「確かここの橋を上だよな……」


 和仁は声を震えながらサークルメンバーに発言すると、部長がこくりと首を縦に振る。

 七井橋を渡り橋の丁度真ん中付近で足を止めた。


「よし! 何枚か写真を撮ろう」


 部長の手塚は一眼レフカメラを構えて、橋の上から何十枚の写真を撮り、その他のメンバーはスマホで動画を撮ったり写真も撮ったりしていた。

 それからしばらくして、

「肉眼で見ても妖怪は現れなかったな……一度解散して後日、サークル部屋で見せ合おう」

 ここ七井橋で現地解散することになった。皆俺も含めて橋から降りて帰宅するときに、事件が来た。


「……来て……てた……」


 何やら耳元で誰かの声が、かすかに聞こえてきた。


「誰か何か言ってきました?」


 俺がメンバー達に質問すると皆、首を横に振る。

 気のせいかと思って再度歩き続けると、またかすれた声が俺の耳元で聞こえてくる。

 背筋がぞわぞわさせながら後ろを振り向き、懐中電灯を照らした。向いた先に目を向けると、俺の全身に鳥羽が立つ。

 橋の上にいるはずも無い女性と思しき人物がこちらに向かってゆっくりと手招きをしていた。

 白い着物で顔が髪で隠れるほどのボサボサヘアスタイル。どっからどう見てもこの世の人間ではない。

 急いで目の前を歩いていたサークルメンバーに報告しようと身体を前に戻したとき、そこにいたはずのメンバーがいなくなっていた。

 さらに恐怖度が増した俺は一目散に走って逃げた。

 耳元で聞こえてくるかすれた声を聞かないように耳で塞ぎながら無我夢中むがむちゅうに走っているが何故か、前に前に進んでいるはずなのに距離が一向に縮まらない。

 段々体力が無くなり、その場で胸を押さえて呼吸を整えた俺は決心した。

 このまま走って逃げようとしても無意味なため、橋に向かって歩き出した。

 正直死ぬほど怖く、心臓の鼓動が身体全体に響き渡りながら一歩また一歩と歩き、やがて女性のいる橋の真ん中に立ち止まる。

 近くで見ると失神しそうになるが、恐怖心を欠き殺し、口を震えながら訪ねてみた。


「俺に……何の……ご用……ですか……?」


 すると女性は俺に向かって手を差しのばした。

 咄嗟に俺は恐怖のあまり目をつぶってしまった。が、ゆっくりとまぶたを開くと驚くべき光景に俺は目を疑う。

 なんと彼女がこちらに向かって差し伸べてきた手の平の上には、以前川で溺れたときに紛失したと思われる母から貰った大切なプラスチックでできたピンク色の胡蝶蘭こちょうらんがあった。


「これを……俺に?」


 すると女性は口を開き語り始めた。


「これをあなたに渡したくて待っていたの大切な物だと感じたから……」


 俺は恐る恐る彼女の手に置いてあるキーホルダーを取ると、突然視界が眩く光り、川で溺れていた時の出来事が、フラッシュバックをした。

 だが、いつも夢で見ていたものとは違く今回のは正確に再現されていた。

 しかも俺を必死で助けようとしていた命の恩人でもあり初恋の女性でもある人物の顔や特徴が正確に映しだされていたのだ。


「もしかして……俺を川から救い出してくれた人物って……君だったの?」

「うん……それで助けたときに、このキーホルダーを落としていたからあなたに会うまでずっとここで……まっていた」


 女性は髪をかき分けて俺に素顔を見せた。

 色は青白かったものの、顔が整っているかなりの美少女だった。


 幽霊なのにこんなにも美少女だなんて俺は感激のあまり彼女の手を両手で握った。


「ありがとう。このキーホルダーは死んだ母親から貰った大切な物なんだ。いわば形見という奴かな」

「やっぱり。返せて良かった」


 彼女はタンポポのような明るい笑顔を見せたとき、俺の心臓がビクンと波を打った。これは恐怖心で跳ねたのではなく、好奇心で跳ねたのだ。


「君に伝えたいことがある」

「……なに?」

「助けてくれたことに、とても感謝しているありがとう」

「どうもいたしまして」

「それともう一つ、伝えたいことがあるんだ!」

「……なんですか?」


 俺は感情をむき出しにしながら、意を決して声を上げて喋った。


「俺を助けてくれたあなたに恋をしました――好きです、俺と付き合ってください!」


 俺は頭を下げて告白したが、彼女から返ってきた言葉は俺の予想をしていた言葉だった。


「気持ちはとても嬉しいです。ですが、あなたの気持ちには応えられないの、ごめんなさい。何故なら私は

「……そうですか。……でも、自分の気持ちを伝えることができてすっきりしました。」

 

 涙をこらえて俺は笑顔で話す。

 俺は踵を返してこの場から去ろうとしたとき、「待って!」と幽霊である彼女から呼び止められた。


「もし、あなたが私にこれから先も好意を抱いているのならこれを大切に持っていてほしいの」

「……これは?」


 彼女から手渡されたのは一本の黄色い花だった。


「これは水仙すいせんという花なの。この水仙は私のことを思ってくれていれば、水をやらなくても永遠に枯れることはないわ」

「わかった。君のことを思いながら大切にするよ」


 そう告げると、幽霊である彼女は全身光り輝き成仏したのだ。


 少しすると橋の下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 俺は再度きびすを返してみると、サークルメンバーたちが俺の元へやってきたのだ。

 突然来た俺に驚いて必死に探し回っていたらしい。

 俺はみんなに謝罪して自宅に帰った。


 自宅に帰った後、真木奈が俺にこの花言葉告げてきたのだ。


 この黄色い水仙の花言葉は「もう一度愛してほしい」


 俺は黄色い水仙を大切に育てながら、また彼女と会える日を気長に待ち望んでいた。

 

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