「真夜暦」曰く、500日後に俺は死ぬ

ぴいじい

第1章 ケキルア記

第1話 成呪

 それはなんだったのか、今でも不思議に思うほど変な夢だった。


 見上げる限りの夜空には、数多の光り輝く星たちが床にばらまいた砂糖のように広がり、視界の左上から右下にかけて天の川が突っ切っていた。ただただ、果てしない星の軍団が広がっているだけの景色。


 あーあ、これが後数十秒見られたらいいのになぁ。独り言ながらそう俺は呟いていたと思う。


 その後は、レム睡眠に入ったのか、全く何も覚えていない。


 ✴︎


 キャッチーなギターフレーズが耳元に突然飛び込んできて、俺はぼんやりしたドリーミーランドからはっきりした現実世界へと半強制的に引きずり出されてしまった。


 目の前にあったのは夢で見た数え切れないほどのお星様ではなく、光りもしないただの素朴な白天井だった。その素朴な部屋に響き渡る、かなり高度なギターのカッティング。


 体を横へ向け、枕元に置いてあるスマホへ目をやった。午前6:20。うん、いつも通りだ。


 俺はアラームを止め、携帯を放置した後、さっき見つめていた白天井をぼーっと見上げた。現実と夢のギャップの激しさに朝から落胆する。


 しかも今日はいつも感じる虚しさとは比にならないほど重かった。今日は…… ついにあの4ヶ月間の始まりかよ。


 ✴︎


 9月2日。長い夢のようだった夏休みとはおさらばして、ついに2学期が始まってしまう。


 別に宿題とかは終わらせていたし、やり残したことがあったわけでもない。強いていうとすれば、女子と遊びに行けなかったことくらいだ。まあどうせインキャの俺が誘っても、気色悪いと断られるだけだろうけど。


 俺はベッドから立ち上がり、自分の部屋を出た。廊下にさす朝の日光は皮肉にも笑っている。俺の心とは正反対だ。


 1階に降りると、リビングにはすでに妹の愛海まなみがパンを頬張っていた。妹は俺とは違って友達と久しぶりに会うのがそんなにも嬉しいのか、その顔は幸せそうに見えた。


「あら、おはよう。お父さんはもう出てっちゃったからね。はい、パン」


 キッチンで支度している母親がさりげなくトーストを皿に乗せて渡してくる。いつもならなんとも思わないパンの焦げも、今日に限ってその黒さは俺の心を一層ダークにしていた。


 しばらくトーストとにらめっこをしていると、愛海がその集中を切ってきた。


「にいちゃん早く食べていかんの? 今日みんなと会えるんやしぃ」


「アイ、ドン、ケア」


 愛海とも目を合わせずにちょっと冷たい態度を取った


「あっそ」


 愛海は俺の横に皿を置くと、椅子の下に置いてあったカバンの中を漁り始めた。ウキウキして仕方がないらしい。俺はそれを見ながら苦しい朝食タイムを経験せざるを得なかった。


 なぜ俺はそこまで新学期がだるくて仕方がないのか。それはただ一つ、周りが「あ、久しぶりぃー!」(特に女子)と言い合っている輪に入ることができないからだ。


 俺に友達がいないわけじゃない。ただバンドメンバーであったり、幼馴染であったりと、夏休みには定期的に会っていた為に、久しぶりと言える人が一人もいないのだ。


 俺だって、そういうやつらの中には入りたいとは思っているが、無駄に首を突っ込んだりするとうざがられたりするのが嫌いで、あまり変に絡まないようにしている。どうせお盆旅行で買ってきたお土産の分はもらえないから。


 ✴︎


 あっちもこっちも。やっぱり例年通り、教室前の廊下は騒々しい。


 特にクラスの中心的な女子がずっと喋り倒している。そんなにも話すトピックがあるのが俺には不思議だった。


 キャーキャー喚き立てる陽キャたちの間をすり抜け、1年4組の教室に入った。


 今度は中では男子がウォーウォー騒いでいる。どいつもこいつも、ここは動物園かよ。


「おっす、久しぶりだな」


 他の男子とつるんでいた学級委員が俺に気づき、声をかけた。


 こういうときこそ大チャンスであり、他の奴らに存在を示す良い機会なのだ。俺は笑顔で振り向き、しれっと近づいてみた。


 俺の顔を見た他数人が軽めの会釈をしてきたが、それ以降は誰も見向きもせず、自分たちの世界へと引き返していった。ほーら、言わんこっちゃない。どうせおまいらはこんなインキャのことなんか気にせずとも幸せな高校生ライフを送ってけるんだろ?


 俺は輪の中に顔も出さずに、窓側の列の前から3番目にある自分の席にどさっと腰をおろした。


 一息つき時計をみると、まだ朝のホームルームが始まるまで25分は時間があった。携帯をみても特に面白いことはない。どっぷりハマれるゲームがあるわけでもなく、インスタとかツイッターはただ見る専用で使っているが今はバッテリーの無駄だ。


 さりげなく窓の外を見てみる。教室の窓は人工芝のグラウンドに面している。小中の頃は砂の運動場で、こけたら痛いだとか、靴やズボンが汚れるだとか、砂埃が嫌だとかどうちゃらこうちゃらで大変だったから、人工芝はなかなか助かるものだ。


 多くの生徒は朝にはその脇にある歩道を通って校舎内に入る。と言っても歩道よりもグラウンドを突き抜けた方が断然早いから、歩道を歩いているのはガチで律儀な奴らか、雨が降った後に革靴を汚したくない女子かなのだが。


 グラウンドには、笑顔で仲良く登校してくる生徒が蟻のように入ってくる。サッカーコートのセンターサークルあたりでペチャくってる男子グループに数人の陽キャが後ろから突進してくると、突進された側がライオンのように騒いだ。この「ある意味でリア充」どもめ。


 長かった25分が過ぎ、部屋の中にチャイムが鳴り響いた。鳴ってから数十秒は誰も意に介さない様子だったが、やがて入室する担任を見つけるなり、全員がちらばって大人しく着席した。


 さすが我らが担任、数学科のトップであるが故に強面っちゃ強面で、どこか生徒を威圧しそうなところがある。それでも話していると面白いし、焼けた肌はよく似合うし、キレてるところなんか一回も見たことないけど。


「えー、皆さんおはようございます。長い長い暇ーな夏休みが終わってみんなもね、今日が待ちきれなかったって人が多いんじゃないですか?」


 全員が苦笑した。俺はこんなのには反応するタイプじゃないので。担任が全員の顔を見渡し、一呼吸おいた。


「突然ですが…… まあ皆さんご存知かと思いますが、私から重大な発表がございます。」


 教室中がざわめき、おぉー!?と一気にニュースへの期待値が高まる。この担任、強面のせいなのか40代になっても結婚できず、毎週のようにコンパに行ってるだとかいないとか。まさか、遂に結婚したのか?


「私、小野田和紘はー……」


 みんなの鼓動が一気に高鳴る。これは脈ありかもしれない。


「結婚…… し…… てませーん」


 クラス全体がため息をつく。あれだけ期待値あげといてそれはないだろうと、数人はブーイングを浴びせた。


「まあまあ、落ち着いて。クリスマスまでには頑張りますから。それよりもですね、えー皆さんご存知の通り、9月は編入生がやってきます」


 どん底にまで突き落とされていたクラスのムードは、一変して最高点に達した。これはこの担任にも騙せないほどの真実だ。6人は入ってくるらしいから、一クラスに一人は編入してくる計算になる。


 そもそも、この編入生というのは大抵海外からの帰国生か、他の学校になじめずに転校してきた人かのどちらかだ。帰国生であれば、俺の英語でのライバルになりかねない。俺はずっとこの学校で成績ほぼトップを守り続けているのだから、これはプライドにかかる死活問題だ。


 なにはともあれ、まずはどんな奴かを見てみようじゃねえか。担任がこそこそと、クラスに聞こえるように囁いた。


「しかもみんな聞いて、うちのクラスに入ってくるのは、かなりの美女だぞぉ」


 ざわめきがさらに大きくなる。男子はどんな子が入ってくるのかと、期待値メーターが壊れそうなほど教室のドアに釘付けになっているし、女子も同様、可愛い子が編入するのが楽しみな一方で、担任の言い方がキモいだ変態だといちゃもんをつけたり、可愛さに自信のある奴らは顔を曇らせて、自分の可愛さが薄まってしまうのではと危惧しているようだった。


 担任は男子の視線を気にもせずに、堂々と教室の扉を開けた。


「遅くなってごめんね、それじゃ、中にどうぞ」


 40人がまじまじと見つめる中、編入生はどこかぎこちなくなりながらも教卓の横へと入場してきた。


 編入生の顔をみるなり、あまりもの可愛さにほとんどの人間が心を射抜かれたようだった。一番後ろに座ってる、男子の中でも格段に変態のクズ野郎は気絶しているほどだった。


 俺もその可愛さは否めなかった。黒いロングストレートの髪にはつやがあり、おそらくCMで女優が見せびらかしている髪質というのはちょうどこんな感じなのだろう。瞳は普通の茶色っぽい色なのだろうが、窓からさす日光が瞳に反射して、どこか紫にも見えるようだった。頬も照れているのか若干赤みがかかっていた。


 担任が、教卓の前へと誘導し、彼女は恥ずかしそうにそこに立った。


「それではね、名前をお願いします」


 ざわざわが一斉に収まり、全員が美女の第一声を少しでも聞き取ろうと、全神経を集中させていた。そのせいで、転入生も喋りにくそうではあったが。


 本人は照れながらも、遂に震え気味の口を開けた。


「は、はじめまして!辻元真夜つじもと まやです、よ、よろしくお願いします!」


 勢いよく礼をしたその時、彼女の綺麗な額は教卓に突っ込んでいき、鈍い音が教室中に響き渡った。


 本来ならば拍手喝采のところが、みんなの顔は一瞬で凍りついた。入ってきたばかりの子をバカにしてはいけまいと、何人かは口に手を当て、どうにか笑いを堪えているようであった。


 俺もそれには何も言葉が出てこなかった。


 なんだこいつ、バカなのか?

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