第7話 氷の主

「うう……冷えてきましたね……!」


 タパパの街を出て二時間ほど。

 俺たちはジャイアントフットの出る山へとやってきていた。

 天を衝いて聳えるモーラン山と比べれば低いものの、頂上付近には雪の積もる高山である。

 吹き下ろしてくる風は冷たく、肌が痺れるような寒さにたちまち背中を丸める。


「フォルトナ、何とかならないか? 炎魔法で温めるとかさ」

「できるけど効率悪すぎるわよ。私の専門は攻撃魔法、生活系は専門外だわ」

「スージーは? 何かいい道具は持ってないか?」

「持ってたら使ってますよ……うう、さぶい……」

「……たく、どうなってるんだ? このあたりがここまで冷えるなんて珍しい」


 手で体を摩りながら、愚痴をこぼすレイドルフ。

 なるほど、道理でこのあたりに住んでいるはずの三人が慣れてない様子のわけである。

 そういうことなら、これを使っておいた方がいいな。

 俺はすぐに杖を握ると、全員に温度管理のための魔法を付与する。


「ん? 急に過ごしやすくなったな」

「全員に魔法を掛けましたから」

「あなたが?」

「ええ、寒かったですし」

「ま、まあこのぐらいなら私もできるわ。力を温存したいから、やらないだけで」


 フォルトナは妙に悔しそうな顔をすると、少し歩調を速めた。

 彼女に合わせて、レイドルフもまた歩みを速める。

 そうしているうちに、ジャイアントフットがサーチに引っかかった。

 レイドルフの前方、ちょうど岩陰に隠れるようにして潜んでいる。


「レイドルフ、前方にジャイアントフットがいるぞ!」

「なに? どこだ?」

「岩の後ろだ! 今出てくる!」


 俺がそう叫んだ直後、茶色い毛むくじゃらの巨体が岩陰から躍り出た。

 不意打ち狙いだったようで、いきなりレイドルフの脳天めがけて棍棒を振り下ろす。

 ――ブォンッ!!

 棍棒が風を切り、唸った。

 しかし事前に警告を受けていたレイドルフは、辛くもそれを回避する。

 そして剣を抜き放ち、すれ違いざまに敵の腕を斬った。

 たまらず棍棒を手放したジャイアントフットに、今度はフォルトナが魔法を放つ。


「ファイアーボール!!」


 赤々と燃える炎の球が褐色の巨体に直撃した。

 たちまち毛皮に火が付き、一気に全身へと燃え広がる。

 おー、なかなかの威力だ!

 さすがにアマリアと比較するとかわいそうになるが、ランクの割には練度が相当に高い。

 ミリアさんがいいパーティだと勧めるわけだ。


「それっ!! これでどうですか!」


 続けざまにスージーが投網のようなものを投げつけた。

 手足を絡めとられたジャイアントフットは、その場で転んで身動きが取れなくなる。

 そこへとどめとばかりに、レイドルフが喉元へ深々と剣を突き刺した。

 響き渡る咆哮、のたうち回る巨体。

 ジャイアントフットはまさに最後のあがきとばかりに暴れるが、じきに動かなくなる。


「ははははは! どうだ、見たか!」

「あっけなかったわね。ふっ、この私の大魔法にかかれば当然か」

「助かりました、ノリスさんのおかげです」


 俺に向かってぺこりと頭を下げたスージー。

 それを見たレイドルフとフォルトナが、ぐぬぬっと顔をしかめる。


「……た、確かに察知したのは早かったけど! 倒したのは私の魔法よ!」

「そうだ! とどめを刺したのは俺の華麗なる剣技だ!」

「でも、事前にノリスさんが警告してくれなかったら危なかったですし」

「ぐぐぐ……!!」


 レイドルフとフォルトナの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていった。

 耳から湯気でも噴き出しそうなくらいである。

 俺、そんなに気に障るようなことを言ったかな……?

 警告をするタイミングが遅かったかもしれないとは思ったけど、あれが俺の限界だからなぁ。

 

「……とにかく、今日のところは帰りましょ」

「そうだな、依頼も片付いたことだしな!」


 白い歯を見せて、気を取り直すように笑うレイドルフ。

 彼とフォルトナは、そのまま武器を納めて意気揚々と帰り支度を始めた。

 どうやら、倒したジャイアントフットの剥ぎ取りについては俺にすべて任せるらしい。

 スージーも申し訳なさそうな顔をしつつも、二人の手前もあってか俺を手伝うことはなかった。

 まあ、この辺はポーターに一任してるパーティも多いしそんなものか。

 俺がナイフを取り出して作業を始めたところで、不意に大きな魔力を感じる。


「こいつは……みんな、伏せろ!!」


 急いで身体を伏せると、すぐに頭上を冷気の塊が通り過ぎていった。

 白銀に輝くそれは、たちまちのうちに草木を凍り付かせていく。

 すぐさま視線を上げれば、そこには青い翼を広げたワイバーンが舞っていた。

 それを目にしたレイドルフたちは、見る見るうちに青ざめた顔をする。


「ワ、ワイバーンか!!」

「こいつが寒さの原因だったわけね……!」

「ひ、ひぃ……! Aランクの魔物ですよ!? どうするんですか!?」


 完全に恐慌状態となり、身動きすら取れないレイドルフたち。

 まずい、このままじゃ氷漬けにされちゃう!

 俺はとっさに剣を抜くと、ワイバーンに向けて思い切りとびかかった。

 踏み込んだ足が大地を揺らし、俺の身体が宙を舞う。


「おりゃあああ!」

「グギャオオオオッ!?」

「嘘!?」

「一撃だと……!」


 首の付け根の最も弱い部分を、剣で切り飛ばした。

 どうやらこいつ、攻撃力は高いが鱗の防御力は低いようだな。

 ワイバーンはそのままなすすべもなく地上へと墜落し、ドスンッと鈍い音を響かせる。

 

「ふぅ……大丈夫ですか?」


 ひと段落付いた俺が呼びかけると、三人はきょとんとした様子で頷いた。

 そして――。


「……ポーターを舐めてました、すいません! 失礼なことばかり言ってすいません!」

「私も調子に乗ってました! これからはノリス先生って呼ばせてください!」

「わ、私は……とにかくすいません!」


 三人そろって、すごい勢いで頭を下げ始めたのだった。

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