十九回目『姫と姫』

 これはミーシャがミカヅキの部屋に行く一時間ほど前の話である。


 一人、ソフィの部屋に呼ばれたミーシャ。アミルはどこから聞き付けたのか着いていくと言い、断ったがどうしても着いていくと聞かなかったため、仕方なく扉の前で待たせることにした。

 ちなみに、扉の前にはもう一人、レイディアがいた。


 ソフィとミーシャは苦笑いを受かべながらも二人を置いて部屋の中に入った。


「ゆっくりしていくと良いわ」


 と言って、ミーシャを椅子に座らせて用意してあった紅茶をコップに注いで手渡した。「あ、ありがとうございます!」とミーシャは若干の緊張を隠せずにお礼を言う。


「そんなに固くならなくても良いわ。力を抜いて」


「は、はい……」


 言われて何回かゆっくりと深呼吸して、ようやく落ち着きを取り戻した。


 それを察したソフィは入れた紅茶を一口飲んでから話を始めた。


「同盟を提案したのはあなたらしいわね」


「は、はい。このままではダメだと思って……」


 返答にソフィは少し微笑んだ。

 また一口つけてから話を続ける。


 ミーシャは相変わらず緊張はしているようだった。

 確かについ先日まで敵対していた国のお姫様と二人きりにされたら、ほとんどの人が同じ反応をするはずだ。


「そうね。たしかに今のファーレント王国あなたたちでは到底敵わないでしょう。勇気ある選択は悪くなかったと思うわ」


 それまで微笑んでいたソフィが表情を変えた。真剣なものへと。

 ミーシャもそれは見逃さなかった。すると恐怖なのか何なのか体が動かなくなる。

 でも、口だけは思った言葉を発した。


「私たちは諦めるわけにはいかないの。お父様のためにも……!」


 お互いの目を見合った時間がどれだけ続いただろう。

 少なくともミーシャにとってはとても長く感じていた。

 程なくしてソフィの方が視線をずらした。


 ミーシャは心の中で胸を撫で下ろした。


「考えは否定しないわ。でもね、あなたはまだ自分自身の言葉の重さを理解できていない」


 心に何かが刺さったような感覚がした。

 確かにその通りだ、と。


 ミーシャは思い返す。

 ――今回の同盟のことだって、ミルダやレイが後押ししてくれたからこそみんな聞いてくれた。

 もし、ミルダやレイ、そして隣にいてくれたミカヅキがいなかったらどうなっていただろう?

 誰に聞かなくてもわかる。


 ――私だけだったら何もできなかった。


 わかっている。そんなことぐらい私にもわかっている。


「でも、それでも、私は姫なの! みんなの先頭に立たなきゃいけないの!」


 ――気づいたら叫んでいた。

 そんなつもりはなかったのに。


 ソフィは一度ゆっくりと目を閉じて開く。

 そして、目の前の少女に言い放った。

 現実と言うものを。


「あなたは、あなたの言葉で人を殺せるの?」


「そ、それは……、うぅっ」


 何も言えなかった。

 その通りだったから。

 ミーシャは覚悟していなかったわけではない。

 ただ、そこからいつの間にか周りの人に押し付けて、結果的に逃げてしまっていたのだ。


「厳しいことを言うけど、あなたはまだまだ一国の長たる覚悟が足りない」


「うぅ、でも、でもっ……」


 言いたいことはたくさんあるのに、頭に浮かんでいるのに、言葉として口から外へは出て行ってはくれなかった。

 確かにミーシャはまだまだ幼い少女だ。同時に、必死に王国のことを考えていることをソフィも理解している。

 だが、自分で選んだか選んでないかよりも、その立場になった以上はそれ相応の覚悟ものを持たなければ付き従った人は無駄に命を落とすことになる。


 だからこそ、ソフィは俯くミーシャの頭を優しく撫でながらこう言った。


「でもね、それが当たり前なのよ」


 外に出すまいと抑えていたものがこの言葉によって溢れ出た。


「うわあああぁぁぁぁん!」


 そのままソフィは小さく泣きじゃくる一人の少女を自分の胸に抱き寄せる。

 まだあなたは幼い女の子なんだから、と。


 ――それから10分くらいでようやく落ち着きを取り戻して、ソフィの胸から離れて座り直した。目を真っ赤に腫らして。


「すっきりした?」


「……す、少し」


 まだまだ周りに甘えても良い。私だって、今でも助けてもらうことだってあるんだから。

 忘れてはいけないことは、それが当たり前だと思わないこと。

 と、ミーシャはソフィの言葉を真剣に聞いた。


「ごめんなさい。少し厳しくしすぎたわ」


「い、いいえ、そんなことはないです」


 首をぶんぶんと音がなりそうなくらい横に振って否定した。


「そう言えば――」


 ソフィが何かを思い出したかのように紅茶を飲もうとして止める。


「な、なんですか……?」


 もう先程までの緊張は無かったが、何か嫌な予感がした。


「あなた、あのミカヅキと言う人が好きなの?」


 ぼん。

 小さく何かが爆発したように音を立て、ミーシャの顔が真っ赤になった。

 その様子を見て、ソフィは驚いた後にふふ、と微笑んだ。


「やっぱりね」


「あ、いえ、その、あの……」


 言葉にならなかった。

 頭が回らない。

 思考が停止していた。

 原因はもちろん……恥ずかしすぎて、だ。


「そんなに慌てなくてもいいじゃない。面白いわね」


「だ、だって、ソフィさんが変なこと言うからです!」


 ぷーっと頬を膨らませながら言い返すが勝敗は既に決している。

 もちろん、ソフィの勝利で、ミーシャの敗北でと言う形でだ。


「ソフィさんこそ、レイディアさんのこと好きなんですかっ?」


「ええ、好きよ。本人の前で言うと、騒がしくなるから言えないけど」


 さらっと言われた。その後すぐにため息をついたが……。

 ミーシャは再び敗北した。

 先程の敗北から時間にして、2秒後のことだった……。


 ――そこからはお互いの好きな相手の良いところや悪いところなど、いわゆる女子トークをして盛り上がった。




 ーーーーーーー




 中で盛り上がっている時、扉の前で待たされている二人も別の話題で盛り上がっていた。


「な? 大丈夫だって言っただろ」


 横に立つキリ顔のアミルさんにドヤ顔で言った。


 中からミーシャの泣き声が聞こえた瞬間、アミルは扉を壊して中に突入しようとしたので、レイディアがすぐさまそれをあいつなら大丈夫だ、と言って何とか最悪の事態を防いだのだ。


「そうですね」


 見向きもせずに言葉だけが返ってきた。

 会話をしようなんて気は無いみたいだ。

 だがこの対応が、逆にレイディアの何かに火をつけた。


「そう言えば、あなたのこと、どう呼べば良いんだ? アミルなのかミルダなのか……どっちだ?」


「お好きな方を選んでください」


 冷たい反応だ、とレイディアが思ったのは言うまでもない。

 が、彼は諦めない。


「なら、あえてアミルさんと呼ばせてもらうよ」


「どうぞ」


 そろそろ慣れてくる。説得する時もレイディアの話をあまり聞いていない様子だったからだ。


 ――よく説得できたと思う。


「あのミーシャって子が相当大事なんだな」


「ええ」


 レイディアは察していた。

 この人は本当にお姫様ミーシャのことが大好きだって。


「否定しないんだな」


「事実ですから」


 恥ずかしげもなくさらっと言った。

 レイディアは素直にすごいな、と思った。普通は恥ずかしがるものだと思っているからだ。

 でも同時に、さらっと言えるほどこの人の中では当たり前になっているんだ。


 ――大事な存在、と言うのが。


「さすがだね。私でも少しは照れるぞ」


「信じられませんね。あなたがあのソフィ様を大切に思っているのでしょう?」


 一瞬、聞き返されたことに喜んだが、わかりきっていることをすぐに答えた。


「当たり前だ」


「やはり嘘でしたね……え?」


 堂々と言ったレイディアの方をちらりと様子を伺うと、横顔が赤面していることが視界に入った。


「う、うるさいな。だからすげーって言ったんだよ」


 言ってませんよ? と、つい思ったが口には出さず別の言葉を赤面しながら横の騎士団参謀に言った。


「以外ですね。レイディア・オーディンともあろう方が照れるなんて」


「私はそんなにすごくないさ。周りが勝手に変に話を広げてるだけさ」


 言うときには赤面していたのが嘘だったように通常の白い顔に戻っていた。

 それにしても白い、とアミルは思う。

 そう思う彼女も充分に白いのだが。


「ただ私は、もう、大切な存在ものを失うのが嫌なだけだ。だから私はまだまだ強くなる、それだけなんさ」


 思い出すように目を閉じて、でも悲しそうに微笑んで答える。


「そうですか……」


 変わらずキリ顔で返す。


 この時にわかった。

 レイディア・オーディンと言う人が、なぜあんなにも周りから信頼されているのかを。

 そして、どことなくミカヅキに似ていると言うことを。


 ――そこからは会話は無かった。

 お互いにもう話終わったと思ったからだ。


 ――二人が会話を終えてから少し経って、ソフィとミーシャが部屋から出てきた。


 ミーシャはアミルが部屋へと送ると言って、この場を後にした。


 残されたソフィとレイディアはお互いに見合い言った。


「話せたか?」


「ええ。そっちは?」


「まぁ、話せたかな」


 レイディアは片目を閉じて苦笑した。その態度が不服に思ったのかソフィは苦笑した男の頬をつねった。


「いた、いたたたたたっ」


「まったく、素直じゃないわね」


「どっちがだよ……?」


 バタン。と扉を閉めた。

 閉め出されて立ち尽くす彼は一度ため息をついて、自分の部屋に戻ろうとしたが、体が動かないことに気づく。


「あ、やられた……」


 続けて急に意識を失った。……立ったまま。


 そして、そろりと扉が開いて立ったまま意識を失っているレイディアをソフィはそのまま引っ張ろうとした。

 原因は彼女なのだろう。でなければタイミングよく部屋から出てこないはずだ。


「重い……!」


 ため息を着いた。


 さすがにそのまま動かすのは重くて無理だったので、一回バタンとドミノを倒すように倒してから服を掴み、引きずって部屋の中へと入れた。

 その後、再び扉を閉めた。

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