十六回目『治療中』

「ここだ」


 レイディアに連れられてやって来たのは、ファーレンブルクの王都に位置する一件の店だった。

 ここで腕を治してもらえるらしいが外見は古ぼけた木造の店だ。恐らく医療施設なんだろうが、大丈夫か?


「その表情は疑ってんな? ほんとにここで治せるのかってな」


「悪いがその通りだ」


 するとレイディアはだろうな、と言って苦笑した。

 ここまで接してきて何となくだが気さくな印象を持っている。


 王に生前、ファーレンブルクにレイディアあの男がいる限り勝つことは叶わないだろう、とまで言われていた男だ。

 なのに、こんなに軽く接してくるとは予想外だった。


 それでも気になることが聞けていないことが一つある。両の腰に携えている二本の剣のことだ。

 一本は剣が鞘に納められているのだが、もう一本は鞘だけで剣が無い。

 レイディアの特有魔法がどんなものかはまだ聞いていないから、それと関係しているのだろうが……、


「まだかー、早く入れー」


 と、店の扉を開けたまま俺を呼んだ。


「ああ、すまない」


 まぁ、まだ様子を見ることにしよう。


 店の中は外見とは違った、しっかりとした造りで綺麗な内装だった。まるで城の一室のようだ。


「これは……?」


「すごいだろー。私も初めて来た時は驚いたさ」


 自慢気に言うことではないだろうに……。

 驚いたのは確かだが。

 これは空間を操る魔法か。

 基本魔法で似たようなものがあったな。

 たしか名前は、


中造りイン・スペース。外から見たときには別物に見えて、中に入ることで本当の姿を見ることができる。闇市でよく使われる魔法だな」


「やはりか。それほどここは重要な場所なのか?」


 俺の問いにレイディアは首を横に振り、予想外の返答をした。


「ここの店主の趣味だ。なんか芸術なんだと」


「は? そう言うものか」


 中造りを、趣味を隠すためではなく、中造り自体が趣味だなんて初めて聞いたな。

 なかなかの変わり者がいるもんだ。


「ワイス、リン、いるんだろー?」


 店の奥へいると思われる人を呼んだ。


「レイディアか。久しぶりだねー」


 気配を感じて後ろを振り返ると同時に声が耳に届いた。

 つい先ほどまで誰もいなかったはずの背後に一瞬にして立たれた。

 そこにいたのは一人の少年。


「なっ」


 決して油断していた訳ではない。

 なぜなら俺の特有魔法で、一定の範囲内に何かが入ったらわかるようにしていた。


 なのにずっとそこにいて、まるで今認知出来るようになったのではないかと思えるほどの一瞬だった。それか瞬間的に移動したか。

 いったいどんな魔法だ?


「驚いてるみたいだね」


 次はレイディアの方から少女の声がした。

 そしてまた一瞬で現れた。


「特有魔法か?」


「違うよ」


 少年は少女の方に向かいながら答える。

 ならば、なんだ。どういう仕組みだ?


 瞬間移動ではないとすると、なぜ一瞬で認知することになった?

 特有魔法の以上か?いや、ここに入るまでは問題は無かった。

 では、ここに入ったことで狂わされたか。だが、今は視覚の情報と一致している。


 ……待てよ。

 そうか、そう言うことか。

 そんなことが可能なのか……?


「……中造りか」


「せいかーい。お兄さんよくわかったねー」


 パチパチと拍手をする二人。

 レイディアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐさま笑顔で俺を見た。


「よくわかったな?」


「そんなことが可能なのか? いや、今目の前で起きてることが答えなんだな」


 一般的に誰でも使える基本魔法は必然的に特有魔法より弱体化したようなものである。

 だからこそ誰でも使えるのだ。

 中造りは紛れもない基本魔法。なのに今、目の前で見せられたのは明らかに基本魔法の範疇ではないものだった。

 だから最初は特有魔法だと思ったが、違うと言うことは基本魔法。


 ならば考えられるのは、“基本魔法を強化した”と言うこと。


「基本魔法を強化なんて聞いたことがない」


「あー、正確には強化じゃない。……説明は任せた」


「「はーい」」


 二人は手を上げて元気に返事をした。


 そんな二人からどんな手段を使ったのかを聞いた。


 ――聞いたところだと強化とも言えなくもないが、強いて言うなら使いようらしい。

 中造りは基本魔法と言えど、空間を操る魔法。

 つまりは空間を操ることで自分を別の空間に移し、認知させないことが可能。そして同じ空間に自分を移動させることで認知させることができる。


 中造りは通常は建物に対してしかできないが、建物と言う空間ではなく、自分の周りの空間を『中造り』で外と中で分けることで半ば強制的に発動させているのだ。


 ようは意識の問題だが、簡単なことではない。


 少なくとも俺にはできない。


「これを習得するまでどれ程の年月を|費(つい)やしたんだ?」


 これ程まで極めるには相当の時間が必要なはずだ。

 それでもこれをファーレントでも使えるようになれば戦力強化になる。


「たしか……完璧に|できるようになる(マスターする)までは1ヶ月くらいだ」


「なっ、それだけの期間で……!?」


 そんな短い期間で基本魔法の新しい使い方を見つけ出して使いこなしたのか。

 ファーレンブルク……甘く見ていた。

 俺たちより強いと言うことは覚悟していたが、ここまでとはな。


 いや違うな。俺たちが弱いのか……。


 ふっ、笑えてくるな。

 苦笑せずにはいられない。


「難しい話ではないさ。お主程ならこやつらほどとは言わなくても、3ヶ月くらいで終わるのが妥当だな」


 段階としては、まずは集中力を鍛える。

 次にその集中力を保ったまま、幅を広げる。

 そして最後に自分の思い描く場所に中造りを発動する、と言うわけだ。

 これをできるまでひたすらやり続けたらしい。


 意識をずらすにはかなりの集中力を必要とするらしく、今目の前にいる彼らは生まれつき集中力が高いおかげで1ヶ月程度で済んだのだと言う。

 王国に住む騎士ではない一般の民たちがやろうものなら、半年以上かかるのが当たり前らしい。


 レイディアは私は集中力がそんなに無いから半年以上かかる、と続けた。


 よくわからない男だ。

 実際はどの程度の実力なのか気になるところだ。

 噂には何度か聞いたことがあるが、実際に手合わせするのとでは変わってくる。

 ミカヅキとミルダさんの決闘が良い例だ。あれこそ予想外の結果だった。


 ミルダさんには悪いが、俺はミカヅキを応援させてもらったぜ。まぁでも、お察しなんだろうがな……。


「レイディア」


「なんだ?」


 俺はミルダさんや騎士団の連中が聞いたら驚くようなことを言った。


「この腕が治ったら、俺と手合わせしてくれ」


「「おおー」」


 二人の子どもが興味津々と言わんばかりに感嘆の声を漏らした。

 仕方ないだろ。

 これも騎士の……いや、男のさがってもんだ。


「嫌だ」


 即答だった。


「な、なぜだ!?」


 ファーレンブルクとしても騎士団長の実力を知っておきたいと思うはずと考えたんだが……。


「眠いし、めんどくさい」


「……」


 手を左右に降って断られた。


 この男、できる奴なのかただののんびり屋なのかわからん。


「そんなことよりさっさと腕を治してもらえ」


「ま、待て。まだ話は――」


 俺は最後まで言うことができなかった。

 なぜなら、レイディアが言った途端大人しくしていた二人に両腕を掴まれて店の奥へと連れていかれたからだ。


 はぁ仕方ない。

 またあとで頼むことにしよう。




 ーーーーーーー




 ヴァンさんに案内されてたどり着いたのは、前に入った会議室を思わせる大きな扉だった。


「この先に我々の姫様が皆さまをお待ちしています。ですが、一つだけ忠告させていただきます」


 振り返ったときには表情が今までの優しいものとは一変して、何て言えばいいのかわからないけど怖い表情になったのはたしかだ。

 睨み付けるような表情にだ。


 同時になんとなく自分の体に違和感を感じた。

 肌にピリピリとするこの感じ。これってもしかして、殺気?

 体は意識する前から感じていたようで、背中に冷や汗が出ていることに気づいた。


「この扉の向こう側。つまり、姫様の前で不審な行為をしたら容赦はしないのでご注意ください」


「念押しか」


 ウォンさんが呟く。

 ヴァンさんに続くようにウォンさんたちの空気も張りつめるようにピリピリしていた。言えないけど、ややこしいな……。


 僕は殺気で体が動かしにくいんだけど……。


「ではどうぞ、お入りください」


 そう言って大きな扉を押し開けた。

 中にはあの時の会議室のように大きな長机があり、僕たちとは反対側の席に姫様と思しき、青色と水色の間のような色合いの髪を後ろで一つに束ねた女性がいた。


 肌の白さからか、失礼かもしれないけど少し幼くも見える。

 ミーシャよりは圧倒的に年上のはずなんだけど、僕と見た目年齢は同じくらいだ。

 髪色と合わせるようにかけている眼鏡も青い。それも相まってか、誰が見ても綺麗な人だと思うほどの人であることは明確だった。


 すぐ隣には立ったままの、首から下を鎧に身を包んだ茶髪の男の人がいた。見た目はレイより上の年齢に見える。

 僕は知っている。


 この人はヴァンさんも所属しているこの神王国の騎士団、エクシオル騎士団団長――アイバルテイク・マクトレイユ。

 騎士団長をしているし、王国内で上位に入ることは間違いないんだけど、この人より強い人は少なくとも五人はいるらしい。


 ――中にはあの人・・・の名前もあった。


 今のところ僕たち以外は二人と他の三人、合わせて五人だけだった。

 それに姫様のすぐ横の席が空いているのが気になる。


「お待ちしていました。私が、このファーレンブルク神王国の王、ソフィ・エルティア・ファーレンブルクです。長旅で疲れているでしょう。お掛けいただいて構いませんよ」


 立ち上がって自己紹介をして、僕たちに優しい声をかけてくれた。

 緊張や疲れで忘れていたけど、ここまで相当な距離を移動して襲撃も……レイ!


「お姫様。失礼だと思いますが、一つ質問させてください」


「み、ミカヅキ!?」


 ごめんなさい、ウォンさん、ミルダさん。

 気になって仕方ないんだ。

 あとで怒られるんだろうなぁ。


 でもここで聞かなきゃ駄目な気がするんだ。


「良いですよ。何が知りたいのですか?」


ありがたいことに、姫様は微笑みを返してくれた。

なら、頂いたお言葉に甘えよう。


「僕たちはこのファーレンブルク神王国を目前にして、アインガルドス帝国の襲撃を受けました。その際、僕の不注意で仲間が一人で残ったんです。結果がどうなったかご存じですか?」


 僕は姫様の眼鏡越しの目をまっすぐに見た。

 応えるように少しの間お互いに視線をずらさないままだった。


 時間としてはものの数秒だったはずだけど、数十分もの長い時間が過ぎたように感じていた。


 ミルダさんの時と同じだ。

 今僕は、試されているんだ。


「わかりました。お伝えしましょう」


 一度目を閉じて微笑んでから口を開いた。


「どうなったんですか!」


 頭では駄目だとわかっていても口から心の声が出てしまっていた。

 ずっと気になっていたことだから、どうしようもなかった。


「無事ですよ。今怪我の治療をしている頃でしょう。終わり次第ここに来ます」


「よ、よかったぁ」


 安心したからか体から力が抜けて倒れかけた。そこをミーシャが突進、ウォンさんが支えてくれたおかげでなんとか倒れずに済んだ。


 ミーシャ、痛い。

 ううん、ありがとう。


「仲が良いことは悪くないな」


 アイバルテイクさんが僕たちを見て楽しそうに笑っていた。


 同盟の話はこれからなのに、す、すみません……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る