第二章 神王国との同盟

十回目『出発』

「これで全員か……って、相変わらず仲良しだなぁ」


 馬車で人数確認をしていたレイが、僕の背中で眠るミーシャを見ながら苦笑した。


「遅くなってごめん」


「いいさ。仲良くするのは大切だからな」


 時間通りだしな、と言ってくれるのはありがたい。

 でもそのニヤけ顔はやめてほしいんだけど……。


 昨日の稽古の時点でなんとなく気付いた。

 僕とミーシャのことについてみんなが噂していることに。


 ――始まりはオヤジとの稽古の休憩中に、レイが僕にミーシャとの関係についていろいろ尋ねてきたことだ。それに続くようにして他の騎士団の人たちからも質問攻めにあった。

 極めつけはミーシャが稽古が終わったあとに、お疲れさま、と言いながらタオルと水を持ってきた時は僕も驚いた。

 そこから噂が広まるのに時間はかからなかった……。


 僕としてはもう少しおおやけの立場と言うのを考えてほしいんだけど。

 まぁミーシャは楽しそうだし、騎士団のみんなや城のみんなだって冗談混じりで言ってるんだろうから、これもコミュニケーションをたくさんの人とできると考えたらいいんだ。けど……レイだけは隙あらばいじってくる。


 勘弁してほしいよ……。


 ミーシャもミーシャでレイのいじりに照れるから、変な誤解をされかねないし、一番怖いのは……、


「――ミカヅキさん」


「はい!」


 何を隠そう、やっぱりミルダさんだ。

 でも、今回のファーレンブルク神王国へは一緒には行けないらしい。

 どうやらミーシャ、つまり王国のトップがいない間の雑務をこなさなければならないらしく、頭が上がらないと言った気持ちだ。


 なのに怖いと思うのは、失礼だよな、やっぱり……。

 いや、だから、あれですよ。

 今だって、笑顔なんですよ。

 なのに、笑ってないってやつですよ。


「必ず、姫様をお守りいただきますよう、お願いしますね。もし、姫様に傷一つでもつけて戻ってきた際には、覚悟してくださいね?」


「は、はい、わかりました。絶対に守ります!」


 そんなミルダさんでも、僕の背中で眠るミーシャを見る目は、どこか優しさを感じたのは気のせいではないと思う。


「おおー、ミルダさんか。お見送りありがとな」


「あなたのお見送りをしに来たのではありませんので、お構い無く」


 レイは苦笑しながらため息をついて僕たちの方を向き直して、


「さぁ行くぞ、ミカヅキ」


 先に馬車へと歩いていった。


「あ、うん!」


 返事をしてから、ミルダさんに向き直して、


「それでは、いってきます」


「はい、いってらっしゃいませ。くれぐれも、お気をつけて」


 この時のミルダさんは、笑っていた。

 いつものあの笑顔じゃなくて、ミーシャに向けるような笑顔だった。

 僕は、その笑顔を絶対に裏切らないことを心に誓った。



 ーーーーーーー



 この時計、本当になんなんだろうか。

 ゴルドスさんのチェンジ・ファーミネルで服装は変わっても、これはつけたままで残ってた。

 見た目は普通の時計だし、変なことなんて今まで無かったし……。


 あ、そう言えばこの時計は僕が買ったんじゃなくて、たしか――


「なぁ、ミカヅキ」


 ファーレント王国を出てから10分くらいした頃、時計のことを考えているとそれまで黙っていたレイが話しかけてきた。


「え、なに?」


 しかもかなり真剣な表情なのだから返事が変になってしまった。


「お前は俺の特有魔法ランクは知っているのか?」


「レイの特有魔法……。知ろうと思えば知れるだろうけど、今はまだ知らないよ」


 だって、レイについて知識が流れ込んでる時に話しかけられたから、途中で途切れてしまって特有魔法までは結局のところ今も知らない。


「でもなんでそんなこと聞いたの?」


「いや、知ってるなら話が早いと思ったんだが……そうだ」


 なにかをひらめいたのか、いきなり人差し指をピンと立てた。


「な、なに?」


 なんとなく言おうとしてることはわかる。と言うか、これが正解だと思う。

 今の話の流れとしては当然だろう。


「とりあえず、俺の特有魔法をお前の知識の力で知ってくれ」


「わかった」


 来るとわかっていたから即答した。


 この力のことはなんとなくだが、ここ数日間でわかってきているつもりだ。

 簡単に言えば、疑問に思えばいいのだ。

 付け加えると、単語をいくつか並べたあとに疑問に思っても可能だと言うこともわかっている。


 それでも簡単になったと同時にこの力の条件と言うのも少ないがわかってきた。


 この世界のことしか知ることができない。

 もといた世界のことはまったく知ることができなかったのだ。

 それこそ力は関係のない僕自身の知識しかなかった。

 でも、この世界のことについてなら、歴史、人物、ものなどのほとんどのことを知ることができる。

 まぁ、さすがに過去のことはわかっても未来のことはわからなかったんだけど。


 もう一つは同じ知識のことについて知る。知り直すとでも言うのだろうか。

 ともかく、それは不可能であること。


 例えば、レイはどんな人? と言うのは既に一回知ろうとしたからもう知ることはできない。

 それが途中で途切れてしまった場合でもだ。

 つまり、レイについての知識が流れ込んでいる時に途切れてしまうと、二度とレイ・グランディールという人物について知ることはできなくなると言うわけだ。


 でも今回のレイの提案は予想していたからこそ、いい機会だとも思った。


 僕のこの力はミルダさんに言われて、なるべく使わないようにしている。

 と言っても、疑問に思ったら勝手に流れ込んできてしまうからどうしようもないと言えばそうなのだけど。


「ちょっと待ってて」


 レイに言ってから試したかったことを試す。


 同じことを同じようにしてできないなら、他の方法でならできるんじゃないか、と。


 そう、別方向からなら知ることができるんじゃないか?


 レイ・グランディールと言う人物についてではなく、レイ・グランディールの特有魔法について知ることなら……。


 レイ・グランディールの特有魔法はなに?


 輝光士シャイニング――光を操るもの。


 …………え、それだけ?

 一応知ることはできたけど、嬉しいんだけど、この感じはなんだろう?


 拍子抜けした。


「わかったよ」


「お。なら教えてくれ」


 いや、そんな期待を込めた目で見つめないで。

 僕は正直に言えば言いたくないよ。


 だって、光を操る特有魔法。


 それだけだよ!

 なんか僕の力がしょぼいみたいじゃないか!

 今までこんなこと無かったのにな。


 んー、考えても思い付かない。

 言うしかない、か……。


「レイ。驚かないで聞いてよ」


「ああ、わかった」


「レイの特有魔法は、光を操るもの。それしかわからなかったんだ」


 思わず苦笑してしまう。

 だって、予想外だったんだもん。


「その通りだ。よくわかった、な……ってどうした?」


「え、どうもしないよ」


 ちょっと驚いているだけで。


「それしかわからなかったんだな」


 僕を見て笑った。

 まさにその通りだ。


「なんでわかったの?」


「その通りだからだ」


 え?

 オウム返し?

 いや、僕は言ってはないから違うか。


「俺の特有魔法、輝光士は光を操ることしかできないからだ。そもそも、特有魔法なんてそんなもんだぞ」


 レイ、違うよ。

 ミルダさんの時はまだあった。


 だって、――その理由は、このナイフの持ち主である女性、ミルダ・カルネイドがエアーズ・コントロールと言う触れたものを自由に動かせる魔法能力を使っているからである。


 ほら……って、確かにそんなもんな気がしてきた。

 なんか悔しいし、ミルダさんになぜか申し訳なさが……。


「それより、なんでそんなこと突然言い出したの?」


「知っておいてもらおうと思ってな。お前をファーレント王国の騎士として認めた上でな」


 また真剣な表情に戻って僕を見る。

 見てる僕も真剣な表情になるのは仕方ないよね。


「俺の特有魔法はな――」


「ミカヅキ!」


「み、ミーシャ!?」


 レイの言葉を遮って僕の名前を呼んだのはミーシャだった。と言うか、寝てたんじゃ……。


「こんなに揺れてて寝れるわけないじゃない」


「あはは……たしかに」


 馬車だから揺れるのは当たり前なんだけど、さっきまで寝息をたててたはずなんだけどなぁ。

 だからてっきり、揺れなんて気にならないほど眠ることができるんだろうなぁ、って思ってたんだけど違ったんだね。


「私も話すもん」


 言うが先か、ミーシャは僕とレイの間に割り込んで座った。


「おお、やるねミカヅキ」


「なによ?」


「いや。姫様はミカヅキのことがすごーくお好きなんだなーっと思いまして」


 さすがはレイだよ。

 王国の姫様ミーシャに対してそんな発言できるのはレイだけだよ……。


 いや、ミルダさんもいた。


 それから僕たちは三人で楽しくファーレンブルク神王国への道を進んでいった。


 僕たち以外もいるんだけどね。

 と言っても、ミーシャを警護するのは僕とレイも含めてたったの10人。

 馬車は二台、で単位はあっているかな。

 一台目には、僕、ミーシャ、レイとミルダさんの弟子と言われているアミルさんの4人。

 二台目にはガルシア騎士団の第一部隊の人たちが六6人乗っている。

 ともかく少ない。


 僕は少ないと思うけど、レイはこれぐらいじゃないと動きにくいと言ってたし、ミルダさんにも本当に信用できる者だけでなければなりません、なんて言われて納得しない僕じゃない。


 あんなに仲良さそうに見えたって、一枚岩ではないとのことだ。

 ミーシャと一緒に朝食を食べていた時に、ミルダさんにそのことを聞いていたミーシャは悲しそうな表情をしていた。


 ミーシャは、みんなに仲良くしてほしいとみんなに笑っていてほしいと僕と一緒にいる時に何度も口にしていた。

 だからこその表情だったのだろう。

 僕だってミーシャと同意見だ。


 でもこの人数を見ると改めて思い知らされる。

 それがどれだけ難しいかを。


 まぁ、ミーシャは諦めるつもりはないらしいけど。

 なら僕はその側にいるだけだ。


 はぁ……最近はあれこれ考えすぎてしまう気がする。

 今まではこんなことは無かったのにな……。

 なんでなんだろう?


「姫様よ、一つ聞いていいですかい?」


「いいけど、なによ?」


 なんかレイに対して喧嘩腰だなぁ。

 なんだろう、レイだもん、で納得してしまうのは変だろうか。いや、変じゃないはず。

 だって、レイだもん。


「ファーレンブルクとのこと、勝算はあるのかと思いまして」


 僕もそれは知りたかったことだ。

 さすがに考えてることまではわからないので……。


「ないわ」


「「は?」」


 見事なハモり具合である。

 あまりにも予想外な返答に、僕もレイも口から出たのはこれだけ。


 まさか、どうして、なんて愚問と言うべきか……。

 あの会議で、あの状況で、あの人たちを納得させるほどのことが必要だった。


「私だって考えたわ。でも、やってみないとわからないじゃないの」


「さすがは姫様。楽しませてくれるなぁ」


「ミーシャ。僕はどんなことになろうと側にいるからね」


 まだそれしかできないから。


 いずれは守れるほどの強さを手に入れる。

 ミルダさんのミーシャに見せる笑顔は悪くないからね。


「もう、ミカヅキ、レイだっているんだからぁ……」


 と言いながらも腕にくっついてくる辺りはどう反応したらいいの……?


 レイ。

 そんなニヤニヤした顔で見ないで。

 なんか恥ずかしくなってくるから。

 やめてほしいなぁ。




 ーーーーーーー




「……相変わらず団長たちは仲がいいなぁ」


 賑やかなミカヅキたちの後ろの馬車に乗っていた、ガルシア騎士団第一部隊隊長、ウォン・デイッツが呟いた。


「混ざりたいですねぇ」


 ウォンの言葉に同意したのはミカヅキと同じような黒髪をした青年だった。


「そうだな。だが、混ざらない。こっちはこっちで盛り上がろうや、なぁエグロット」


 ウォンは黒髪の青年にいたずらな笑みを浮かべた。

 えぐったと呼ばれた青年はやれやれと言いながらも、頷いていたことは揺るぎのない現実だ。


「それにしても、今回の姫様には驚かされましたね」


「ああ、たしかにそうだ。だからこそついていけるんだ。国王のように、様々なことを考えることができなければ、誰もついていかない。姫様には素質があると言うことだろう」


 王としての、と苦笑してエグロットの言葉に返答するが、すぐに真剣なものへと変わった。


「俺が一番気になるのは、アインガルドスが今回の件について黙って見過ごすか、だ」


「たしかにそうですね」


 二人して考え込む。

 と、それを中断させるものがいた。


「そんときは守りましょうや、姫さんを」


「俺たちは王に恩があるからな」


 荷台の方に乗っていた、ガルシア騎士団第一部隊のメンバーだ。


 ウォンはふと、今は亡き国王のことを思い出していた。

 そして思う。


「国王を殺したやつを、必ず見つけて地獄を見せてやる……!」


 この言葉に他の五人の全員が頷いた。

 それほどまでにここにいる者たちは国王を慕っていた……いや、慕っているのだ。


 この事を、ミーシャはまだ知らない。

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