第54話 第三章最終話

「天竜様! 天竜様はいらっしゃいますか!」

 勢い込んで、そんなことを聞いてくる。ジャスミンは子犬天竜さんが大のお気に入り。こうして台所から駆けつけることが多くなってしまった。

「お空にいるよ。どうしたの?」

「リンゴのコンポートを作ったんです! リンゴのコンポート! 是非お味見を!」

 天竜さんの為に、果物を使ったお菓子を作ってはこうしてやってくる。どうしようかなぁ……。ちらりと空を見上げれば、うん、いるね。そわそわしてる。どうして分かるんだろう? そろそろかな? とか思ってる。チラ見してる感じ?

「呼んでもいい?」

 一応確認すれば、オスカーは笑って頷いてくれた。

 天竜さーんと心の中で言うと、待ってました! とばかりに、空中に雪の結晶のようなきらきらとした輝きが集まり、ふっと空中に子犬天竜さんが現れる。

 転移魔法みたいなものかな? これ。でもこうやって城内で使えるのは天竜さんくらいだろう。転移防止の結界が張ってあるからね。神力って凄いなぁ。つくづくそう思う。下に落ちる前にキャッチだ。相変わらずふわっふわな抱き心地。

「天竜様! お味見、如何ですか?」

 しっぽがぱたぱた揺れ、天竜さんの青い綺麗な目が細まった。嬉しいみたい。差し出されたリンゴのコンポートを美味しそうに食べ始める。こうしてみると本当、普通の可愛らしい子犬と変わらない。ああ、ジャスミンの顔が蕩けそう。

「何だ、また呼んだのか?」

 いつの間に来たんだろう、スカーレットさんがそう口にする。

「だって、だって、可愛いんですもの。私も欲しいです。もう一匹どっかにいませんかね? 分裂でも良いです。あああ、可愛い!」

「馬鹿言うな。こんなのが二匹も三匹もいたらたまらないね。天竜は暴れると天災になるんだよ。もし、もう一匹いて争ったらそれこそ天変地異になっちまう。一匹で十分だ」

 うん、確かにそうなんだけど……。

「天竜さん争い嫌いだって」

 私がそう言うと、スカーレットさんが目を見張った。

「だから争いの道具にしないでって。自分の力は命を育むためのもので、壊すためのものじゃないからって。暴れるのは悲しくて嫌だって」

「……そっか、そりゃそうだよな。神様だもんな」

「守護はしてくれるみたい」

「守護?」

「うん。妖精が嫌だから、よせつけないって言ってる。城には絶対いれさせないって……何か妖精さん達、天竜さんにもの凄く嫌われた?」

 私のせい、かなぁ? ちょっと冷や冷や。

 スカーレットさんが吹き出した。

「あ、はは。そりゃあ、いいや。あいつら悪さばっかりするから大助かりだね」

 どうせなら、あたしも城の中で暮らそうかね? スカーレットさんがそんなことを言い出した。天竜の守護が働いているなら、そっちの方がいいと言う。小妖精フェアリーのいたずらで魔法薬を駄目にされた経験が何度かあるらしい。

「城に住み着くつもりなの?」

 オスカーがそう言うと、

「今だって半分住んでいるようなもんじゃんか」

 スカーレットさんがしれっとそう言った。入り浸ってるから結局一緒だと言う。

 そういえば、スカーレットさんはエミリアン陛下の許可があるから、お城にいつでも入れてもらえるんだよね。確かに一緒かもしれない。

「……部屋を用意するよ」

 オスカーが諦めたようにそう言った。なんだかんだ言っても、スカーレットさんは力ある魔女さんだ。いてくれて大助かりなんじゃないだろうかと思う。しかも、こうしていろいろと助けてくれるし。いい魔女さんなんだよなぁ。世間の評判が怖いけど。

「はい、ワンツーワンツー」

 オスカーとスカーレットさんが広間でダンスをしているけど、確かに格闘っぽい。互いに隙がないというか、ぴりぴりしてる? スカーレットさんは抱きつくタイミングを計っていて、それを阻止しようとオスカーが身構えている。で、魔術合戦になるというわけか。魔気を使って互いの動きを牽制? 凄いなぁ、これ。モリーが喜びそうな光景だ。

「……普通にダンスしない?」

「特訓にならないね」

 オスカーの提案をスカーレットさんが一蹴する。

「何なら添い寝に変更するか?」

 スカーレットさんがそう提案するも、

「遠慮する。ビーとの時間を邪魔したら怒るよ?」

 オスカーはげっそりとした風体で首を横に振った。

「はいはい。相変わらずべったりか」

「夕闇の魔女」

「何だよ?」

「ありがとう」

 スカーレットさんがピタリと足を止めた。

「何で礼?」

「ん? 感謝してるから」

「原因つくったのあたしだよ?」

「でも、こうして付き合ってくれてるのは君の善意でしょ? だからありがとう」

 オスカーの笑った顔を目にして、

「……この人たらしめ」

 スカーレットさんが舌打ちを漏らした。

「うん?」

「迂闊に、そーいう顔するんじゃないよ、まったく。勘違いしちまいそうだ」

 スカーレットさんが身を翻す。

「もう、終わり?」

「ああ、終わりだ、終わり。あとは嬢ちゃんと踊りな!」

 ドア向こうにスカーレットさんが消え、

「僕、何かまずいこと言ったかな?」

 不思議そうにオスカーが首を捻る。あー、うん、多分。

「その笑顔、ちょっとまずかったかも」

 私がそう言うと、またまた不思議そうな顔をされた。

「笑顔? 笑うのが駄目だった?」

 というか……オスカーのそれ、悩殺できるレベルです、はい。滅多に見ないんだけどね。スカーレットさんに心から感謝して、出ちゃったんだろうなぁ。人たらし……そうかも……あれやられて落ちない人いないような気がする。

「ビー、僕と踊ってくれる?」

 オスカーに手を差し出されて、私は喜んでその手を取った。

 先程までの格闘じみたアップテンポとは打って変わって、こっちはゆったりとしたものだ。楽しい。ふといたずら心が湧いて、スカーレットさんの真似をして抱きついてみたけど、意味なかったかな、これ……。抱きしめ返されちゃってるし……。うーん……。

「スカーレットさんの代わりは無理か……」

「ビーはそのまんまでいいんだよ?」

 オスカーに笑われてしまう。やっぱりオスカーとのダンスは楽しい。くるくるふわふわ夢心地だ。きらきら眩しい笑顔に包まれて、誰よりも幸せだとそう感じてしまう。オスカー、ずっとずっと傍にいて?

――もちろんだよ、ビー。

 そんなオスカーの声が聞こえてきそう。くすぐったくて嬉しくて、笑ってしまう。見上げれば、いつのも優しい藍色の瞳がそこにある。包み込むように温かい。優しい口づけは幸せ色。あなたの微笑みは宝物。きっと永久に色あせない。

 愛している。心の中でそう呟くの。何度でも、何度でも。


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