第17話
「オスカー殿下。ご一緒しませんこと?」
二人で散歩していると、アニエス王女殿下が声をかけてきた。
庭園をオスカーが案内して以来、アニエス王女殿下は、こうして何かとオスカーにまとわりつくようになった。まぁ、あの二人のお邪魔虫になりたくないって気持ちは分かるけど、こう頻繁だと、オスカーも困るんじゃないかと思う。
彼は忙しい。魔術師としての仕事だけじゃなく、王太子としての仕事まで増えて、けっこうな時間を取られている。
それでも、合間を見つけて、オスカーはこうして私のところへ来てくれるのだけれど、それをアニエス王女殿下は狙い澄ましたようにやってきて、誘いをかけてくる。私は私で王太子妃として相応しい教育というのがあって、それなりに忙しいのだけれど、それでもオスカーほどではないと思う。
当のオスカーはさほど気にしていないように見えるけれど、私としてはオスカーの体調が心配で、冷や冷やしっぱなしだった。それがある時、ぱったりと彼女の姿を見かけなくなり、不思議に思ってオスカーに問えば、
「ああ、彼女がこっちに来ないように手を回したから」
オスカーが事もなげに言った。どうやったんだろう? アニエス王女殿下は気が強そうだった。それが、問題なくここまで静かになるのだから、凄いと思った。
そういえば、オスカーってこういうところあるよね。知らないうちに動いて、いろいろ根回しして、トラブルを事前に回避しちゃう。
そんなある日の事、城の窓から中庭を歩くジョージの姿を見かけ、私は目を丸くした。
何と、あのアニエス王女殿下と親しそうに話をしていたからだ。
アニエス王女殿下は気位が高そうに見えたけど、使用人のジョージと親しくなるなんて、随分と気さくな人だったんだな、そう思って、その事をオスカーに話すと、彼は苦笑した。まるでいたずらを見つかった子供のような表情だ。
「ああ、見ちゃったのか。んー……ちょうどいいや。幻視を見る練習をしてごらん? あとジョージに話しかけちゃ駄目だからね?」
意味が分からず首を傾げると、君がジョージに話しかけると、彼はとっても困るから、そう言われれば頷くしかない。オスカーは二人の行動を熟知していて、一日の時間の中で二人が城の中のどこをどう通るのか教えてくれた。
幻視を見る練習ってことは……ジョージに幻術がかかってるってことだよね? 窓からアニエス王女殿下と一緒に歩くジョージをじっと眺め、やがてその姿が変わる。
えぇ? 流石にびっくりした。
アニエス王女殿下と歩いているのは何と、オスカーではないか。
再び目をこらすとジョージに変わる。ということは、多分、アニエス王女殿下はオスカーと歩いていると思っている。いいの? これ? でも、多分、ジョージは知ってるって事だよね? オスカーも知ってるはず。なら、忙しいから、アニエス王女殿下の相手を彼に押しつけたって事か……。いいのかなぁ?
「いいの、いいの。遊びでこっちの仕事の邪魔をされちゃかなわないよ」
私が事実を問うと、オスカーがしれっと言う。僕もね、暇じゃないと言う。まあ、それはよく分かる。いつオスカーが過労で倒れるかって心配してたから。
二人の王女が国に帰る直前になって、問題が勃発した。
ジョージが草むらから飛び出してきて、それを目にした時、彼の服装がかなり乱れていたので、まさか王女様といい仲になったのではと危惧したけれど、そうではなくて、王女様に強引に押し倒されたとジョージが訴えた。
それを聞いて仰天した。
王女様に押し倒されたって……。アニエス王女殿下は、オスカーが既婚者だって知ってるよね? アニエス様は王女様だよね? 淑女だよね? え? あれ? しかも王女様の言い分が、
「オスカー殿下に乱暴されました! 責任とってください!」
となってて、話が食い違う。あれ? 何で? ジョージは絶対嘘をつかない。彼は使用人だけれど正直者だ。どういうことだろう?
「息子よ、どういうことだ?」
訴えられた陛下も困っていらっしゃるらしく、オスカーを呼び出して事情を問いただす。
オスカーは表情一つ変えず、
「どういうも何も、僕は今日一日中、研究室から出ていませんよ?」
と、しれっと真実を口にしたから、アニエス王女殿下は目をむいた。
「わたくしと一日中一緒にいたでしょう?」
オスカーは肩をすくめた。
「僕はそれほど暇ではありませんよ? アニエス王女殿下。研究室に一緒にいた僕の部下に証言させましょうか?」
「このわたくしが嘘をついていると?」
オスカーが笑った。
「そうですねぇ。なら、この際ですから、真実薬ではっきりさせましょうか? この国の裁判では行き詰まった場合にこれを使います。なにせここは魔術に長けた国ですからねぇ。いくらでも偽証はできるんですよ? 王女殿下。それを避ける方法がこれなんです」
国王が難色を示した。
「いや、しかし、息子よ。それは重罪人に使う薬だぞ? 全ての真実を吐露してしまうから、酷く屈辱的だ。貴人に使うものではない」
「ええ、ですから、効果的なんですよ、父上。暴かれた真実は誰も覆せない」
アニエス王女殿下は目に見えて青ざめて、
「さ、どうぞ。半分ずつ飲めば公平でしょう?」
薬を避けるように、アニエス王女殿下は一歩二歩と下がる。
オスカーの藍色の瞳が、これ以上ないほど冷酷な色を帯びた。
「どうしました? 本当ならこの僕は、こんなもの飲む必要がない。そうでしょう? 力関係で言えば、どうです? 我が国の方が強い。たとえ本当にこの僕があなたに乱暴したとしても、父上の意向一つで、いくらでももみ消せます。それをしなかったのは、父上が善人だからですよ、アニエス王女殿下。父上の温情だ。そしてこの僕もその意向をくんで、こうして公平にと、こちらがわざわざ歩み寄っているにもかかわらず、それですか?」
オスカーが放った書類が床に散乱する。
「あなたの交友関係を調べましたよ」
アニエス王女殿下がぎくりとしたように顔を上げた。
「余計な仕事が増えて散々でしたが、あなたの異性との交友は随分と派手ですね。どうやら妊娠しているようですが、誰の子ですか?」
「わたくしは!」
「まさかこの僕の子だなんて言いませんよね? 偽証はかなり重い罪ですよ? 王女殿下? それも王族に対しての偽証は極刑に値します。それをちゃんと覚悟していますか?」
扉を開けて入ってきた人物がいて、
「アニエス! お前、何て真似を!」
「お父様!」
え? お父様? ということはサビニア国王陛下? えぇ?
「腹の子は誰の子だ!」
サビニア国王陛下は鬼のような形相だ。父親に怒鳴られ、結局アニエス王女殿下は全てが虚偽であったことを認めた。恋仲になった男の子供を身ごもり、にっちもさっちもいかなくなって、今回の計画を思いついたのだという。
しかも当初考えていた相手が……。
「ビンセント殿下の子にする予定だった!?」
サビニア国王陛下は、アニエス王女殿下の告白に目をむき、卒倒しそうな勢いで怒鳴った。どうやらオスカーを目にして、急遽目標を変更したらしい。とばっちりだったのか……。オスカー不憫。何でいつもこんな役回り?
アニエス王女殿下は、サビニア国王陛下が連れてきた兵士達に連行され、その場から姿を消した。どうやら国に帰ってから、厳重処罰されるらしい。内容は詳しく聞かなかったけれど、王族からの除籍は免れないだろうとのこと。身分違いの男の子供を妊娠した上、国交に罅を入れたのだから、これでも軽いくらいだとか。
クラリス王女殿下との婚約はそのままとなったようだ。ビンセントが彼女を気に入っていたらしく、彼がクラリスを擁護したらしい。
その夜、侍女を連れたクラリス王女殿下が、オスカーに謝罪しに来た。
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