第10話

 オスカーは辟易していた。

 自分に熱い視線を送る女性達もそうだが、説明を求める自分の声をひたすら無視し、集まった者達に対して、呪いが解けて嬉しいと、息子自慢を始める母親の姿がうっとうしいことこの上ない。怒鳴りたいところをぐっとこらえる。

 まぁ、広い心で受け止めれば、自分の息子を自慢してのろける母親の姿は、微笑ましい光景なのだろうが、内心穏やかではいられなかった。ビーの求婚を断ってしまったばかりなのだから……。彼女は今一体どんな気持ちでいるのか、気が気ではない。彼女の求婚をはねつけた時の、悲しみに揺れるあの顔を思い出すたびに胸が痛む。

 そう、断りたくなどなかったんだ、本当は……。彼女の幸せを願って断腸の思いで口にした。妹のようだったと……。

 まぁ、実際、最初は妹のように感じていたから、まったくの嘘ではないけれど。いじらしい、可愛らしい、そんな感情だったように思う。とにかく放っておけなくて、気が付けば彼女と一緒にいる。

 ――忙しい、忙しいと言いながら、兄上はよく彼女のところへ行きますよね?

 仲が良くていいですねと揶揄されても、だって可愛いでしょ? と返せば、今からのろけですか? と揶揄われる。何て事のない日常のやりとりだ。だって実際、可愛くてしかたがなかった。一生懸命な姿がいじらしくて、まっすぐに僕を見つめる瞳が可愛らしくて、絶対に幸せになってもらうんだと決めていた。

 ――ビーは誰が好き?

 ――オスカー。

 これもお決まりの台詞で、何ともこそばゆい。嬉しい反面、このままだとビーの為にならないんじゃないかと危惧するぐらい、彼女の目はいつもまっすぐに僕を見つめてくる。骸骨なんだけどなぁ……。これのどこがいいんだろう?

 ――オスカーは中身美人だからそのままでいいの。

 言い切られてしまう。中身美人……性格がいいって言ってくれているんだよね? そうかなぁ? 褒めてくれるのは嬉しいんだけど、ビー、贔屓目で見てない? 僕って好き勝手やる方だから、結構小言くらうんだよね。

 鏡の向こうから見つめ返しているのは、どこからどうみても立派な髑髏だ。

 骨格美人……。これもまた眉をひそめてしまう。ビーのセンスってちょっと分からない。逆に、もしビーの顔が骸骨になったら、僕は悲しいぞ。まぁ、嫌いになるってことはないだろうけど。いや、その前に、そんな呪いをかけた魔術師を殺しに行ってるか。僕の考えってちょっと物騒だな。

 ――オスカーはどんな女性がお好きですか?

 ある時、大人びた口調でビーがそう言った。十五才の春だったな。綺麗におめかしして、淑女らしく優雅な仕草で紅茶を口にしている。背をピンと伸ばし、微笑む姿はもう立派なレディだよね。社交デビューももうすぐか……。

 ――優しい女性がいいね。

 君みたいな。最後に思ったことは口にしなかったけれど。

 だってどう考えても結婚は無理だもの。絶対君が不幸になる。幸せにすると誓ったんだから、手放す覚悟はしておいたほうがいい。彼女の笑顔が僕の胸に浸透し、居座ってしまっていても、それから無理矢理目を背けた。いじらしい、可愛らしいが、愛おしいに変わってしまわないように……。

 ――結婚してください。

 社交デビューしたまさに当日、恥ずかしそうに俯いて、綺麗に着飾ったビーがそう口にした。歓喜と落胆を同時に味わうって、こういうことを言うんだろうな。先程のビーの告白を思い返せばそんな感じだった。

 結婚したいけど、結婚しちゃいけない……この時ばかりは夕闇の魔女に悪態をたくさんついた。心の中で。何て真似してくれるんだよ、と。

 もしかしてこれもあんたの呪いか? とも思ったけど、そうでないことは見れば分かる。ビーは真剣にこの僕を愛してくれている。普通の男だったら喜んでこの手を取っただろうに……泣く泣く手放した。こんちくしょう。魔術の腕があの狸を超えたら倍返しだ。流石に夕闇の魔女に殺意を覚えた瞬間だ。

 それが奇跡の逆転劇に動転し、ビーに愛の告白をする前に、呪いが解けた理由を追及してしまった。それがそもそもの間違いだったのだろうか? 目の前のうんざりする光景を目にするたびにそう思う。この浮かれた母親を追求する前に、宮廷魔術師長のあの狸を締め上げた方がよかったか? そんな物騒な思いがわき上がる。

「母上、いい加減にしてください!」

 息子の怒声に王妃はようよう反応し、きびすを返したオスカーに追いすがる。

「オスカー、これから直ぐにでもあなたの婚約者を選定するパーティーを開催しましょう! 選りすぐりの美女を集めて差し上げます!」

 そんな事を言い出して、

「はあ? 僕の婚約者は既にいるではありませんか。ベアトリス・リンデルですよ」

「あの子は駄目です! 魔力を持っていないではありませんか!」

 今のあなたには相応しくありません! と王妃が言えば、オスカーが怒鳴り返す。

「今更何ですか! とっくのとうに承知していたでしょうに! 第一、ビーは天眼の持ち主ですよ! どんな国でも先を争って欲しがる奇跡の力を持っています! これでも不服ですか? 母上!」

「天眼?」

 王妃のぎょっとしたような声を最後に、控えの間の扉を勢いよく開けるも、そこには誰もいない。オスカーと言って微笑むビーの姿がどこにもなく、視線があちらこちらをさまよった。

「ビー?」

 先に帰った? 筈はない。広間にはいなかったのだから、こちらで待っているはず、そう思ったのに、彼女の姿はどこにもなくて……。オスカーは手近な兵士を捕まえた。

「ベアトリス・リンデルを見なかったか?」

「え? さあ?」

 困惑されてしまう。まさか、どこかで泣いているのでは? そう思うといても立ってもいられず、あちらこちらを探し回った。

「ビー? お願いだから、出てきて?」

 おろおろと探し回るオスカーの腕を取ったのは王妃で、

「オスカー……あの子が天眼の持ち主だというのは本当ですか?」

 顔が蒼白だった。

「そうです。それが何か?」

「何か、ではありません。いつから、いつから知っていたのですか?」

「出会って直ぐ、ですね」

「どうして黙っていたのですか!?」

 悲鳴とも怒声ともつかない王妃の声に、オスカーは顔をしかめた。

「彼女を利用されたくなかったからですよ。あの子に自分の人生を自分で選択させてあげたかった。もし天眼の持ち主だと告げれば、ビンセントの婚約者以外の選択はなかったでしょう?」

 王妃がその場にへなへなと崩れ落ちる。

 そこへ国王が宮廷魔術師長を連れてやってきて、

「息子よ、喜べ! 呪いが解けた理由が分かったぞ!」

 そう告げ、

「お前、誰かにキスされたか?」

 国王のいきなりな質問に、やはり、はあ? っとなってしまう。

「それとこれとどういう関係が!?」

「あるんだな?」

 真剣な顔で詰め寄られ、不承不承頷いた。ベアトリス・リンデルが相手です、と。

「その子のおかげだ」

「というと?」

「お前を真実愛した者が、お前にキスをすると呪いが解けるそうだ」

 固まった。え? 何それ? 感じた思いはそれで……。


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