骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

第一章 骸骨殿下の婚約者

第1話

  私が彼に会ったのは、九才の時。雨の降る町中だった。

 彼の目から見れば捨て猫のように見えたのかもしれない。実際、家族から捨てられたも同然だったから、あながち外れてもいないように思う。魔術師の家系に生まれて、魔力を持たない私はいらない子として、家族として扱われたことは一度もない。

 唯一優しかったのが使用人のメリルだったけど、その彼女も私の待遇の改善を要求したせいで解雇されてしまい、私は本当にひとりぼっちになってしまったように思う。

 ――お嬢様、申し訳ありません!

 そう言って頭を下げたメリルの姿が忘れられない。お嬢様なんて呼んでくれるのはメリルだけで、その彼女が泣きそうな顔で私に謝る姿は、さらに申し訳なさを倍増した。そもそも私の事を心配しての行動だった。いつもいつもお腹をすかせている私の姿を見かねての事だったのだろう。なのにそれが裏目に出て、彼女は職を失った。

 ――お前は我が家の恥さらしだ。

 お父様の冷たい眼差しが突き刺さるようで、メリルが解雇されてから、幾ばくもたたない内に私は家を飛び出した。鬼っ子とでもいうのだろうか? とにかく私は家族の誰とも似ていない。私の家族は、全員、見事に絵に描いたような美形ばかりで、私が横に並んでも血がつながっているとは誰も思わないだろう。

 ――ビー、あはは、あんたって見事に取り柄なしね。魔力がない上に、不細工じゃ、もうどうしようもないんじゃない?

 姉のマリエッタがそう言って笑う。ビーは私の愛称だけれど、決して親しみを込めてくれているわけじゃない。ぶんぶん飛び回るうるさい蜂なんて、あなたにぴったりじゃない、というわけだ。

 しとしとと降る雨が体に当たり、寒かったけれど、そんなことどうでもよくて、町の片隅でずっと座り込んでいた。どうしてよいか分からず、途方に暮れていたんだと思う。

 道を行き交う人達は誰もが忙しそうで、こちらを見る人はいない。

 ぼんやりと視界に映るパン屋から誰かが出てきた。

 マントのフードを目深にかぶった人物で、その人が歩き出すと、チャリンと何かが落ちた。マントを羽織った人はそれに気が付かなかったようで、そのまま遠ざかっていく。何となく気になって、落とし物を拾いに行ったら、金貨だった。

 目の前には美味しそうなパンを売っているお店がある。まるで狙い澄ましたかのように空腹を訴えるお腹の虫がなった。雨が降っていて寒くて仕方がない。

 金貨とお店を交互に見た。どうしよう……。でも盗みは悪いことだって神官様が言っていた……。迷ったけれど、さっきの人を追いかけて、マントをつかんだ。

「あの……」

 振り向いた人を目にして、私は息をのんだ。振り向いた人は人間ではなかったから。正確には元人間といったところだろうか、マントの奥からこちらを見下ろしていたのは、何と骸骨だったのだ。

「何? お嬢ちゃん?」

 骸骨が笑ったような気がした。もちろん表情なんか全くないから、そんな気がしただけだったけれど。声は穏やかで優しそうである。パン屋から普通に出てきたから、害はないはず……。そう思って勇気を振り絞った。

「あの、これ……」

 おずおずと金貨を落とした事を告げると、彼は喜んでくれたようだった。

「ああ、ありがとう。お嬢ちゃんは正直者だね」

 そう言って頭をなでてくれた。骸骨の手だったけれど、褒めてくれた事が嬉しくて、不思議と怖くはなかった。

「けど、ずぶ濡れじゃない。一体どうしたの? 連れはいないの?」

 首を横に振った。家出なのだからいるわけがない。きびすを返せば、骸骨おじさんがくっついてくる。

「送っていってあげるよ。君の家はどこ?」

 雨が体に当たらないと思ったら、骸骨おじさんがマントで覆ってくれていた。表情はやっぱりわからないけれど、心配してくれているらしい。親切な人だったようだ。けど、困った、どうしよう……。

「大丈夫、すぐそこだから」

 嘘をつくのも良くないことだとわかっていたけれど、あの家に連れ戻されたくなかったから、仕方なく嘘をついた。もし戻れば、折檻が待っている。放置はするけど、お父様もお母様も外聞を酷く気にするから、家出をしたなんてばれれば、どんな目に遭わされるか考えただけで恐ろしい。

「そう? 本当に平気?」

「うん、平気。ありがとう、骸骨のおじさん」

 ごめんなさいと心の中で謝りつつ、歩き出そうとすると、腕を掴まれた。振り返ると、骸骨おじさんが、じっと自分を見下ろしていて、

「骸骨のおじさん?」

 私の言葉を繰り返した。

 あ、もしかしておじさんじゃなくて、お兄さんだったのかな?

「ごめんなさい。見た目じゃ、年齢とか分からなかったから。お兄さんだった?」

 骸骨のおじさんは再び私の姿を見下ろして、

「君は僕の姿がどんな風に見えてるの?」

 どんな風って……。

「骸骨、に見える」

「人間に見えない?」

「骸骨は元人間だよね?」

 骸骨おじさんはしゃがみ込んで、私の顔をのぞき込んだ。

「ふうん? 凄いね、君。僕の幻視が効かないんだ?」

 幻視?

「幻術を使ってたの? だったら、もっとハンサムな顔にすればよかったのに」

「一応、普通の人間に見えるようにはしてあるよ? 魔術師でもこれを見破れる奴いないのになぁ……。君は魔女?」

 首を横に振る。

「魔術師の家系だけど、魔力がないの。だから魔女じゃない」

「魔術師の家系? なら、君は貴族じゃない。それがどうしてこんなところに?」

 しまったと思ってももう遅い。訳ありだと見抜かれたらしくて、

「ここじゃなんだから、僕の家に来る?」

 骸骨おじさんがにっこりと笑う。笑ったような気がしただけだけれど。

「でも……」

「いいから、いいから。ほら、金貨を拾ってもらったお礼もしたいしさ」

 骸骨おじさんは親切だけど、強引な人でもあった。ほとんど引きずるようにして連れて行かれてしまう。待っていた馬車に乗って、たどり着いた先がお城でびっくりした。ここ? そう問えば、

「うん、僕、ここで働いてるからね?」

 お城で働く魔術師って、かなり地位が高かったはず……いいのかな? 大人しくついて行けば、思った通り、目にした部屋はもの凄く立派だった。もしかしたらお父様の部屋より凄いかもしれない。

 温かいシチューとパンをごちそうになり、人心地付くと名前を尋ねられた。

「ベアトリス・リンデル」

 迷ったけど、今度は正直に答えた。

「リンデル! リンデル侯爵のお嬢さんか!」




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