馬車馬と野次馬

春嵐

無機質な副長

 乾いた感覚。


 どこがというわけではない。ただ、何か、乾いて、水分を求めるような感じ。


 この感覚がどこから来るかは、分からない。いつ来るのかも。ただ、ときどき、どうしようもなく乾く。


 何かを飲んでも、満たされない感じだけが残る。乾いたところに一滴何か垂らしただけみたいな。そして、数時間後にトイレが近くなる。


「ごはんの時間か」


 億劫だなあ。

 ごはんとお風呂も億劫。面倒で仕方ない。でも食べないとなんかお腹鳴るし、お風呂入らないと身体がべたべたする。


 しかし、最近、誰かのために作る料理は億劫じゃないということに気付いた。


「はいみなさん。お昼休みです。仕事なんてやめてごはんにしましょうごはん」


 盛んに課長が休むように声がけしている。うちの課は馬車馬のごとく働き続ける謎スタミナの連中ばかりなので、よく総務課になじられている。馬車馬課。


「仕事場に来てるのに仕事するなっていうのも、おかしな話ですよね副課長」


「新入り」


 野菜ジュースを飲んで隣に立っている。もしかしてお前のお昼ごはんはそれなのか。


「うちの社是、覚えてる?」


 聞いてみる。


「覚えてないっすね。待ってください検索します」


 端末を指で手繰る音。


「中庸?」


「そう。中庸。平凡なこと。平凡じゃない働きかたしたら、いかんのよ。うちは」


「そうなんすか」


 新入り。課長に捕まった。


「あ、ちょ、まだ話してる途中」


「いいからいいから。副長さんに迷惑かけちゃいけませんよおお」


 課長が新入りをどこかへ連れ去っていった。


「はあ」


 喉乾いたな。

 何か買ってくるかな。

 いやあ面倒だなあ。


「あ、課長。お早いお戻りで」


「ええ。馬車馬課の馬車馬さんたちは仕事熱心で困りますね。ええ」


 この課で課長だけが、仕事をテキトーにこなす。絶妙に手を抜く。ミスをする。


「あ、副長さん飲み物買ってきましたよ飲み物」


「気が利きますね」


「さっき新入りの馬車馬さんの野菜ジュース飲みたそうにしてたでしょ。はい。野菜ジュース」


「ありがとうございます」


 目の前に置かれる。立ち上がらなくて済むからありがたい。いやヒールじゃなくてスニーカーだから歩くの苦じゃないけども。


「あ」


「お?」


 野菜ジュースにストロー差して飲む直前。


「それでお昼ごはん終わりとかにしちゃだめですからね。ちゃんとなにか食べること」


「えええ」


「ごはん食べないと太りますよ?」


「いやちょっと何言ってるか分かんないです」


 食わなかったら痩せるだろ。


 さて。どのタイミングで出すか。私の手のなかに、いま、億劫でもなく乾いてもいないものがある。どうするか。

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