現し世の鑑

葵日野

序章

神在の国







国産みから数千の年月を経た、ある神無月の夜。


神々は神在祭かみありさいの晩、宴の傍らに言ったという。


“人間は神の創った世界で生き、神の創った世界で滅び逝く”───と。




そうだろう。然もありなん。



そんな言葉が、嘲笑にも似た笑い声と共に飛び交う。


その時。

そんな軽口に興味を持った女神が一人、感慨深げに口角を上げた。




「…のう、爺等」



女神の妖艶な声音に周囲は途端に騒がしさを沈める。


この歪で妙な空間で、一際存在感を放つそれは、最も人間に近しく、最も人間を知る最上の神と謳われた伊邪那美イザナミだった。


彼女は一言、「それでは不平等じゃろう」、そう言って酒を一口喉に流した。

あっけに取られた声が他の神から零れる。



「不平等じゃろうと言ったのじゃ。人の世の事をすべてこちらで管理するなど」




───せめて、人にも"選択"とやらをやろうではないか。




イザナミは薄く目を細めた。





その興言が、全ての始まりを促すこととなるのを、この時は誰も知らなかった。







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