第26話 襲撃
「お前ら速く檻の中に入れ」
そう言われ、僕、アリーゼ、スペイシーは檻の中へと戻される。
どうやら、また夢を見ているらしい。
狭狭しい檻の中で、静かに顔をうつむかせているアリーゼに僕は話しかけた。
「アリーゼ。伝導体って、恩恵とかなのか?」
「違う。伝導体は周囲の環境に影響されやすい人。つまりは恩恵と捉えることもできるけど、その本質はただ体の構造が普通の人間とは違う」
「どこがだ?」
「そうね。スペイシーと神野は、心臓に剣を刺されたらほぼ確実に死ぬでしょ。でも私のような伝導体っていうものを持ち合わせている者は、心臓が刺されたとしても、他の物質や物体に意識を転換させて無限に生きることができる」
不死身!?
もしそれが本当だとするならば、アリーゼは無限に生きられ、死ぬことはないだろう。つまり、朽ちないということだ。
「なあ、逆に死ねるのか?」
「当たり前だろ。でなきゃこの世界は伝導体を持つ者ばかりになるからな。それにこんな力、持っていたところで意味はないんだ。結局、この世界を支配している魔人が一匹残らずいなくなれば、この世界には平和が訪れるのに……。あーあ。魔人研究会っていう組織はどうせ名前だけの組織だよ」
流れるように愚痴を吐くアリーゼに飽き飽きとしたのか、スペイシーは壁に寄りかかって眠っている。
相変わらずこいつは、いつであろうとマイペースだな。
眠ったスペイシーを半ば羨ましげに見つめ、僕はアリーゼの愚痴にもう少し付き合ってあげることにした。
「アリーゼ。カタストロっていう男について、何か知っていることはないのか?」
アリーゼは少し考え込む。
やはり相当難題な問いだったようだ。
僕が他の質問をしようとすると、アリーゼは口を開いた。
「カタストロは何千年もこの世界を生きているらしい。それに魔人の謎についても何もかもを知っている。それを魔人研究会っていう組織で聞いたことがある」
魔人研究会?
名前だけでどんな組織かは見当がつくが、一応聞いてみることにした。
「なあ。魔人研究会は何をするところなんだ」
「簡単に言うと魔人を研究するところね。魔人研究会は環境軍が捕らえた魔人を研究し、魔人の謎を少しずつ暴いていこうっていう組織なんだけど……。実は、魔人研究会には黒い噂があるんだ」
「黒い噂?」
「ああ。魔人研究会はもしかしたら、〈大災害〉と繋がっているかもしれない。もちろん根拠はないし、その説を支持する者はほぼいないと思う。でも、魔人研究会が
懸命な表情で何か言いたげな顔をする彼女に、僕は恐る恐る質問を投げ掛ける。
「そのあることって、何だ?」
「魔人研究会は……魔人を創っている」
「な!?」
そもそも世界が人工的に創られたのは、魔人によって本当の領土が破壊されたから。
だから僕たちは海の上に人工的に島を創り、魔人から逃げるという選択肢を選んだ。というのに、どうして魔人を生み出そうとしている!?
「私は魔人研究会になぜ魔人を生み出しているのかと聞いた。そしてら魔人研究会の会長は、魔人の創り方を知れば、魔人の根源を失くすことができると言った」
「それは……本当なのか?」
アリーゼは首を縦にも横にも振らず、曖昧な表情で答えを濁した。
だがしかし、もし魔人を滅ぼすために魔人を生み出していたとして、その研究が少しでも失敗すれば、再び世界が泣き叫ぶという事態に陥ってしまう。それだけは避けたい
「なら、僕たちが魔人について知ろう。そして、この檻の中で〈大災害〉が何をしているのかを理解し、僕たちが魔人を世界からいなくならせれば」
「でも……私たちだけじゃ……」
「ああ。きっと何度も失敗するかもしれない。それでも、僕たちはやり遂げなければならない。そのために、僕は作戦を考えた」
これは本当に突拍子もない策だ。
成功するかは解らないが、失敗するかもしれない可能性はほぼゼロと言っていいだろう。
「神野。一体何を?」
「アリーゼ。確か伝導体である者は意識を別の者に移せるんだよな。じゃあ意識をたまに見張りの男に移して、〈大災害〉の内部から情報を収集すたらどうだ?」
「良い策じゃん」
と言っている間にも、見張りが来た。
「アリーゼ」
「ああ。『意識転移』」
アリーゼの体は倒れ、その視線の先には見張りの男がいる。見張りの男は数秒ボーッとしていると、突然僕の方を向き、
「作戦成功」
なるほど。どうやら第一関門は突破したらしいな。
だがしかし、見張りが普段どんな行動をしているのか解らない以上、迂闊に動けば速攻殺される可能性も低くはない。がしかし、それでも意識を移せば良いだけの話。
僕はアリーゼの帰りを待っていると、羊のような眠気に襲われる。
メエメエと鳴きたくなる気持ちを抑え、僕は静かな眠りについた。起きたらそこは……
また夢から覚めたのか……。
相変わらずいいところで夢から覚めやがる。
「神野。やっと起きたか」
アリーゼの声が多少なりとも反響し、僕の耳には二倍大きさとなって聞こえてくる。
正方形の閉ざされた空間で、僕とアリーゼ、早乙女はウッダーの前に座り込んでいた。
「なあウッダー。僕は何時間くらい寝てた?」
「そうですね。ざっと四時間と言ったところでしょう。まあ心配しないでください。早乙女さんとアリーゼさんもぐっすりと眠っていましたから」
どうやら、寝ていたのは僕だけじゃなかったらしい。
軽くため息を吐きつつ、僕はウッダーが口を開いたと同時に彼の口から発せられる言葉に全神経を注ぐ。
「これから俺たちは〈大災害〉のアジトに殴り込みをかけるわけだが、そこで一つ問題がある」
「場所が解らないってことか?」
「いいや。その問題は問題によってかき消された」
「問題によって?」
あまりの意味不明な発言に首を傾げる僕に、ウッダーは話を続ける。
「その問題というのは、第一環境軍、並びに第三、第八、第九、第十環境軍が〈大災害〉のアジトを特定し、乗り込もうとしている」
「それほどの環境軍が動いたか!」
「ああ。だからウッドマンが巻き込まれて殺される可能性がある。その前に俺たちはウッドマンを救出する。それに時間はもうない。今から直行で〈大災害〉のアジトに乗り込む」
ウッダー焦りように急かされるように、皆も慌て立つ。
「皆、ついてきれくれ」
ウッダーの背中を追って進むと、そこには巨大なロケットが一台、ド派手におかれていた。
まさかまさか、これにのって〈大災害〉のアジトに乗り込もうとしているんじゃないよな……。
だがしかし、不安は的中した。
「急いでこの中に乗ってくれ」
ウッダーの口からは、聞きたくなかった一言が発せられた。
アリーゼと早乙女が躊躇なく入ったのを見て、僕をとうとう引き下がれなくなった。
僕も渋々アリーゼたちの背中を追い、巨大なロケットの中へと乗り込んだ。
「ではいきますよ。掴まっていてくださいね」
僕たちがロケットの中の狭い一室に入ったのを確認して、ウッダーはロケットの尻にある噴出口に火炎を溜める。火炎は次第に大きくなっていき、ロケットがグラグラと動き始めた。
「それじゃあ俺はあとで追い付くから、行ってこい」
光の速度でロケットは空を雲をかき分けながら進み、その震動が狭い一室にも大きく届いている。だがそんな平凡もつかの間、ロケットは突然分解された。
僕たちがいる一室は離れ、先端と後方の燃料がたまっている部分は近くにある島へと激しい火炎を掻き立てながら落下した。
このまま火炎の中へと突っ込むのかと思ったが、早乙女が風で僕とアリーゼを運び、島の砂浜へと着陸させた。
「あ、危なかった」
「危機一髪。それよりも、ここが〈大災害〉のアジトで間違いないのかな?」
「ああ。そうらしいぞ。見てみろ。一瞬で僕たちを囲んでいる」
砂浜には、既に百を越える〈大災害〉のメンバーがいた。
顔に災と書かれた覆面をしていることから、ソードやシャインのような幹部ではないことが解る。
「さあ始めようぜ。環境軍と〈大災害〉の因縁に、けりをつけよう」
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