第36話 太平洋戦争の記憶

私の祖母は5人兄弟の末っ子です。

3人の兄は、太平洋戦争で兵隊にいき、還れない人となりました。


一番上の兄と下の兄は南方の島で、終戦をむかえたそうです。

各々部隊一人の若者を残し、敗戦の責任をとり集団自害をしました。

若者に遺品や手紙を託して、涙ながらに異国に散っていきました。


祖母は、東京の空襲が激しくなるなかF県に疎開することになりました。

疎開は、祖母の母と姉の3人で親戚宅に居候するかたちだったみたいです。


ある星空が綺麗な夜に、親戚宅の玄関に泥汚れした軍服姿の人が訪ねてきました。


祖母が対応に出たところ、真ん中の兄が立っていたとのこと。

「中兄ちゃん、良く此処がわかったね。

おかえり。」

祖母は嬉しくて、涙を流しながら話かけました。

「和ちゃん、日本も大変だったね。

元気にしてた。」

兄は笑顔で祖母の頭を撫でたのでした。

「うん。

母さんも姉さんも元気だよ。」

「そうか。」

「今、呼んでくるね。」

と言って、居間に母を呼びにいこうとする祖母を呼び止め

「和ちゃん、待って。

兄ちゃん、時間が無いんだ。」

そう言うと、目からは大粒の涙が


「中兄ちゃん、どっか痛いのか?」

「和ちゃん、兄ちゃん戻らなきゃならないんだよ。」

「えっ!」

「たぶん和ちゃんにしか見えてないんだよ。」

………………………………………

「母さんに、

『和久は立派に闘って散りました。

お国の為に散りました。』

と伝えてくれ。

頼んだよ。」

と残して玄関を出ていったそうです。

祖母はすぐに玄関を出たそうですが、そこにはもう兄の姿が無くなっていました。


悲しくなって、上を向くと夜空に星が瞬いていたのを覚えているそうです。


母の元に、中兄ちゃんが来たことを伝えにいくと、

「そうか、そうか。

和久が来たか。

お国の為に立派に闘ったんだね。」

と、祖母の母は、涙しながら話を聞いて仏壇に向かい手を合わせました。

そして母は、

「和ちゃんに会えて、兄ちゃん喜んでるよ。

母さんも兄ちゃんが来たのが、わかってたんだよ。

ただね、見えなかったけど。」

と言って静かにうつむきました。


それから一週間後くらいに、中兄ちゃんの部隊が全滅したとの報せを受けたそうです。


中兄ちゃんの遺品など何もありません。


祖母の記憶には、戦争で多くのものを失った悲惨な経験が残ったままでした。

それなので、戦争体験の話をなかなかしてはくれません。

兄の事を思い出し、たまたま不思議な話を涙ながらに話してくれた祖母に感謝いたしました。

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