アンドロイド
須藤 レイジ
ハイム軍の襲来
「おい、起きろ。ハイム軍だ!」
隣室のアドルフの声である。部屋の扉は、いまにも叩き割られそうである。
私は、自分でも、なんだかわけのわからない奇声を発して、とび起きた。
扉は、めりめりと、こわれはじめた。
「もしもし、今、扉を叩きこわしているのは、ハイム軍の方ですか」
私は、いそいでズボンをはきながら、入口の方へ、こえをかけた。
「おどけたことをいうな。こんときに、ひとをからかうもんじゃない」
アドルフは、扉をこわすのをやめて、裂け目の向こうで、ふうふう一と息をついている。時計をみると、ちょうど午前三時であった。
「おい、アドルフ。これから、どうするつもりだ」
「すぐパーラ国境へ逃げださないと、もう間にあわないぞ、早く用意をしろ。――おい、早くここを開けろ」
「なんだ。あんなに大きな音をたてながら、まだ扉はあいてないのか」
「よけいなことをいうな」
アドルフは怒っている。
私は、ちゃんと服を着てしまったので、扉の鍵に手をかけた。
とたんに、それがきっかけでもあるかのように、扉の外で、だだだだだン、だだだだンと、はげしい銃声がきこえた。
「じゅっ、銃声だ! まさか、市街戦が始まったのか」
鍵をまわすのと、アドルフが室内へころげこんでくるのと、同時だった。
「今のを聞いたか。ハイムのパラシュート部隊だ!」
「えっ、そんなものが、やってきたか」
私は、ハイム軍の大胆さと徹底ぶりとから、大きな感動をうけた。
「おい、ライト。早くしろ、例のものを持ち出すんだ」
「例のもの?」
「ほら、例のものだ。モール博士から預けられた例の密封した二本の黒い筒を持ちだすのだ」
「あんなものを持って逃げなければならないか」
「もちろんだ。われわれ二人の門下生は、特に博士から頼まれてるのだ。博士の信頼をうら切ってはならない」
モール博士というのは、この国のモール科学研究所の所長で、私もアドルフも、この門下生だった。博士は、ちょうどハイム軍が隣国に侵入したことが放送された直後、われわれ二人をよんで、その二つの黒い筒を預けたのだった。
――非常の際には、君たちは、何をおいても、これを一本ずつ背負って逃げてくれ。そして世界大戦がしずまって、わしが再び世にあらわれるまでは、それを各自が、ちゃんと保管していてくれ。もちろん、その密封を破ることはならない。もし、万一この筒を捨てなければならないときが来たら、底のところから出ている導火線に火をつけるんだ。だが、いよいよもういけないというときでなければ、火をつけてはならない。わかったね。――
モール博士は、長さ三十センチほどの、なんの印もついていない黒い筒を二本、二人の前に並べたのであった。
――博士、一体この筒の中には、なにが入っているのですか。いや、もちろん、それは秘密なんでしょうが、お預りする以上、その中身のことがいくらか解っていないと、保管するにしても、持ちはこぶにしても、用心の仕方がありますからね――
すると博士は怒ったような顔になって、自分の気分をほぐすように、広い額をとんとんと叩き、
――なるほど、そういわれると、君たちのいうことは尤もだとおもう。ではいうが、これは絶対に他人に洩らしてはならない。じつはこの二本の黒い筒の中には、わしが生命をかけて完成した或る兵…いや、或る武器の研究論文が入っているのだ。ここに置いておくと、焼けてしまうか、失ってしまうかだ。だから、君たち二人にまかさて、いざというときには、持ってにげてもらおうとおもう。殊に、これがハイム側の手にわたることをわしは最も恐れている。そういうことがあれば、天地がひっくりかえる。すべてがおしまいになる!――
博士は、蒼あおい顔をしていった。
――博士。なぜハイム側の手に入ると、最悪の事態になるのですか。一体、どんなことが起るのですか――
と、私は、博士の考えはっきりさせたいと、追窮した。
――それ以上、何もいえない。――
そういったきり、博士は、頑として、そのあとのことを喋ろうとはしなかったのだ。
ぐわーン。がらがらがらがら。
家が、大地震のように鳴動した。砲弾が、この建物に命中したらしい。もう猶予はない。
「おい、アドルフ。もう駄目だ。逃げよう」
と、私はアドルフを呼んだがすでに黒い筒の一本を抱えたまま二階の窓から外へとびおりていた。
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