17話 私が出来た!
翌日、晴菜は宣言通り俺の家へやって来た。またもや両手に大荷物を持って。
開かれたバッグから無尽蔵に服が取り出され、無造作に床に並べられる。女物のパンツ、スカート、その他諸々の普段俺が触れることも無いような物が俺の家に置かれていく。
「取り敢えず家から私の服持ってきたから」
「お前の服で良いのか? なんか恥じらいとか……」
「今から女装する堺斗がそれ言うの?」
「ごもっともです」
羞恥心なんてとうに捨てて生きてきたんだ、今更求められても困る。あれもこれも元はと言えば葵の脅迫から始まった、ってあれ? もしかして葵が元凶だったりする?
「方向性とか決めないとね」
「よく分からんから任せた」
「本当にそういうとこあるよね堺斗。うーん、黒翳でしょ? 清楚系は藍ちゃんがいるし、元気系は天ちゃん、妖しいこんさん、エロティックなオーロさん……よし、クール系なんてどう?」
こいつめ、予想以上にこの界隈を見ていた……、寒気がする。俺の痴態を、いや痴態を晒した覚えはないが行動を把握されてる気がして怖い。
「ほう、聞かせてもらおうか」
「属性被りを避けて、最大限持ち味を生かした上でごまかせる最適解だと思うんだよね。目つき悪いのも生かせるし、あんまり女の子っぽくするより騙しやすいんじゃない?」
「瞼の開きが狭いから目つき直すの難しいしな」
「でしょ? まあ頑張ればやれないことも無いけど、あんまり近づかれると気づかれるかもしれないし? さて、方向性も決まったことだし、メイクしよっか。ウィッグはもう買ってきてあるんだ」
「抜け目ないな」
「当然でしょ、私が言い出したんだから」
そうして人差し指を左右に振りながら話す晴菜。
あー、責任感だけはあるんだよなこいつ。晴菜は俺を鏡の前に座らせるとメイク道具を取り出す。ウィッグは黒ロング。本当に見慣れない物ばかりだ。
「あ、ムダ毛……ってどうしてる? えーっと、」
「ああ、もう処理した」
「はやっ」
この作戦を実行する為にやれることはやると決めた。脅されているとはいえ、目的は合致している。ネットで調べた時、ムダ毛処理は基本と書いてあったのでやっておいた。
「じゃ、目瞑ってて」
「OK」
「いや、待った。自分でも出来るようにしておいてくれない? 私が居ない時どうするの?」
「覚えればいいんだな、写真撮りながらやってくれないか?」
「……っていうか乗り気だね、ちょっと引いたわ」
「お前がやらせたんだろうがぁ!」
メイクを始めて30分程度、大体の要点は押さえた。けどあれだな、人に顔とか髪とか触られてると眠くなってくるな。そろそろ終わりだと言ってくれ、寝てしまう。日々のブルーライト作業で覚醒していた瞼を押さえつけるまでもなく、安らかな眠りの中に落ちてしまう。
「おーい堺斗~? 寝てる?」
「ふぁぁぁ、ぎりぎり」
「出来たよ、ほら、目開けて」
重い瞼をゆっくり開けると目の前には俺を睨む美少女がいた。顔立ちは整っていてつぶらな瞳は幼さを感じさせるが、切れ長な眼はプレッシャーを感じさせる。一度笑みを浮かべてみると、元から人より長めだった犬歯が剥き出しになる。可愛い系でもなければクール系にも見えない。例えるなら不良系だろうか。金属バットとか似合いそう。
「あまりにも怖い」
「えー、可愛いじゃん」
「お前の好みこういうのなの?」
これじゃ初対面の相手はまずビビると思う。大丈夫か? いや、駄目だろ。
「やっぱ可愛くない?」
「なあ、こいつ俺のことを睨んでるんだが」
「目つき悪いの際立たせてみたんだけどどう?」
「どう? って言われてもな」
ウィッグで少し頭が重い。首を傾げる鏡の中の少女は未だこちらを睨んでいる。ヤンキー、ヤクザ並みの目力、背後のオーラまで透けて見える。我ながら恐ろしいが、これを仕立て上げた晴菜も恐ろしい。
別に俺としては女装は割り切ってることだし、不満はあっても納得はしているが、騙し続けられるか不安だ。プライドに関しては黒翳を演じる延長線だと思えばどうってことない。だが演技で、気持ち次第でどうにかなるものなのかな?
「まあでもイケてんじゃないか?」
「そっか。じゃ、一旦このパーカーとジーンズ着てきて」
「分かった」
渡されたのはベージュのパーカーと蒼色のジーンズ。部屋を出て、洗面所の壁を背に服を脱ぐ。着ていたストライプの服を籠に入れ、畳んであったレディース服を広げる。目の前の鏡の中の自分を見ているとやはり違和感がある。素の顔でも睨んでいるように見えるせいで、睨んできやがって……! と謎の怒りも湧き出て来る。
パーカーに腕を通してみると想像より大きかったようで袖が少し余ってしまった。もしかして晴菜またデカくなった? ないか。ジーンズも少し大きめだが、ベルトでどうにかなるし、体のラインが誤魔化せているのでいいんじゃないだろうか?
最近運動を怠っていたせいで、太りはしなかったが筋肉が落ちてしまっていた。
こうして全身像を眺めてみると確かに恰好良い。街中を歩いていたら視線を集めるくらいにはイケてるんじゃないか?
「堺斗、着替えた?」
「うん、そっち行くわ」
扉を開けてリビングに帰る。この見た目に自信はあるが何処か気恥ずかしくて、肩まで伸びた髪を弄りながら部屋に入った。
「どう?」
「可愛い」
「そう? 変じゃない?」
一回転して全身を見せて確認させる。全身像の確認。初対面の相手でも騙せるレベルに仕上がっているかの最終調整。外見に違和感が残らないようにするのはこの大作戦を遂行する為には欠かせないことだ。
「何? それ素でやってんの?」
「どうかな?(アインス」
「チッ、その声出さないでくれる?」
「すまん」
流石に調子に乗りすぎたか。でも本番もこんな調子の方が上手くいきそうだ。絶好調時の無敵感の活用は有効だからな。ちょっと飛んで跳ねたりしてみる。思えば黒翳の動作確認の時もこんな感じのテンションだった気がする。
「はぁー、いいや。これで怪しまれないかな。じゃ、ショッピングモールに行こっか。」
「えっ、まじで」
「この服は所詮その場しのぎなの、合う服を選んで着なきゃ!」
「え、やだ」
「……もう引き返せないんだよ? スマホの画像フォルダに今の堺斗の写真がある限り」
「俺を脅している限り無限に脅迫材料が増えていくって寸法か、いいぜ(泣)。もう行くとこまで行ってやるよ」
「いい覚悟だね、それじゃ行こっか!」
─────────────────────
そうしてショッピングモールに来た俺達だが、
「視線集めてる気がするんだが」
「目つき悪くし過ぎたかな、人が避けてくね。可愛いからもっと見ればいいのに。目の保養だよ?」
「もうちょっとこの目つきは緩和した方がいいな、つーか兄に可愛いとかマジでやめてくれ」
「えー、だってホントのことだもん。」
通りの真ん中を突っ切ると人が掃けていく。人の波に視線を向けると睨まれたと勘違いした女性が顔を逸らす。流石にここまでとは、見通しが悪かったと言わざるを得ない。近くの店のショーケースに映った自分を見ると、元々の目つきの悪さと施されたメイクが奇跡のマリアージュを遂げ、目元のクマも相まってとんでもない目力を発揮しているのが確認できた。
「まず服屋行こうか?」
「これどうにかする小物探しに行かないか?」
「うーん、それが優先事項になっちゃう? しょうがないなぁ、先にアクセサリー見に行こうか」
人々がひしめく中、構内マップを頼りに店を目指す。2~3店程度あったが、比較的付近にあった店へと足を踏み入れた。
ネックレスやイヤリング、ブレスレットが簡素に並べられていた。真っ先に値札を確認したが危惧しているような数字が並んでいることはなかった。
「このチョーカーとかどう、喉仏隠せそうじゃない?」
「俺あんま喉仏出てないし、太めの物ならいいかも」
「ピアスとかする?」
「穴開けてないし、余計不良っぽくならない?」
「とりあえずその辺のネックレスとかブレスレットとか付けてみよっか」
「分かった」
黒のチョーカーを首に着けてみる。思った通り今の俺には黒が似合う。威圧感は隠せていないが喉仏は隠せている。
ネックレスを首に、ブレスレットを左腕に着ける。鏡を見ると、……オーラが増した!? 全体的に威圧感が増している。まるで人に威嚇することを意図しているかのようにマッチしていた。
「どうだ?」
「うわっと、すごいね。チョーカーは似合ってるけど、後二つの迫力が……。多分ジャケットとか着たら貫禄すら感じちゃいそうだね」
「やっぱ駄目か」
ネックレスとブレスレットは元の場所に戻しておいた。
「ねえねえ、これとかいいんじゃない?」
そうして晴菜が持ってきたのは黒縁の眼鏡。所謂伊達メガネだ。手渡されたそれをかけてみる。
「それいいじゃん!」
鏡を見ると確かに、威圧感が抑制されている。だが、あくまで抑制。その眼にはまだオーラが宿っているように感じるが、睨んでいるようには見えなくなった。黒翳も眼鏡で力を抑制しているが、まさか葵、ここまで……!?
「アクセはこれくらいでいいでしょ、買って次行こうよ」
「おう」
ちなみに今回の費用の足しに菓子を買った時の残りの金が使われるらしい。身銭を切るつもりだったのでまだ懐に優しい結末だった。
「次は服かな」
「大体何にするか決まってるのか?」
「ズボンとスカートとか、2セットずつは欲しいよね」
レディース服を取り扱っている店の集まった区画で自分に合った服を探す。こんな所で足を止める事なんてないので、何処か浮いた、足に地が着いていないような妙な感覚が拭えない。帰りてぇ。
「このスカートとかどう? 膝下まで丈あるし、女装にもちょうどいいんじゃない? 試着しよ」
「店に迷惑とかないか?」
「そんな心配いらないの! 今は女にしか見えないし、どの店も買ってくれるなら誠心誠意対応するって!」
「そ、そうか」
その後、小一時間スカートやズボンを着せられ続けた。様々な種類の服を着てみたが、今の俺には黒が似合うようだ。いや、私と言うべきだろうか、まずは自分の認識から心がけていこう。
選んだのはグレーとイエローの膝丈スカートと、黒のオーバーサイズシャツ、白のTシャツ。所謂モノトーンコーデというやつに近いかな。
人に恐怖を与える外見が一転、高いレベルでクールに纏まっている。晴菜と店員さんの実力を感じた。
「じゃ、帰ろっか……、ってちょっと待って」
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
「いや、向こうに友達がさ……。今会うと面倒じゃん、ちょっと回り道してこ?」
「あ、目合った」
「晴菜~~!!!」
「やば」
目の合った女の子が駆け寄って来る。心なしか目が煌びやかに見えるのは気のせいだろうか。さしずめこの私に興味津々なのだろう。愛い奴め。……駄目だな、このテンションじゃ。
「よう晴菜! こんなとこで何やってんの? ってかなんだその反応、やましいことでもあんのか?」
「あ、うん。普通にショッピング。や、やましいことなんてないから」
「へえ、じゃあ本題に入るぞ……。((あの子誰? めっちゃカッコ良くない? お前の知り合いか?」
「い、妹」
「へえ、そうか。なぁ、お前には妹なぞいないはずだ、答えろ!」
「ひぃぃ、首根っこ掴まないでよ」
急に頼りなくなったな。しかも咄嗟に出る言葉が妹かよ、本当に俺って兄なんだよな? うーん、そろそろ助け舟を出さなきゃ俺が危ない。よし、
「どうしました?」
「うおっ、えーと、こいつ、晴菜とはどんな関係で?」
「従姉妹です。晴菜さんには妹のように可愛がって貰っちゃって」
「ああ、そうですか!? ((悪いな晴菜、なんかヤバそうな奴と一緒に居ると思っちゃってさ。」
「う、うん」
「じゃあな~、またカラオケとか行こうな、あ! また今度あの従姉妹の子連れてきてよ、凄い気になるからさ」
「あ~、うん、分かった。じゃあね」
また走ってどこかへ行ってしまった。嵐のような勢いのある人だな。
「友達がごめんね、助かったよ」
「いやあのままだと俺が詰んでたし」
「まあ様になってるね、これなら本番も大丈夫じゃない? それにしても疲れた。私達も帰ろうか」
「おう」
その後は何事もなく家に帰れた。行きより人の見る目が気にならなくなってきたと感じる。きっとこの服装のおかげだろう。別に慣れた訳じゃない。まあ、これなら当日もいいかな。
─────────────────────
「オフコラボの日付決まったよ。ちょうど2週間後、ちゃんと空いてる?」
「あい分かった。完璧に空いてるぜ、すっからかんだ。ちなみに何やるか決まったか?」
「それ、『アソビ帝国』とかどう?」
「いいじゃん、オフコラボっぽくて。ガチバトルやるか。その案、藍と濡羽にも伝えとくわ」
「頼むね。それじゃ通話切るから。俺も色々下準備があってさ。オフ楽しみにしてる」
「おう、俺もだ。じゃあな!」
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