15話 閑話休題〜それはさておき〜

「はっ……」


 唐突に目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだった。俺の覚えている限りでは太陽が燦々と照っていたが、もう日が落ちたのか辺りは暗かった。確か昼飯を食べたのが12時……大体午後1時頃に寝落ちしたのか。


「いくら何でも寝すぎだろうが俺。」


 今日は配信の予定はない。これでも配信はしっかりやっている。アズーの中では配信頻度は少なめだが、これは相対的に考えた話だ。1日2回行動なんてザラなうちの配信モンスター達と比べれば別に普通だろう。週6回はやっている……筈だ。

 だから惰眠を貪ってもいいかと言ってもそうじゃない。こういう時こそやっておきたいことがある。サムネ作り話題探しetc。この睡眠はただの時間の浪費だ。人生においても怠慢だ。

 夜寝れるかな。


 机の上に無造作に置かれていたスマホを手に取り、パスワードを入力してロックを解除する。時間は19:25。通知が何件か来ていた。

 ひとつはマネージャーからのオフコラボの予定連絡。これは応答だけしておく。まだ寝起きで頭が回らない。無理に考えるとボロが出る。

 もうひとつは……父さん。「元気にやってるか」か。「めっちゃ元気」とでも送っておこう。家族からのRINE返しにくい問題あると思う。ノリが少し違う、みたいな。こういうのはそう考えずに返信するのがいい。 知らんが。


「夕食、冷凍でいっか。」


 なんかグラタンとかなかったっけ。ご飯が残ってた気がする。ぶち込んでドリアっぽく、でいいや。しょうがないから野菜取るのは今度にしよう。


 ピロン、とRINEの通知音が鳴る。父さんからの返信だ。どうにも文面での会話って切り方分かんないんだよな、終わらない文章のラリーが始まってしまう。

 おい待て、「身長は伸びたか?」だと? これは個人的に禁止ワードだと思う。こちとら中学生で伸びきったんだ。許せねぇ。電話でも掛けてやろうか。


 プルルルルルルルルルル


 そら見ろ、そういう事考えると掛かってくるんだよ。思わず頭を抱えてしまった。応答ボタンをスワイプして出る。


「もしもし?」

「もしもし、父さんだ。」

「用件は?」

「ああ、送っただろ。 身長伸びたか?」

「伸びると思ってるのか!?」

「ははは、思ってない。」


 駄目だ。手の平の上で転がされている気がする。確実に遊ばれている。せめて伸びると思っていて欲しかった。


「……もう切っていい?」

「待て、えー、お前も男らしくなったか?」

「残念ながら。」

「やっぱり?」


 なにがやっぱりだ、じゃあ言うな。傷口に塩を塗りたくるな。昔から男らしさとは無縁なんだ。分かってるだろ。


「そうか、父さんとは似なかったんだな。」

「は? オタクの父さんが? 母さんに男らしい所見せたことある?」

「……切るぞ。」

「おやすみ。」


 父さんとの口論は大抵これを引き合いに出せば向こうが引いてくれる。弱気でオタクな父さんと、強気で男勝りな母さんの血を受け継いだ俺はオタクで……。父さんと一緒じゃね?


 またRINEの通知音が鳴る。今度は妹か。なになに、「今度堺斗の家遊びに行っていい? あと話したいことある」か。「別にいいよ」と返した。すぐに既読がつく。話したいことってなんだ。なんか嫌な予感がするのは何故だ。まあいいか。

 妹は良くいる陽キャって感じで、流行りは察知するしファッションも気にする。だが俺が見てたアニメを横から見てたからかな、オタク趣味にも寛容になった。アイツは今高校生、少々ギャルっぽい感じになっている。なんだ、オタクに優しいギャルじゃないか……!? いや、アイツもオタクみたいなもんか。

 友達のように扱われているが、うちの妹は俺をお兄ちゃんとか兄貴とか呼ぶ事はなく、昔からずっと名前で呼び捨てにしている。妹が兄をお兄ちゃんだとか呼ぶのはアニメとかラノベだけの話だとずっと思っているが……本当に現実に居るか?


 「分かった 明後日行くね」「了解」と交わして夕飯の用意を始める。用意といっても冷蔵庫を開けて米と冷凍のグラタンを取り出してレンジでチン、それだけ。典型的な駄目な生活じゃないか。そろそろ改革を起こすべきだと俺の中の天使がそう言ってる。


 待ち時間やる事も無いので本棚をあてもなく見る。数少ない私物は大抵新居に持ってきてあった。並べられた小中高のアルバムを抜き取って開く。たまにこうして童心を思い出す。記憶力は良い方ではないのでそう思い出せないが。


 俺はこの高い声がずっとコンプレックスだった。今となってはアドバンテージだが、子供にとって他と違うことはどこか辛い。

 小学生はまだ成長途中、普通に学校を満喫した。だが他との違いが顕著に現れてきたのは中学校だ。一世一代の超重要イベント「成長期」。周りが声変わりしていく中自分は声が変わらず、久しぶりに会った違う中学に行った同級生からは「声高くなった?」と言われる始末だ。

 絶妙なバランスの顔と声のギャップのせいで、初対面の相手に開口一番で笑われたのは心が痛かった。友達によれば「別に怖い顔って訳じゃないが、目尻が吊り上がってるからか妙な威圧感がある」そうだ。


 そして強烈な個性で下手に注目の的になる。あの頃は少し躁鬱も入っていたかもしれない。クラスでの出番は多い方だった。

 そんなこんなで全校では良い意味でも悪い意味でも名の知れた人間になっていた。教師陣にも知られていたので妹には相当迷惑をかけたと思っている。自分から係の仕事に立候補するのは止めていたが、それでもこういう人間には勝手に仕事が舞い込んでくる。


 思えば喉を鍛え始めたのもあの頃だった。最初は声を低くする為に低い声を出す練習をしていたが、気づけばそのままエッジボイスを身につけていた。地声が宇宙人ボイスみたいなもんなので、これで2パターン。

 それからはボイトレをするようになって、女声も習得してしまった。

 葵とも腐れ縁で、動画とか上げていたのもアイツに脅されたからだった。いつ録られたのか分からない俺が女声を出している動画を流して「手伝って欲しいことがあるんだけど……?」なんてやられたらやるしかないでしょ。


 レンジがベルを鳴らす。アルバムを棚にしまってレンジのある台所へ向かう。温められたグラタンとご飯を取り出してスプーンで混ぜて食う。うまい。でも出来たてのドリアが食べたくなってきたな、今度ファミレス行こう。話題にもなりそうだ。


 満腹になったのでパソコンの前に座る。パソコンの電源を入れるのも作業をするのもマイクの調整をするのも手馴れたのが実感出来るようになって来た。

 さて、「オフコラボ、何しようかな。」

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