この世界に神はいない、俺の頭皮に髪はない

酒井カサ

第「禿」話:カミ頼み

 俺、上梨かみなし羽毛田はげたはまだ三十代だが、ほとんどの髪が抜けた。

 すなわちハゲたのである。

 最初は社畜ゆえのストレス性抜け毛かと思っていたが、会社を辞めても髪は戻ってこなかった。

 大切なものは失ってはじめて気づくと言うが、髪(と職)を失ってその言葉の意味を痛感した。


 まず再就職が決まらないのだ。髪が無いというだけで老けていて仕事が出来ないと決めつけてしまう。

 そこ、三流大卒で資格なしの三十代だから就職が決まらないんだとか言うんじゃない。これは全て髪が無くなったせいだ。


 それにびっくりするほど女性にモテなくなった。この前なんてキャバ嬢にハゲを馬鹿にされた。

 そこ、元からモテなかっただろとか言うんじゃない。これも全て髪が無くなったせいだ。


 このままでは毛根が死滅すると悟った俺は貯金を切り崩し、京都のとある神社を訪れた。

 この神社は全国でも珍しい髪にご利益がある神様を祀っている。まさにハゲのハゲによるハゲの為の神社だ。

 証拠に参拝客は俺と同じ髪が不自由な人たちばかりだ。

 絵馬に書いてあるのも「髪が残りますように」や「ハゲと戦争が根絶されますように」といったハゲマシたくなるような願いばかり。ハゲな著名人の絵馬もある。


 俺は早速ここの神様である『御髪神』に参拝することにした。

 全貯金である十万円を賽銭箱に入れ、頭を下げ、心の中でこう叫ぶ。


(生えてくれ、なんて贅沢な事は言いません。だからせめてこれ以上、俺をハゲで苦しめないで下さい。頼みます、神様。いや、髪様っ!)


 するとまぶたを閉じていても分かるほどまばゆい光が辺りを覆った。


【あなたの願い、聞き受けました。顔を上げなさい、上梨かみなし羽毛田はげた


 なんだっ! いきなり脳内に女性の声が響いてきたぞ。まさか髪を失ったショックで総合失調を患ってしまったのかっ!? と思いながらも素直に頭をあげる。

 するとそこは先程までいた神社では無く、どこまでも続く畳の床と高級そうな障子がある料亭の様な部屋に代わっていた。そして俺の正面には和服の女性がコタツで煎餅せんべいかじっていた。


「こ、これは一体!?」

「あら、今の人たちはこういうのが好きと聞いていたのだけど? 間違っていたかしら」

「それどこ情報ですかっ? 間違ってますよ」


 こんな恐怖体験が好きな人間なんていない。今も心臓がバクバクしている。こんな体験は二度とごめんだ。


「ええっ!? 神様の手で別の世界にとばされてしまうって流行っていないのっ?」 

「別に現実じゃ流行っていないですよ」


 いや、確かにライトノベルやWeb小説ではこういったの流行っているけどさ。


「それよりあなたは一体どなたですか?」

「自己紹介が遅れました。この神社に祀られている神、藤原采女亮政之ふじわらうねめのすけまさゆきです。あなたの願いを叶えに来ました」


 嘘だぁ~。ぶっちゃけありえないでしょ。これは夢だ。そう思い、髪の毛を引っ張ったが痛い。

 毛根が引っ張られて物理的に痛いし、数少ない髪の毛を引っ張ったという事実が精神的に痛い。

 ならばこれは現実だ。そしてこれは新手の宗教詐欺だ。このままいくと幸運の壺を押し付けられてしまう。そうなる前に警察に連絡しないと。


「驚くほどの塩対応ですね。神様に遭遇したというのに。あと警察に連絡入れるのは止めて下さいね。困りますので」


 神様なのに国家権力は怖いんだ。いや、もしかしたら警察が神に対しても聴取が行えるほど有能なだけかも知れない。ゲームでは無能な事が多いけど。


「けれど、本当に藤原采女亮政之なのですか? 確か男だったはずでは」


 この神社に祀られている藤原采女亮政之は名前に女が入っているが、日本における理美容業の祖であり、藤原晴基の三男だ。

 しかし俺の目の前にいる神様は日本人形の様な美しく長い黒髪を誇る女性である。

 世界の神様の中には男神としての性質と女神としての性質を兼ね備えた神もいるが、彼(彼女?)は実在した人物だ。

 まあ、日本史にも紀貫之がいるから、実は女装癖があってもおかしくないかも知れないが。

「それは皆さんの信仰のお陰ですね。参拝される際の皆さんの思いが私をこのような格好にしたのだと思います」


 ああ、だから十代後半の容姿で、ビックリするぐらい長い黒髪ストレートをしているのか。

 きっと俺のようなオタクが可愛い神様に髪を生やしてもらえますように、と参拝するからこうなったのだろう。


「それにナウなヤングにバカウケな”そしゃげ”なるものでは、頼光公や義経公も女体化されているではありませんか?」


 前半は完全に死語だが、後半の情報は合っている。近頃の歴史ものでは女体化は決して珍しくない。その通りだと頷くしかない。


「あなたが本当の神様だという事は分かりました」

「なんか上から目線でムカつきますが良いとしましょう」


 と言うか、それ以前に神社をこの料亭風の場所へ変えた時点で半分理解していた。


「それでこれから俺はどうなるのでしょうか? 髪は生えてくるのでしょうか?」

「生えてきますよ、それが聞き受けた願いですから」


 やったっ! これで再就職も決まるだろうし、女の子にもモテモテになる筈だっ!

 へっ? そうはならないって? そんな事無いさ。今に見ておけ。


「ただねぇ~」


 しかし、髪の神様、藤原さんは途中で言葉を言い淀んでしまう。何か不具合でもあったのだろうか?


「実はあなたのハゲ遺伝子が呪いの域でしてね。このままでは髪を生やしても一週間も持ちません。しかし私には人間の遺伝子を書き換えられるほど強力な力を持った神では無いのですよ」

「ええっ!?」


 なんたる事か。まさか自分の遺伝子が抜け毛を導いていたとは。しかし思い当たる節はある。まず、会社を辞めても髪の毛は戻ってこなかった。これは抜け毛の原因がストレスによるものでは無く、遺伝が原因だったからだ。

 そして死んだ父も祖父も曽祖父もその前も皆、若ハゲでツルツルだった。納得したぜ。


「なにか解決方法は無いのですか? 死ぬまでハゲはつらいです」

「一つだけ方法がありますよ。あなたのハゲの原因は遺伝子にあります。なので別世界に転生させ、その遺伝子を消すという方法が。まあ、二度目の人生のスタートいう訳ですが、別に問題は無いですよね?」

「いや、問題だらけですよね。上梨かみなし羽毛田はげたの人生、終わってますよね」


 転生したら、せっかく髪を取り戻すために十万もお賽銭箱に入れた意味が無くなる。それに俺はまだこの世界でやってみたいこと(主にゲーム)がある。さらに好きな女性もいるんだぞ。告白するまで転生なんて出来るかっ!


「”……本当にお前さんは人格が出来とるのぅ。この世界で生きていたら大人物になれたろうに……本当に申し訳ない”」


 どこかで聞き覚えのある台詞を吐きながらニヤニヤとする神様。

 この神様、もともとは武士だったはずなのにサブカルに強くないですかね。


「……それで俺はどんな世界に転生させるのですか?」

「私が生きていた時代、中世は十四世紀をモデルにしつつ近代的要素を取り入れた南蛮諸国風異世界ですね。勿論魔法も使えますよ」

「おぉ~」


 要はWeb小説でよく見られる中世風ファンタジーな異世界ってことだよな。意外といいかもしれない。


「ただ、その世界には少々問題がありまして……。魔法を使うたび、髪が減っていくのですよ」

「はぁっ!?」


 なんでよりにもよってそんな世界に転生させられなくちゃ行けないんだ。俺はハゲのせいでこの人生を台無しにしたんだぞ。確かに代償魔法はよくある魔術の一つだが、命と同じ、いや、命よりも大切な髪の毛を犠牲にしたくない。もう髪が無いのは嫌なんだ。


「ハゲ特有の面倒くささを発揮しますね。それに転生するのですから、次は髪の毛ふさふさですよ。……多分」

「でも転生してもまたハゲかも知れないし、髪の毛を減らすなんて悪魔の所業出来ませんよ」

「……高校生なら不安な素振りなんて見せずに即座に転生させてと言いますよ」

「俺はハゲたおっさんですよ。あと慎重な性格なだけです」


 それに俺から言わせてもらえば、こんな転生しろと言われて即座に頷く高校生の方がどうかしている。

 高校生よ。今は髪の毛なんて大したこと無いと思うかもしれないが、転生し歳を重ね、おっさんになった時に絶対後悔するぞ。その時になって泣いたって髪の毛は帰って来ないんだぞ。


「全く、仕方がないですね。ならば御髪神として貴方へ異能力を授けましょう」

「どんな異能力なんですか? 髪の毛が減らない異能力ですか?」

「いえ、その上位互換を授けます。吸血鬼ヴァンパイアという異能力です」


 吸血鬼――それは民話や伝説などに登場する存在で、生命の根源とも言われる血を吸い、栄養源とする蘇った死人または不死の存在。

 その存在や力には実態が無いとされる。恐らく、かなり良い異能力だと思うが……。


「……なぜあなたがそんな異能力を俺に与えられるのですか? あなたと吸血鬼って全く縁が無いと思うのですが」

「いえ、そんな事はありませんよ。実は私、後天性吸血鬼なんです」


 なんと、今明かされる衝撃の真実。彼女の話によると大陸には秦の始皇帝を中心とする吸血鬼結社が存在し、中国や朝鮮半島に絶大な影響力を誇っていた、……らしい。

 彼女が髪結いを習った新羅人夫妻がその結社の一人で、彼らに吸血され後天性吸血鬼になったそうだ。……というか吸血鬼でも祀れば神様になるんだ。さすが八百万の神だ。何でもありだな。


「それで今から授ける吸血鬼ですが、異世界に合わせてちょっと変わってますよ」

「どんなところが?」

「吸血能力が変化しています。具体的に説明しますと女性の生き血を啜ると髪が生えて伸びる仕様になりました。ちなみに男性の生き血だとその逆の現象がおこりますね」


 つまり、吸血能力が完全に髪の毛に関する能力になるのか。最初は嬉しいけど使いにくいかなと思ったけど、そうでは無い。

 髪の毛=マジックパワーという図式が成り立つ異世界では、魔力が無尽蔵であるのと同義である。そう考えると恐ろしく強い能力だ。それにこれでハゲる心配をしなくて済む。


「さて今から吸血鬼を授けますので、首筋出してください。そこから吸血しますので」


 そう言って彼女はコタツから出て、俺の目の前までやってくる。神様特有の謎の光で能力を授かるものだと思ったが、吸血鬼らしく噛みついて授けるのか。なんて思いながら言われた通りに首筋を出した。


「はーい、すぐに終わりますからね」


 そして背後からがぶりと噛みつかれる。最初は少し苦痛を伴ったが、すぐに痛みは消え、ふわりとした感覚に変わる。十代の美少女に吸血されるのってなんかイイな。まあ、中身は男だが。


「ふうっ、これで完了です。しかし、ドロドロの血でしたね。中性脂肪と悪玉コレステロールが多過ぎです。これじゃ糖尿病になりますよ」

「あなたは俺の主治医か!」


 まさか吸血鬼に糖尿病を心配されるとは。一人暮らしで自炊もしないから、どうしても食生活が乱れがちだったのは本当だが。

 けどそれはもう関係ない。なぜならもう転生してしまうのだから。


「これであなたは吸血鬼、私の眷属です。おめでとうございます」

「そうですか。ありがとうございます」

「吸血鬼になったので、全体的な能力が強化されました。特に毛根は重点的に強化しましたよ。恐らくこれでハゲに悩まされることはないかと」


 そうか、それならば転生しても安心だな。ハゲなければどうという事は無い。それでも進んで転生したい訳では無かったが。


「では転生させますね。次こそは良い人生を」


 彼女がそう言って微笑んだ瞬間、俺の意識はフェードアウトした。

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