第10話 蚊とセミと夏の話 8/31
夏は蚊とセミが大活躍する。
かたや愛を探して鳴きまくり、かたや卵を生むため吸いまくる。
そこには凄まじいパワーがある。
痒みを感じて潰した蚊をまじまじとみると、まつげののような手足と触覚、黒い米粒のような腹、そして今さっき吸われた血。お馴染みのシルエットは、エネルギーをすっかりなくして縮こまる。どこから家の中に紛れ込んだんだろうか。
セミも近頃は、電柱の根本に転がっている。セミの腹はなぜか白い。白い腹、茶色い羽、黒い目、畳まれた手足。ひっくり返った体からはもう鳴らないギャビーギャジーの音が、想像の中で響く。
夏は好きじゃなかった。
シルエットを隠すとなると、押さえつける方法が1番効果的なので、夏の暑い中、まるでコルセット装着状態。加えて長袖、その上に長袖の冬物のパーカー。こんなの茹で上がるわ。
しかし、それが最善で、合理的な判断として処理される現象が起こってしまう状態の中、夏は天敵であった。外を歩くのも、楽しくない。
Tシャツ一枚、半袖一枚、白シャツ、メッシュ、クールビズ、無縁。
去年までは、茹だった頭で、ぼんやりとした憎しみと諦めを感じていた夏だった。
今年の夏はいい。
暑いのがなんだか、愉快だ。
セミが鳴いて、蚊もプーン。そして自分はTシャツ一枚。声も変わって人も怖くない。
出来ないことは数え切れないけど、ある点においては去年の数千倍生きやすい。
人と話したい。出来ることをしたい。
自分が若い気がする。今を作れる感覚がする。
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