バイク小屋にて。
@yugamori
自分が無いんじゃなくて、勇気が無いだけってやつ。
「新しいパーツ手に入ったんだよ」
そう言ってヤナギは嬉しそうに夕陽みたいな鮮やかなオレンジ色のバイクパーツをユキトに見せた。ユキトは色の鮮やかさくらいしかその良さが分からず、いったいヤナギがどう喜んでいるのかが分からなかったが、けれどバイク好きのヤナギがここまで喜んでいるならきっと凄い代物なのだろうとユキトは思った。
「昨日倉庫街のジャンク屋で見つけたんだよ。この色のボディパーツはなかなかねえんだよな」
「なんか値打ちもんなのか?」
「いや無名のだろうな。500円で買ったぜ」
ぜんぜん市場価値はなかった。けれどヤナギが自分の価値観で選んだのだから、そこがユキトはヤナギの大きな魅力だと思っていた。自分にしっかりと価値観があって、その価値観に沿って動く。このヤナギのバイク小屋も、ヤナギの心の中身がそのまま詰まったようなスペースだ。アメリカンな雰囲気のインテリアに包まれながら、どこから拾ってきたのかと思うようなボロボロの椅子の上に、小ぎれいに手入れされた観葉植物。だれのか知らない画家の絵、ヴィンテージのミリタリージャケットが壁にかけられ、隅の本棚にはマンガや写真集が所狭しと並べられ、散らばっている。
「いいよな。こういう好きなものがハッキリしてるってよ」
ユキトはぽつりと言った。趣味らしい趣味がなく、みんなが好きなものをそれとなく触れるだけのユキトにとって、ヤナギは異星人ばりに違う人種だった。その好きなものがハッキリしているヤナギに憧れもありながら、ユキトはヤナギも見ている。
「それ前も言ってたけどよユキト。おまえの場合は好きなものがないんじゃなくて分かってねえだけだっつうの。人と同じことやろうとしてんの無意識にあんだよ。人と違うのがヤダとか、そういうのが邪魔してるはずだぜ」
ヤナギはさっき惚れ込んでいたバイクパーツを手にしながら、工具を使って取り付け作業をしている。ヤナギの言葉にユキトはドキッとした。ヤナギは好きなものがハッキリしている反面、嫌いなものもハッキリしている。それこそ、人の好き嫌いもハッキリしているから、ヤナギに好意を寄せる人間と敵意を向ける人間もハッキリしていた。
ユキトはそれが怖かった。だれかに嫌われたり疎まれたりすることが苦手だから、その思いから人と同じものに触れて、人と同じ意見を言っているという自覚は薄々あった。それがハッキリしたのは、ヤナギと仲良くなってから顕著だった。2年になってクラスが一緒になり、妙に気があってからユキトはいままでにいないヤナギがとても新鮮だった。反面、どこかで嫉妬している自分も知っていた。その理由が、まさにそうだった。
自分の好きなことをするということは。自分の嫌なことにも向き合うということ。好きと嫌いをハッキリさせるのは。好きと嫌いを他人から向けられることでもあるのだから。
「ユキトはすぐになれんの知ってんだろ。俺みてえによ」
うつむいていた顔をユキトが上げると、ヤナギはバイクいじりの手を止めてユキトをじっと見つめていた。
「話が合うってのはそういうことだ。ほかのやつらみてえに周りに埋もれて生きてえだけのやつが、俺とこんなに仲良くしねえよ」
「……そうだな」
「こっちは楽しいぜ。覚悟が決まったらいつでも来いよ」
ヤナギがニッと不敵に笑った。このあふれる自信も。ユキトはヤナギの好きなところだ。
「……俺ギター買おうかと思ってんだ」
ユキトがボソっとつぶやいた言葉に、ヤナギが思い切り立ち上がった。
「いいじゃねえか!」
ヤナギの声にユキトは思わずビクッと体をはね上がらせた。そして大きな声で笑った。
バイク小屋にて。 @yugamori
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