第11話 11番ホール:プロジェクト始動


翌日16時から、一色食品福岡支店新社屋プロジェクトの第1回目の打ち合わせが開催された。営業だけでなく、設計部門、コンサルティング部門、資材部門、検査部門、経理部門、総務部門からチーム要員が選抜された。総勢20名近い社員が会議室に集まった。


この中には、田之倉と由佳ちゃんも加わっていた。営業のオレや設計の渡瀬あゆみさん、検査の増田真一くんも含めて今年の新人が5名も入っていた。

極めて異例の事らしかったが理由は後で分かった。


皆、特に新人は緊張した面持ちで着席して、会議の開始を待っていた。


巽部長が最初に挨拶し、末木課長進行による各部門の紹介が行われた。

その後、各部門の役割分担、今後の進め方について説明が行われた。

今日は顔合わせがメインの打ち合わせだったが、一色食品から入手した計画書は

全員に配布され、次回打合せまでに内容を精査することになった。


営業の役割は、一色食品との良好な信頼関係を築き、お客様のニーズを把握する事。さらに、競合情報の入手も大事な役割だ。


最後に巽部長から一言あった。

「これから長丁場になりますが、皆さんよろしくお願いします。提案書作成にあたっては、皆さんの叡智を結集して、お客様に喜んでいただきましょう」


それから、と一呼吸おいて言葉を続けた。


「今回プロジェクトを立ち上げるにあたって、新しい取り組みをしました。

ご存知のように、メンバーには今年入社した新人が5名入っています。

これまでのチーム編成では考えられなかったことです。一色食品の一色常務から伺った、若い人にチャレンジするチャンスを与えるという話を聞き、これは当社でも是非やろうと考えました。新人の5名は不安もあると思いますが、経験を積んだ社員では見えない皆さんの意見を忌憚なく出して欲しいと思います。失敗を恐れず、頑張ってやり遂げましょう!」


新人5名が選ばれた理由がこれで分かった。新人5名で集まって打ち合わせをやってもおもしろいかもと思ったのは、オレだけだろうか。

会議終了後は、新人5人が残って部屋の片付けをした。


「こんな大きなプロジェクトに今年の新人が5人も入っているなんて、今まで無かった事なんだよな」田之倉が口を開いた。

「そうよね。経営理念とはいえ私もびっくりしたわ。」渡瀬さんが言った。

まだ会議室に残っていた榊原さんが、その会話に入ってきた。

「一色食品さんは、とにかく失敗を恐れず若い社員にチャレンジさせることを理念として掲げているのよ。今回の引き合いも、そのお陰ね」

「そのお陰とはどういう意味でしょうか?」今度は増田くんが質問した。

榊原さんは引き合いまでの経緯を簡単に説明し、新人の沢田くんにチャレンジさせようと一色常務が引き合いを出したものだと答えた。


「でも、沢田くんは他社の人間ですよね?」渡瀬さんは疑問をとことん追求するタイプのようだ。

「そこが一色食品の凄いところよ。自社の社員に拘っていないのよ。なかなかできることじゃないわよね。それに若い人の転職も応援しているらしいの。自社で学んだことを世の中で活かすなら、どこの会社でも構わないっていうこと。

一度退職しても又雇うこともあるらしいわ。そんな会社私も聞いたことないわ」

「懐の大きな会社ですね。」田之倉が感心して言った。

「逆に離職率は低いらしいわ」


世の中にはいろいろな会社があるものだ。

「そういうことなら、僕たち新人5人だけで意見交換したらどうだろう。三人寄れば文殊の知恵とも言うだろう」

田之倉も良いこと言うが、珍しいことわざを使うものだ。


「オレも賛成!」同意見のオレも大賛成だ。

由佳ちゃんも渡瀬さんも賛成した。俺たちはL I N Eで、“一色食品P”というグループを作って連絡を取り合うことにした。事務局は営業であるオレの役目になった。


取り敢えず1回目は、明日みんな都合が良いと言うことで居酒屋で開催することにした。

由佳ちゃんが、

「沢田くん、結局飲みたいだけなんじゃないの??」

やっぱり最近千夏に感化されてきたようだ。田之倉にもアドバイスしておこう。


「そんなことないよ。頭に燃料補給した方がみんなもいい知恵が出るだろう!」オレはニヤッと笑って答えた。


かた付けも終わり席に戻ったオレは、先ほどの会議の議事録を明日出席者に配布するため、せっせと作成していた。

既に定時は過ぎていたが、30分ほどで作れるだろう。

さあ、いよいよこれからだ。巽部長や一色さんの期待に応えたい。そう強く思えた。


一色食品の計画書を確認しながら議事録を作成した。あっという間に1時間が過ぎていた。

パソコンのディスプレイにメール着信がポップアップされた。


メールはゴルフ部事務局からのもので、来週月曜日定時後に部会を開催すると記載されていた。議題は、来月末に開催される企業対抗戦の選手決定というものだった。


まだ正式には決定していないものの、部員であれば選手が誰になるかはほぼ知っていた。残念ながら、今回オレは対象外だ。合宿も含め、4ラウンドの平均が90ストロークでは、残念ながら絶望的だ。考えているうちに、無性にクラブを振りたくなった。


議事録も仕上がったのでそろそろ帰ろうとしたときに、胸のポケットにあるスマホが振動した。田之倉からのL I N Eだった。この後時間があるなら、飲みに行かないかという内容だった。


明日も新人5人で行く予定なのに、なんだろう。何かあったかと思いながら、

“時間は空いている。すぐに出れるよ”と返事をした。

机の周りを片付け1階に降りると、既に田之倉が待っていた。


「お待たせ。」

「悪いな。急に付き合わせちゃって」

「大丈夫だよ。駅前の居酒屋に行こうか」

「ああ、そうしよう」


田之倉もオレも居酒屋まではほとんど口を聞かなかった。田之倉が何を話したいのか見当がつかなかったが、話すまで待つことにした。

居酒屋についてすぐにビールとつまみを注文した。


「ゴルフ部からメールが来てたろ」オレは頷いた。

「ちなっちゃんとはどう。うまくいってる?」

オレの質問は無視され、突然こっちの話になったのでびっくりした。


「ああ、何とかね。お互い楽しくやってると思うよ」

「そう、良かった。」どうも今日の田之倉は、会話がチグハグというかスムーズではない。だんだん、オレの方がムズムズしてきた。


「あのさあ・・・」やっと本題に入りそうだ。その時、店員がビールを持ってきた。

「お待たせしました!生2つねえ!!」せっかく始まりそうだったのに、田之倉も間が悪い。


「今日もお疲れ・・」雰囲気のおかしい田之倉の発声だ。

「お疲れさん」そう言って、オレは3分の1ほど飲み干した。

相変わらず、最初の一口は生き返る気分だ。


「それで、何?」田之倉の目を見て聞いてみた。

「あのさあ・・」悪いとは思ったが、少し可笑しくなった。

「何?言ってみろよ」

「ゆかさんのことなんだけど・・・。」

“ゆかさん”と聞いた瞬間、誰のことか分からなかった。


「“ゆかさん”って、資材の由佳ちゃんのことかあ?」念の為、確認した。

「他にいないだろう!」少しムッとして言った。何もオレに当たらなくてもいいだろう。

「さっきの会議でも気になって仕方ないんだよ。どうしたらいい??」


そういうことか。本気で由佳ちゃんのことを好きになって、気になって仕方がないということか。

まるで小学生みたいだ。プライベイトを仕事に持ち込んではいかんと言おうと思ったが、田之倉の表情を見ているとそれも言えなくなった。


「どうしたらって。自分の気持ちをぶつけるしかないんじゃないの。考えているだけじゃ何も進展しないと思うし」名前は“爽”のくせに、全然“爽”じゃない。

「大樹はいいよな。ちなっちゃんから迫られたんだから・・・。」


そう言われるとそうだが、目の当たりにして言われると、ムカついてくる。

自分のことを思い出して、あることを思いついた。


「どうだろう、由佳ちゃんを食事に誘ってみたら。例えば、いい店を見つけたから食べに行こうとか。あくまでも軽い感じで、どう?」

「情けない話、僕は今まで一度も女性を誘ったりした事ないんだよ」

オレも田之倉に合わせて応えた。


「あのねえ、オレも情けない話、女の子に声かけたり“付き合ってください”なんて言った事ないんだよ。彼女いない歴22年だったんだから」

「僕の事おかしいかい、大樹」

「おかしい訳ないだろ!」

オレまで本当に情けなくなってきた。田之倉は黙り込んで、だんだん泣きそうな顔になってきた。


「分かった!オレが何気なく由佳ちゃんと食事に行きたがってると、匂わせてみるよ」

「本当に!ありがとう、大樹!!よろしく頼むよ。」

田之倉は急に元気になった。まるで高校生の青春ドラマで出てくるような場面だ。

「今日は僕が奢るよ。好きなだけ飲んでくれ」全く急転直下の上機嫌だ。


しかし参った。田之倉の為だから何とかしたいが、如何せんオレにいは女性経験が不足している。ゴルフと同じだ。そうか、ゴルフと一緒なら経験豊かそうな人間に相談すればいい。部長は人生経験も長いから期待できるが、まさかこんな話をもっていくわけにはいかない。榊原さんも良さそうだが、30過ぎて独身の女性に相談するのもどうしたものか。


結局、千夏に相談するのが良さそうだ。正直経験豊富であって欲しくはないが、

この際だから致し方ない。女心もよく分かるだろう。


それからの田之倉は、えらく饒舌になった。それだけ純真なやつなんだろう。

なんて役を引き受けたんだろうと思いながら、オレはやけくそ半分、田之倉はおそらく期待全開で美味しい酒を飲んだ。


「そう言えば、明日一色食品の打ち合わせを夜やるんだよね」

田之倉は目を輝かせて言った。オレは、明日決行しろという合図だと感じた。


「そうだねえ〜」半分酔ったフリをして流した。

「由佳さんもくるんだよね」

由佳さんかあ。初々しくて、田之倉が可愛い。

変に絡まれるのも面倒なので、

「任せとけって、作戦考えるからさ」

「大樹、頼りになるよ。ありがとう!」ホント可愛いやつだ。


家についたのは、既に11時を回っていた。

田之倉との約束が頭から離れず、千夏に相談することにした。


「どうしたの?こんな時間に」良かった。千夏はまだ起きていたようだ。


「悪いな。こんな時間に。実は一大事が起きた!」

「なに、一大事って?スイングが分からなくなった?」

「違うよ。一人の男の人生がかかっている」

オレはさっきの田之倉の話をして、アドバイスを求めた。


「友達の悩みを聞いてあげるのはいいけど、男の大樹がそんなことしたら、多分藪蛇になるわよ」そう言って千夏先生は続けた。


「自分に告白もできない男性を、女性の心が揺れると思うの?」おっしゃる通り!

「それで?」

「仕方ないわね。私がそれとなく由佳ちゃんの気持ちを確認してみるわ。少し時間ちょうーだい」

「そう言ってもらえると助かるよ。でも時間がないんだよ。明日の夜飲み会があって、そこで二人は顔を合わせちゃうんだよ。それまでに何とか頼む!」


「また急ねえ。こういうのはタイミングが大事なのよ。もっと早く言ってくれればいいのに」早くもなにも、オレもさっき聞いたばかりだ。

「分かったわ。何とかしてみる」

「よろしく頼むよ。実はオレもこういうの苦手なんだ」

「分かってるわ。高くつくからね、覚悟しといてよ!」

「りょーかい!何でもいうこと聞くよ」

「じゃあ、ディズニーランドとシーに連れてって。おやすみ〜。」

ディズニーに関してはもちろん異論はないし、これで今日はゆっくり眠れそうだ。


翌日は、朝から昨日作成した議事録を榊原さんに確認してもらい、午前中には関係者へメール送信を終えた。

千夏に頼んだ田之倉との約束はずっと気になって頭から離れなかったが、千夏に任せるしかない。

朝、千夏と顔を合わせたときには、開口一番“ディズニー忘れないでね”だった。


定時後に行うミーティングについて、場所、時間など新人4名にメールした。

改めて、一色食品新社屋の計画書を最初から見直した。この計画書には、彼らの想いが詰まっている。


提案する内容は、この計画書以上のものを作って納得してもらいたい。

千夏からL I N Eが入った。由佳ちゃんと昼食を外で食べることになったと書かれていて、その後話をすることになった。


千夏と由佳は、12時きっかりに1回のロビーで待ち合わせをしていた。

目的地は会社から5分ほど離れた、洋食屋だ。


「由佳ちゃん、意外と空いていて良かったわね」

「珍しいわね。いつも混んでいるのに」二人は店の奥の席に案内された。

「なにしよっかなあ。ここのランチボリュームの割に格安よね」二人してそう多くはないメニューと睨めっこして、結局“シェフお任せランチ”に落ち着いた。

「そう言えば、一色食品さんのプロジェクトに新人5名が選ばれたんですってね。由佳ちゃんも凄いじゃない」

「新人教育みたいなもんよ。大樹くんも田之倉くんも一緒だから、心強いわ」

田之倉の名前が由佳から出たので、千夏はシメタ!と思った。


「二人とも対照的な個性だから面白いんじゃない!」

「そうね。いい意味で二人ともね。昨日のプロジェクトの田之倉くんは良かったわ」


会議終了後に、新人5人でチームを作って検討しようという提案の話をした。

千夏も田之倉がそんな提案するとは、ちょっと意外だった。


「へえ〜、マジで爽くんがそんなこと言ったんだ。ちょっと信じられない。」

千夏は田之倉のことを少し落とし気味に言って、由佳の反応をみた。

「そんなことないよ。格好よかったわ。みんなを一つにするような雰囲気があったもの」

千夏は心の中で“ニヤッ”とした。


「そう言う一面もあるってことね。男って分からないものね。そう言えば、この間田之倉くんも由佳ちゃんのこと褒めていたわよ」

「え、なんて言ってたの?」

「なんだったかな。」千夏はとぼけて由佳を少し焦らした。

「田之倉くんって彼女今いないんだよね。」

「入社した頃はそう言っていたわね。そう言えば、千夏ちゃんは大樹くんとどうなの?」

ヤバイ。まだ由佳ちゃんには言ってなかった。今はこっちの話は避けたいところだ。


「まあまあかな。いつもの調子でやっているわ」千夏は話を変えようと、

「そうだ、田之倉くんねえ、由佳ちゃんのこと気にしてたわよ。多分だけど・・。」

「気にしてるって、どう言う意味?」

「そう言う意味よ」千夏は気を持たせるような言い方をした。

「由佳ちゃん、今付き合っている人いないんでしょ。」

「ええ、いないけど」

「田之倉くんのこと、気になってたでしょ」

千夏はここだとばかり、追い込みに入った。

「気にならないって言ったら嘘になるけど。でも、入社してからまだそんなに経ってないし、いつも近くにいるから。」

そんなに経ってないって、私と大樹はどうなっちゃうの?


「じゃあ、今度食事でも行ってみたら。彼の気持ちもわかるかもしれないし、由佳ちゃんの気持ちもね」口には出さないものの、満更でもなさそうな感じだ。

「もしかしたら、彼から誘ってくるかもしれないけどね」よし、これで今日の夜の布石は打てた。

「そうねえ。彼良い人だし考えてみるわ」

「由佳ちゃん、考えちゃだめよ。感じるのよ。理屈じゃないんだからね。嫌だと

感じたらやめれば良いわ。友達なんだし私も大樹もいるし、どうにでもなるわ」

「そう言うところが、千夏ちゃんの凄いとこよね。私も見習わなきゃね」由佳らしい笑顔で答えた。


「由佳ちゃんには私に無いものをいっぱい持ってる。自信持って良いわよ。

これから仕事もゴルフも恋も頑張らないとね!」由佳ちゃんには悪いが、今回は

まずまずの成果だ。これで大樹とのディズニーランドが近づいた思うと、

嬉し過ぎて大声で叫びたかった。


二人はグレープグフルーツジュースとオレンジジュースで乾杯して店を出た。


千夏は由佳と別れたところで、大樹をビルのカフェテリアに呼び出した。

カフェテリアは30人くらい入れる大きさがあり、一人で集中したいときにここで仕事をすることも推奨されている。最近ではだいぶ増えているありがたい制度だ。


オレはコーヒーを二つ買って向かいの席に座った。

「どうだった?」千夏の表情から、どうもあまり芳しくなかったようだ。

いきなりオレの目の前に右手の親指を立てて突き出した。

「バッチリよ!」千夏は満面の笑みを浮かべ答えた。


「何だよ、脅かすなよ。それで・・」

千夏は由佳との会話の内容を話し始めた。


「ということは、由佳ちゃんは満更でも無い様子で、田之倉からの誘いを待っていると考えて良いのかな」

「そうね。由佳ちゃんは田之倉くんのことを意識し始めてるってとこかな。

この先は、うまくいってもいかなくても二人の問題よ。こればっかりは見守ることしかできないわ」


「そうだな。ところでいつ行く?」

「え?」

「ディズニーランド行くんだろ。」忘れてないくせに、全く演技がうまい。

「覚えていたんだ」

「決まっているだろ。約束したのは昨日だぞ」

「嬉しい!」千夏の笑顔を見てオレも嬉しくなり、抱きしめたくなったが場所を

思い出して思いとどまった。

「オレも楽しみにしてるよ」千夏と相談して来週の土曜日に決めて席に戻った。


田之倉の喜ぶ顔が目に浮かぶが、ここからが田之倉の正念場だ。

時間は早かったが、定時後すぐに田之倉を誘って会社を出て、道すがら田之倉に

説明した。


「由佳ちゃんを誘うべきだな。とっても良い娘だよ」オレは最後に付け加えた。

「ありがとう。今日ダメもとで話してみるよ」どうも弱気の虫がいるようだ。

「自信持てよ。田之倉らしく自分を出せば良いんだから」田之倉と由佳ちゃんには是非良い関係になってほしいと心から思った。


お店にはまだ誰も来ていなかった。予約した個室は8人部屋で十分余裕があった。

さてこれから二人のためのセッティングが必要だ。オレは幹事役なので、入り口

近くの席だ。田之倉は今回の言い出しっぺなので、上座の中央に座らせた。

由佳ちゃんは田之倉の隣に座ってもらって、後は空いてるところだ。


他の3人は時間通り来た。3人入ったところで襖を閉めようとした時、もう1人現れた。


「なんかいいのかな?来ちゃったけど・・」千夏だった、何で来たんだ!?

「会社出たら千夏ちゃんにあってね、渡瀬さんと増田くんに話したら喜んで賛成してくれたから誘っちゃった!」今日の由佳ちゃんはハイテンションようだ。


「如月さんなら大歓迎だよ!」増田も嬉しそうだ。

「田之倉くんも良いよね?」オレには聞いてくれなかったのは、少し残念だが我慢した。

「全然構わないよ。千夏ちゃんなら意見出してくれると思うよ」

という事で、一色食品新社屋建設プロジェクト新人チームの楽しい会合が始まった。


乾杯をした後、千夏が初参加ということもあり、オレから改めて今回の案件の概要を説明し情報を共有した。その後は、田之倉に進行を任せた。

田之倉の提案で、自分ならどういう環境で仕事をしたいかというシチュエーションで何を求めるのか自由に発言する事になった。但し条件として、人の発言を否定や反対はしない事、そしてできそうもない事でも何でも良いというものだった。


それでも最初は皆遠慮がちだったが、アルコールも入り始まってしまえば色々な意見が出された。

会社にプールやジムがあったら健康にも良い、温泉があったらお肌にいい、お菓子コーナーが角フロアーにあったら最高、森林浴のできるオフィスは仕事に集中できるとか、いろいろだ。オフィス一つとってもいろいろな環境があるものだとつくづく感心した。

熱気を帯びた会合は、延々と3時間以上続いた。



最後にこの会合を正式に会社に認めてもらったらどうかとオレは提案した。

議論の中身は、採用されるされないにかかわらず、会社にとっても必ずプラスに

なるだろうしオレらの勉強にもなる。これには全員賛成してくれた。

そして、相談する幹部は巽部長がいいという事になり、オレに任された。

全員満足のいく会もお開きとなり、今日は二次会もなく皆帰路についた。


店を出て俺と千夏は、田之倉と由佳ちゃんと少し後ろを離れて歩いていた。

二人を観察していると、何やら楽しげに会話している。問題は何を話しているかだが、ここからでは会話の内容までは聞こえない。


「何話しているのかな?」千夏も気になるようだ。

「由佳ちゃん、会議の最初からハイテンションみたいだったけど」

「そうねえ。気持ちが昂っていたのかもね。今日の田之倉くんは、いつにも増して格好良かったわ」

「ああ、俺もそう思う。あのまま二人でどこか寄っていけばいいのにな。ホテルに直行とか!?」

「なんで男ってそんなことしか考えられないのかなあ・・。私は寂しいよ、大樹!」

ほんのジョーダンのつもりが、怒らせてしまったかもしれない。

駅に着いて、改札のところで解散になった、


帰ろうとしていた時、田之倉が寄ってきた。

「ちょっと由佳ちゃんとお茶していく事になったから。」照れ臭そうに言った。

「そうかあ、良かったじゃない。頑張れよ!」

千夏の方を見たら、由佳ちゃんと話をしていた。そういうことねと一人で納得した。


二人を見送った後、俺と千夏ももう少し飲むことにして近くの居酒屋に入った。

「さっき由佳ちゃん、なんて言ってた?」

「田之倉くんに誘われたって。嬉しそうだったわよ」

「そりゃあ良かった。まさか、こんなにうまくいくなんて。俺も嬉しいよ」

「私は分かっていたけどね。お似合いの二人よ」

「ハイハイ。参りました!」


「ところで、ゴルフの練習はしているの?」

「今週は行けてない。家でパターだけは転がしているけど、なかなか仕事との両立は難しい」

「あら、早くもギブアップ宣言ですか!?」

「夜も寝ながらイメージトレーニングしているよ」

「二日酔いの頭で?」

「そうなんだよ。酔っ払ってるからドライバーが当たらない」

「ばっかみたい!!」

千夏とのこうした軽い会話はいつしても楽しい。


「ところで新人チームを格上げする理屈をしっかり考えないとな」

「巽部長ならわかってくれるわ。心配ないわよ」

「もし部長が賛成してくれたら、できたら部長からチームで検討するよう指示を出してもらったほうがいいと思うんだけど、どう思う?」

「う〜ん、難しいわね。ある意味、新人社員から言い出すっていう事にポイントがある気もするし、かといって新人ごときと思われるかもしれない」


千夏はやっぱり分かっている。少し間を置いてから言った。


「ここは素直にチーム結成の経緯と方針を正直にぶつけてみるかな」

「それよ!それがいいと思うわ。部長なら話を聞いてくれるわ」


その後は、ディズニーランドの話で千夏は盛り上がり、その様子を見て俺も盛り上がった。

どうやら千夏は、スプラッシュマウンテンとかホーンテッドマンショ見たいな絶叫系が好きらしい。対して俺は高いところが大の苦手だ。


間違いなく、その類のアトラクションに強制連行される。途端に憂鬱な気分になった。田之倉の楽しそうに話す顔が、ふと頭をよぎった。


翌日、まずは榊原さんに新人チームのことを相談した。榊原さんは素晴らしいことだと褒めてはくれたが、プロジェクトとの棲み分けを明確にしておく必要があると言った。


更に何故千夏が参加しているのかと聞かれ、本当のことを話した。

会社として認めてもらうには、このプロジェクトに必要だと思われなければならない。

そういう意味であれば、会社での社員の生活環境をより良くするための施策を

このチームで纏め、それを社屋に反映させるということであれば大義名分となる。


部長の予定は空いていたので、榊原さんも一緒に行くと言ってくれた。

巽部長に新人5人のチームを作る計画を説明した。部長は黙って俺の話を聞いていた。


全ての説明が終わってから、部長は口を開いた。


「今年の新人は頼もしいね。今までこんな提案はあまり聞いたことがないな。

どうだ榊原くん?」

「はい。私も聞いた事はありません。先ほど沢田くんから説明を受けた時には、頼もしく思いました」

部長は頷いた。


「それでだ。今回のプロジェクトは、一色食品の社風を取り入れ新人を5人加えた。それを更に進めるという事だな」

部長はしばらく考えた後、言った。


「いいだろう、検討しよう。ところで君ら5人は覚悟はできているんだろうな。

今の職制に加え兼務と言う事になるし、会社の組織として認めることになるんだ。どうかな?」

今度は俺が少し考えて答えた。ここは腹を据えて発言しなければならない。

巽部長の目をまっすぐ見て言った。


「はい、中途半端にやるつもりはありません。覚悟してやります」

「分かった。君らを信じよう。少し時間をくれ」

「部長、新人という事であれば、如月さんも営業として経験を積ませるためにこのチームに加えたらいかがでしょうか?」榊原さんが提案した。


「如月くんかあ。是非経験させたいが、それを言い出すと他の部署でも出したいと言ってくるかも知れんしな。あまり規模は大きくしたくないだろう。5、6人が一番意見が纏まり易いしな」


千夏の件も検討すると部長は言ってくれた。

俺と榊原さんはお礼を言って席を離れた。どっと疲れた気がした。


席に戻り榊原さんが言った。

「取り敢えずは良かったわね。沢田くんもよく言い切ったわね。これで逃げられなくなったわよ。性根をすえてかからないとね。他のみんなにもしっかり伝えといてね」


巽部長の動きは早かった。社長初め関係する役員に説明し、新人4人が所属する部長とも話を進めた。俺は4人と千夏に、部長との会話の内容を伝えた。


翌日の午後、榊原さんと俺は部長に呼ばれた。席には末木課長もいた。


「昨日君らから提案のあった話だが、結論から言うと社長初め幹部の皆さんから、条件付きだが認可をもらった。良かったな」さすが部長だ。

「ありがとうございます。ところで条件とは何でしょう?」俺は聞いた。


「大したことはない。まずは臨時職制として時限付きだ。全員今の部署と兼務。

そしてこのチームのリーダーとして榊原くんを加えること。それからオブザーバーとして総務部の白川さんを加えることだ。


チームとして動く以上、成果物を出してもらわなくちゃならん。先輩の二人がいれば、纏め方も良く分かっているし効率がいいからな。チームとして7名になるが、榊原くん頼むよ」


榊原さんもやや緊張した面持ちで頷いた。榊原さんの表情を見て、これはどうも

大ごとになったと感じた。榊原さんも巻き込んじゃったかな・・・。


部長は言葉を続けた。


「今回は一色食品さんのため検討チームだが、今後のビル建築における一つの指針にもなりうる。いろいろなパターンを構築することができれば、提案活動でも役立つしな。

それと幹部の皆さんも、私が話した限りではとても好意的だったよ。新人のやる気に驚いていた人もいた。それだけ期待されていると言うことだ。

それから、社長が君ら全員と話をしたいと言っている。急で申し訳ないが、明日17時から時間を開けといてくれ。詳細は秘書から連絡があるはずだ。以上だ。」

皆席を立った。


「私がリーダーとは驚いたわ」榊原さんが話しかけてきた。

「どうも巻き込んでしまったみたいで、すいません」俺は神妙に謝罪した。

「何言っているのよ。私もワクワクしているんだから!こんなチャンスはそうは無いわ」


よほど嬉しいのか、さっきの緊張した表情とはまるっきり変わっていた。

「沢田くん、みんなに明日の社長の話の後に打ち合わせをやるから連絡しといてくれる。よろしくね」

そう言って、一色食品新社屋の計画書を読み始めた。


そういえばチームは7人だから千夏は外されてしまった。まあ部長の言うこともわかるし、後で慰めてやろう。


翌日の社長との面談は、皆緊張感に包まれていた。幸いゴルフ部に所属していた俺や田之倉は以前話をしたこともあって、少しはマシだった。そんな中、榊原さんがいてくれたことは心強かった。


社長から激励の言葉を頂いたが、俺たちが想像している以上に期待されているのがよく分かった。そして今回のプロジェクトについて一人ひとりの意見を聞かれ、皆それぞれの想いを伝えた。社長はじっと耳を傾けていた。


俺は、今回の引き合いの経緯から、一色食品さんの期待に答えたい、そのために何をすべきか、何ができるかを考えたことを説明した。


最後に社長から一言あった。

「諸君も知っている通り、当社も来年で創立70年になる。会社は常に変化しなければならない。というのは、知らず知らずのうちに時間の経過とともに会社というのは、固まってしまうことが多い。“固まる”と言うのは、従前のやり方が当たり前として改善しなくなる事だ。それを変える為には今までに無い発想で仕事に携わることが大事になる。

しかし言葉で言うのは簡単だが、“変わる”と言うことはそう簡単ではない。


“変わる”事に恐れを抱く者、あるいは面倒だとか大変だと考える者が必ずいる。

それは、君達の先輩にあたる社員だ。ちなみに先輩社員の名誉のために言っておくと、決して否定している訳では無いからね。まだ会社に入って半年も経たない君たちには、理解することは難しいかも知れない。

だが君たちには、是非君たちの真っ白な発想を会社にぶつけて欲しいと考えている。これからいろいろな事があるだろうが、今回のチーム発足はその一つだ」


30分ほどの面談ではあったが、社長の想いや考えを直接聞くことができ、当然の事ながら皆の士気はメッチャアップした。


社長との面談が終わってから、榊原さんをリーダーとして打合せが行われた。

冒頭、榊原さんからA4用紙5枚のパワーポイントで作成されて資料が配布された。


「改めて自己紹介するわね。榊原です。入社7年目で営業一筋でやってきました」

皆の顔を見渡しながら話を続けた。


「昨日、巽部長からチームのリーダーを拝命しましたが、私の役割はこのチームがスムーズに進むよう協力する事と皆さんの意見を纏める事です。

よって、何も遠慮せずどんどん意見を言ってください。要は皆さんの意見であれば、私は反対するようなことはしません。意見は言わせてもらいますけどね。

それでは次に皆さんに自己紹介をお願いします。と言っても、皆同期だからお互い

知っていると思うけど、私は初対面の人もいるのでよろしくね」


榊原さんを見ていると、貫禄というかリーダーの資質を持っているように感じる。メンバーの自己紹介も終わり、榊原さんは配布した資料の説明をした。


「配布した資料を見てください。この資料は簡単に言うとチームを潤滑に進め、

何をすべきか、成果物は何か、そして各自の役割やスケジュールを記載した物です」

そう言って、1ページ目から説明を始めた。


榊原さんの企画力や書類作成能力は恐ろしい。昨日の今日で、もうこんな立派な資料を作ってしまうのだから。資料の説明が進むと同時に、質問や意見が活発に出された。


新人チームに与えられた時間は約2ヶ月。そして俺の役割は一色食品のニーズを更に把握する事と、業界の動向や最新のオフィスビルの仕様調査だ。

既に2時間が経過していた。


「それじゃ、今後の進め方はみんないいわね。次回打ち合わせは、来週月曜日の5時から。それぞれ兼務で大変だと思うけど頑張っていきましょう!」

それぞれの想いを心に秘め、解散となった。


オフィスに戻ろうとすると田之倉が寄ってきた。

そう言えば、由佳ちゃんとどうなったんだろ。報告があって然るべきと思うが・・・。

「今日この後時間ある?」

「ああ、大丈夫だよ」

軽く返事をして、15分後に玄関前で落ち合う事にした。


席に戻りメールの確認だけして帰ろうと思った俺は、5通の未読メールのうち、

T K Cの白石さんからきていた1通のメールを開いた。

内容は、相談したい事があるので連絡が欲しいとのことだった。早速登録してある会社の番号に電話した。

あいにく白石さんは打ち合わせ中とのことだったので、

明日電話するとお伝えいただいた。


「ゴメン、待たせっちゃったな」5分遅れで玄関先にいた田之倉に声をかけた。

「こっちこそ忙しいところ悪いな」俺たちは駅前の居酒屋に向かった。


今日の渋谷の街は、人通りが少ないような気がした。

人混みが苦手な俺は、この10分の1くらいなら快適だといつも思う。それでも相変わらず残暑は厳しくこの時間でも蒸し暑い。


居酒屋に着くと早速生ビールを頼んで、3分の1ほど飲み干した。いつも思うが、最初の一口はこの上なく美味い。


「ところで話って何?」俺は切り出した。田之倉の表情が少し硬く見えた。

「実はね、プロジェクトのことなんだけど・・・。」

なーんだ、由佳ちゃんのことじゃ無いのか!?


「ちょっと自信ないんだよ」

ん、どーした田之倉!


「やる気は十分あるんだけど、僕が想像していたのとちょっと違うと言うか、話が大きくなりすぎて戸惑ってる。皆んなどう思ってるんだろう?」


みんなの前ではあれだけ堂々としていたのに、何があったんだろう?

「どう思ってるって、面と向かって聞いてはいないけどやりがいがあると思ってるんじゃないの。田之倉もやる気はあるって言ったよね。」


「ああ、そう言ったけど。」

「難しく考えすぎてるんじゃないの?会社として俺たちのやる気を認めてくれたんだから、やるだけやって後は偉い人に任せとけばいいんだよ。上手くいかなくたって、新人の俺たちに責任なんて取らせようなんて考えてないだろし」


「そう言うものかな。どっちかって言うと、同期のみんなといい知恵が出せあえばいいかなって言う感じだったんだけどね」

意外と気楽に考えていたようだ。


「でもこうなったら、やるしかないだろ!田之倉の提案にみんなが賛同したんだし、それに由佳ちゃんも間違いなくその気になってたぜ。それに榊原さんもついてるから大丈夫だよ!」


由佳ちゃんの名前を出したせいか、田之倉の表情が柔らかくなった気がした。

やっぱり、男は女で変わるんだろうか。俺も少し変わったかも・・・。


「そうだよな。僕一人じゃないよな」

「そう言うこと!やるだけやってダメならそれまでということ。由佳ちゃんもおんなじこと言うと思うよ」

ここは、由佳ちゃんの御威光を使わせてもらおう。


「ところで、由佳ちゃんとはどうなってんの?」急に田之倉の表情が崩れた。


「何だよ、急に。」田之倉はバツが悪そうにして、

「まだよく分からないけど、またご飯食べに行く約束をしたよ」

「ほー良かったじゃん。脈ありってとこだな」

念には念を入れて、千夏にも裏を取らせよう。


「千夏ちゃんにもお礼しなきゃな。大樹からも言っといてよ」

「分かった。今度ダブルデートでもするか?」


すっかり仕事の話は忘れ、今後の人生について勝手に二人で語り合った。

俺も田之倉もとっても幸せな時間を過ごした。

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