いっぱいのかお

美里ミリ

いっぱいのかお

何かおかしいーー。

そう思ったのは、自分のクラスに入る直前だった。


誰かの怒鳴り声や、それを嘲笑う声ーー扉の前でその場の空気の悪さに思わず立ち止まる。

ましてや、その原因が普段教室の隅で静かに本を読んでいるような山本だったから尚更だ。

そして、火はそれだけではない。

あちらでは井上と飯尾が。

こちらでは花田と上本が。

内容はよくわからないが、そもそも言葉からしてオタク口調になっていたり、似非関西弁だったり、煽るような敬語だったりしている。

最早、喧嘩をしているためだけに口を開いていると思える程だ。


「今日はなんか空気悪いな」


宮野が話し掛けてくる。

宮野は僕の少ない友人の1人ーーとはいっても彼からすれば、数多くの友人の1人が僕なのだがーーである。

強い拳があれば、何でもできると思っているような脳筋であり、スマホ1つ使えない機械音痴でもある。

「どいつもこいつも修行が足りねえんだよ、修行が。心臓滅却すれば火もまた涼しってな」

そりゃ心臓が消え去ったら、火なんてなんてことはないだろう。というか、そうなったらその火は火葬のための火だけどな。


「現代政治の問題点の指摘をするだけで、左だなんだ言われるのはおかしいだろ!悪いことを悪いと思えるのが、国民主権、民主主義ってもんじゃねーのかよ!」

「論点をすり替えないでください。私が言っているのはーー」


「この構成がマジ神なんですなWWW」

「たつき氏、それはありえないでござるよWWW」


「まぢ病んだ……。グロ画像でも見て落ち着こ…………」


一部では最早相手の話を聞かず、お互いが思い思いに怒鳴り声をあげている。

実際これはどういうことだ……?

何かのフィクションで、人をイラつかせるガスといったものを見た気がするが、そういったものでもない限り、ここまで多くのクラスメイトが変貌するというのは理解できない。

違った一面、黒い部分。そんなものは誰でも持っている。

そして同時に、それを抑制する理性が人間にはあるはずだ。そうでなければ、人間関係など築けない。

何が起きたのだろう。


「おい、お前逹!静かにしろ!」


またしても大きな声で教室に入ってきたのは、しかしクラスメイトではなく、教頭だった。

「はぁ、ここもか……。いいかお前ら。どこのクラスも喧嘩が起きていて、とても授業なんてできやしない。今日は休校とする。各自真っ直ぐ家に帰るように」

そう早口に言い切ると、教頭は出ていった。


そして、家。

僕は今日の奇妙な出来事を思い返す。

思えば、過激な行動をしていたのは数人で、他の多くは、静観もしくは無視というスタンスだった。

そして、休校の連絡をして回っていたのは教頭ーー。

何故担任が来ない……?

それは、担任あるいは他の教師が一定数同様の状態になっていたからなのでは……?

なんて仮説を立ててみる。


「あほらし」


不機嫌な日だってあるだろう。

そして他の人の不機嫌に触れれば、ストレスが溜まり、それは連鎖する。

せいぜい、その辺りが落としどころだ。


考えるのは止めて、SNSでも眺めるか。

まずはトレンドでニュースチェックだ。

そういえば、朝の喧嘩ーーいまいち会話が成り立たないというか、自分の意見の押し付け合いーー妙にデジャヴを感じると思ったら、この政治トレンドのリプ欄で喧嘩してる奴らに似てるんだ。


一通り眺め終えたら、タスクを閉じゲームを起動する。

投稿はしない。


僕はROM専なのだ。

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いっぱいのかお 美里ミリ @mm6210

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