幼馴染に恋をした少女が幼馴染オタクとしての知識をフル活用して幼馴染を攻略しにかかる、絶対に幼馴染が負けない幼馴染ラブコメ

五月雨ムユ

幼馴染に恋をした少女が幼馴染オタクとしての知識をフル活用して幼馴染を攻略しにかかる、絶対に幼馴染が負けない幼馴染ラブコメ

 ありきたりでテンプレで王道で、これを読んでくれている人には本当に申し訳ない限りなのだが、しかし、それでも私は1つの事実をここで認めよう。


 私は、幼馴染の男の子に恋をしている。


 彼の名前は豊橋とよはしいずみ

 泉との出会いは──などと振っておいてアレなのだが、実は私は彼との出会いを覚えていない。物心つくころには、当たり前に泉は私の側にいたし、むしろ私の人生において泉が側にいなかったことの方が珍しいくらいだった。

 まあ「家も隣同士で、昔から何をするのも一緒だった2人」と雑に理解しておいてくれればそれでいい。幼馴染オタクであればこれできっと理解して、脳内で類似する幼馴染ペアの名前でも挙げ始めるだろうから。


 というのも、かく言う私も幼馴染オタクなのだ。

 いや、この文脈で言うと、まるで私が泉の熱狂的な信者であるかのような誤解を与えかねないので、こう言い直しておこう。

 私は“幼馴染属性オタク”なのである。


 この世の中には数えきれないほどの性癖が存在している。

 それこそありきたりな所から、巨乳フェチ、眼鏡フェチ、ニーソフェチ、太ももフェチ……他にも属性で見れば妹萌え、姉萌え、後輩萌え、先輩萌え……等々、挙げればキリがないし、無駄に数を挙げると今度は有識者の方から「私の履修しているフェチ(性癖・萌え云々)が入ってないぞ」という苦情が入りかねないので、今回はこの辺にしておくが……


 ともかく。


 そんな性癖の海の一角に、幼馴染属性萌えという島があるのを皆様ご存じだろうか。

 まあここまで読んでいる時点で、おそらく絶対ご存じだろうから詳しい解説は省くが……とにかく、そんな幼馴染沼に、この私も1人のオタクとしてどっぷろ浸かっている。


 幼馴染。それは神聖不可侵にして、まるでこの世界に神が作りたもうた絶対領域のような存在……などとその神々しさを崇めたりしつつも、しかし逆に、幼馴染属性オタクならば誰しもが抱える“闇”というものが実は存在する。


 それは俗に“幼馴染のパラドックス”と呼ばれるものである。

 曰く、幼馴染オタクは幼馴染キャラが出ている作品において、当然幼馴染キャラを全力で推す。

 しかしそういった“幼馴染属性”のキャラが、他のヒロインを抑えて主人公と幸せになるといった勝利展開はそうそう見ることができない。むしろ、負けヒロインとして途中退場することの方が多いくらいで、最悪の場合死んだり殺されたりもする。

 そういった“負けヒロイン”としての幼馴染キャラの退場を、幼馴染オタクは胸が裂けるような想いで見つめ、幼馴染キャラの勝利ルートを心の底から願う一方で、しかしその負けヒロインとしての散り際の美しさに心を奪われ、そして涙する。


 このような、心から幼馴染キャラの幸せを望みつつも、しかしその負けヒロインとしての美しさを知っている故に、散り際を見たいと願ってしまう。

 そんな、幼馴染オタクが抱える矛盾のことを、幼馴染のパラドックスというのである。


 そしてこの“負けヒロインとしての幼馴染”というテーマは、実際に幼馴染に恋をしている私にとっては、到底無視できないものなのだ。

 負け際が美しいとか、現在進行形で恋をしている乙女に言われましてもという話だ。


 しかし、実際1人のオタクとして考えた場合、確かに幼馴染キャラは負けヒロインとしてこれ以上ない適性を持っているのは確かだ。

 まず、ヒロインとしての年季が違う。

 そのキャラが物語開始時からずっと主人公の側にいるタイプの幼馴染であれ、途中参加の帰ってきた幼馴染タイプであれ、彼女が主人公と過ごした時間と他のヒロインが主人公と過ごした時間とでは天地の差がある。

 この時間の差というのは、メインヒロインに負ける相手の持つ要素として非常に重要なのである。


 例えば、ぽっと出のヒロインが主人公に告白して振られたら、それは単に「この主人公ってモテるんだね」というだけで終わるイベントであり、下手したらその後の主人公に何の影響も与えない、なんてこともあるだろう。

 しかし、もしこれが十数年来の付き合いの、それこそ家族のように思っている幼馴染を振ったとなったら?

 いや、まあそんなことをする主人公はもれなく私が殺してやるのでその先もクソもないのだが……もし死なずに済んだらば、おそらく彼はそれなりの葛藤や苦悩を心中抱くことになるだろう。

 そう、それくらい幼馴染キャラというのは負けヒロインとして有能なのである。


 ……少し、いや、結構大幅に話が逸れてしまった。

 私が話したかったのは、私自身の恋についてだ。


 長々と話したように、幼馴染というものを多少なりと勉強している私としては、是非この豊富な知識を使って泉のことを攻略してやろうと、決して負けヒロインになんかなってたまるかと、高校入学を機に私は固く決意したのだった。

 それからの私は、世の幼馴染キャラもびっくりの幼馴染っぷりを発揮していった。


 具体的には、朝彼を叩き起こすところから始まり、寝ぼけ眼の彼を急かして一緒に登校し、放課後は勉強を教えてやり、下校も当然のように一緒、両親とも帰りが遅い彼のために夕食を振舞い、そして「また明日」と言って別れる……という、我ながらうっとりするほどの幼馴染ルーティンを私は毎日こなしていった。


 見ようによっては幼馴染というよりはお母さんに近いような気もするが、しかし、私の健気な努力の甲斐あって、高校2年生になる頃には泉はすっかり私無しでは朝も起きれない身体になってしまっていた。

 嗚呼、彼をダメ人間にしてしまった。

 と、多少は反省したものの、正直反省よりも、彼を思うがままに育てているような、何かいけない種類の快感を覚え始めていた私は、まあいいかと反省もそこそこに、再び豊橋泉育成計画を再開させたのだった。

 

 しかし、そんな最中に事件は起きた。


 それは高校3年生になりたての4月、とある少し肌寒い日の放課後のことだった。

 帰りのSHRが終わり、いつものように一緒に帰ろうと泉のことを迎えに行った私は、彼のクラスメイトから「泉ならさっき誰かに呼び出されて出てったよ?」という不穏極まりない報告を聞き、何かいやーな予感を覚えることになった。


 もしかして、誰かから告白されてるとか──。


 いや、それはないだろうと思いつつも、私は無意識に校舎裏に足を運んでしまった。

 そして、そこに彼はいた。


 ……どうも、嫌な予感というものは往々にして当たるものらしく。

 そこには、後輩らしき女の子に好意を告げられ、まんざらでもなさそうな表情を浮かべる泉の姿が。


 …………仕方がない、今日は1人で帰るか。


 これ以上見ていても誰も幸せにならない。

 そんな気がしたので、覗き見も早々にその場を離脱する。


「……負けヒロイン、かぁ……」


 1人きりで歩くいつもの帰り道は、なんだか妙に寂しくて、そんなことを呟いてみる。


「……私じゃ、やっぱりダメなのかな……」


 幼馴染の私じゃ、と、そこまで考えてふと考えを改める。


 いや、違う。幼馴染の私だからダメなんじゃない。今の私のままだからダメなんだ。


 幼馴染が負けヒロインだというのなら、私は私を負かして前に進んでやる。

 私自身という幼馴染に勝って、必ずハッピーエンドを掴み取ってやる。

 

 そう決意した私は早速翌朝、泉のことを起こしに行かなかった。

 その日の2限終わりごろ、どうやら予想通り寝坊したらしい泉が廊下を走るその姿を見て、私は笑顔を浮かべ、小声で「ばーか」と呟いたのだった。

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