私と君の一年だけの関係
七草 みらい
一年限りの関係
息抜きに書いてみました。
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「付き合ってください。」
大学二年の俺こと長谷川和樹は、サークルでの集まりの最後に俺はこっそりとあこがれの先輩に二人だけの時間を確保することに成功した。
西条優月。俺の一つ上の先輩で明るく茶目っ気の強い先輩である。茶髪のショートボブが彼女の雰囲気にめちゃくちゃ似合っている。俺はそんな彼女に惚れてしまったわけだが。
俺は先輩のことがずっと好きだった。だが彼女は大学でも人気でサークルでもなかなか話す機会がなく、結果としてずっと想いが告げられずにいた。
だからこの時の俺は咄嗟に告白してしまった。場所がしかもすぐ近くの公園である。やっちまったという言葉が脳裏によぎる。でもこんな機会でもなければ告白の機会などないのだ。ちょうどの春の新歓の時期ぐらいで夜桜がとてもきれいだった。時節風で花びらが少しひらひらと宙を舞っていた。
と自分に言い聞かせる。
夜桜のように俺も散ってしまうのではとそう考えていると―――。
「んー、いいよー。」
「え?」
俺は信じられなかった。今先輩は何と言ったんだ?これは告白が成功したということなのか?今まで彼女のなんてできたことが無い男である。でも先輩はいいよと言ったのだ。
その言葉の実感が徐々にこみあげてくる。内心ガッツポーズである。もちろんそんなところを見られたら恥ずかしいのであくまでも心の中だけである。
「でもねー。」
そんな俺の思いはまたしても先輩の言葉で崩れ去る。
「一年だけだよ?」
「え?」
一年だけ?いや、一年だけでも付き合えることに感謝しなくてはいけないのだろう。いやむしろこれは俺が先輩にアピールしてもっと好きになってもらえばいいのではないか。そうすれば一年だけとは言わずもっと付き合ってもらえるのではないか?
やはり大学生とは言え、恋愛経験ゼロな俺。考え方がそこら辺にいる男子高校生並みに単純である。舞い上がりすぎである。
「よろしくね、
「え?」
耳元でそっとささやきすっと立ち去る先輩に本日何度目かの素っ頓狂な声をあげた。なんせ初めて名前で呼ばれたのだこんなにもうれしいことはない。
あぁ、もうだめだ。ますます好きになりそうだ。
そんなこんなで俺と先輩の彼氏彼女の関係はここから始まった。
◇ ◇ ◇
初めてのデートは1週間後であった。付き合えることになったことを友達に報告すると「裏切り者だ。」とか「俺たちの優月先輩を返せ!!」などと言われていたが概ね祝福してくれた。ちなみに1年間だけなことは言っていない。そこだけは流石に言えなかった。
待ち合わせ場所に到着することおよそ10分。先輩の姿が見えた。
「和樹君ごめんね、待った?」
「いえ全然です。今来たばかりですよ。」
嘘である。というのも初デートなのだ。絶対に遅れないようにしなくちゃと考えたせいか集合時間よりも30分も早く着いてしまったので少し待つ羽目になった。それでも10分後には先輩も来てくれたので結構先輩も楽しみにしてくれていたのではないかと思いたい。
そして先輩の姿を目に焼き付ける。基本的におしゃれな彼女だがこの日は一段とおしゃれをしていた。そのあまりにも魅力的な姿に見惚れてしまっていた。
「じゃあ、いこっか和樹君。」
「そうですね、先輩。」
やはりまだまだがちがちに緊張していた。いつも通りな感じの先輩を見てすごいなと感心していると先輩の顔が少しこわばったのが分かった。
「むぅー。」
「あの?先輩?」
ハムスターみたいに頬を膨らませる先輩。その姿はものすごく愛らしく俺の理性も吹っ飛びそうなほどである。
「敬語もいらないし名前。」
「いや、それは…。」
そうはいっても俺のすぐ近くにいるのは俺が大好きな人であるがそれと同時に先輩なのだ。やはり急に敬語をやめるというのは厳しいものがある。
「和樹君がよんでくれないなら別れちゃおっかなぁ。」
「…ゆ、優月。」
「うん、よくできました。」
そういう先輩の顔はしてやったりという表情だった。俺は辱めを受けさせられているのか?周りの視線もなんだか生暖かいような気がする。何とかやり返してやりたい。そう思った俺はとある行動に出た。
「ちょ、ちょっと。」
「優月、行くよ。」
俺は先輩の手をつかんだ。そして互いの手を絡め合うようにして手を握った。いわゆる恋人つなぎだ。
これには流石に先輩も効いたのか声も動揺している。やっとやり返せた。
だがその代償として俺の顔は、真っ赤である。正直めっちゃ恥ずかしい。
「ふふふ、そういうところも大好きだよ。」
「!?」
耳元でささやかれた先輩からの声に俺はびっくりした。思わず手を放しそうになったが先輩が俺の手を離さなかった。
俺が彼女から視線をそらしてしまうのも仕方がないと思う。今の顔だけは絶対に見られたくない。顔がたこみたいに赤くなっているのだ。これ以上からからかわれたら俺の身が持たないだろう。
だがこの時の俺は、先輩の顔が俺と同じぐらい真っ赤なことに気が付いていなかった。
◇◇◇
「イチゴパフェが一つとミックスパフェが一つで。」
「かしこまりました。」
あれからいろんなところを回った俺たちは、休憩もかねて近くにあるおしゃれなカフェに足を運んだ。中には女性がたくさんいて、お昼時でもないのに店は満員に近かった。すごい人気である。注文はもちろん先輩任せである。こんなおしゃれなカフェなんて来たことが無く、良く分かっていなかったのもある。
しばらく待っていると注文の品が届いてくる。なるほど、これは女性に人気があるのもうなづける。見た目からしておしゃれでいわゆるインスタ映えするものだというのがそういうのに疎い俺にもわかる。
なので先輩も写真を撮るのかと思っていたのだが――。
「んー、おいしい。」
とてもおいしそうにパフェをほおばっていた。食事をする先輩もめちゃくちゃかわいかった。恋は盲目とはこういうことなんだろう。何をしても先輩がかわいく思えてしまう。
「もーらいっと、こっちもおいしー。」
「あっ。」
そんな先輩を眺めていると、こっちのパフェにまで手を出してきた。いや食べられたのは別にいい。
問題はこっちにある。先輩が食べたのもあって俺のパフェは一部へこんだ場所がある。ここに手を出せば間接キスになってしまう。なんともったいない。
「どうしたの和樹君?食べないの?」
「いや。」
間接キスが気になって食べられませんなどと言えるわけがない。そんなこと言ってしまえばめちゃくちゃいじり倒されるに決まっている。
「分かった。私のが食べたかったんだね。はい、あーん。」
「えっ。」
どういうとらえ方をしたらそうなるんだ。でも先輩からのあーんなんて味わえる機会なんて今日しかないかもしれない。でも恥ずかしいんだよな。
「あーん。」
でもすでに俺のすぐ目の前にまでスプーンは迫っていた。ここは覚悟を決める。
勇気を出して俺は先輩のスプーンをパクリ。
「あむ。」
「どう美味しい?」
「おいしかったです。」
嘘だ。味なんてみじんもわからなかった。でもなんだか謎の達成感があった。
その後は俺もあーんさせられたりと色々あったが…。ここからは想像に任せよう。
◇◇◇
そんな感じで初デートも終わり、俺たちの関係は順調だった。
サークル内では優月先輩と付き合いだしたことでサークル崩壊か…ということもなく、いろいろ聞かれたりしたがそれまでだった。
お互いの誕生日を祝い合ったりしたし、なんならクリスマスは先輩の家に訪れたりもした。女性の部屋ということでめっちゃ緊張していた。時期が時期ということで念のために備えたりもしたがそんな甘い展開はなく、普通にお別れの挨拶をして家を後にしようとしたところで不意打ちのキスを決められて顔が真っ赤になったりもした。
お正月もいっしょに初詣に行ったりした。先輩特製おせちは最高だった。
だが楽しい時期というものはあっという間に過ぎていくもので気が付けば付き合い始めて一年目の日がやってきた。
その日は特に先輩からの連絡もなかったのでこれはもしや?と思っていたがそんなことはなく、午後7時にあの公園に来てほしいということだった。
慌てて準備をして家を出る。公園に着き、周りを見渡すとそこに先輩はいた。
「優月。」
声をかけると彼女は振り返った。月明かりに照らされた彼女はとても幻想的で女神という言葉が似合うのではと思うほどである。
「ちょうど一年前だったよね。」
「うん。」
言わなくてもわかる。俺が告白した日のことだ。
「私もびっくりしたよ。急にあんなことを言われたんだから。」
「いや、今しかないと魔が差したから。」
正直、あの日の俺はどうかしてた。告白が断れていたら俺はどうしていたんだろうか?今では想像もできない。
「ふふ、でもそのおかげで私はとても楽しかったよ。」
「俺もそうですよ、先輩。」
もともと決めていたことなのだ。俺が先輩と付き合う期間は一年間。今日呼び出したのはそういう意味だから。俺は、昔のような話し方にあえて戻した。こうでもしないと断ち切れないような気がしたからだ。
「だからさ私と…。」
俺は先輩の言葉を待った――。
「結婚してくれないかな?」
「へ?」
ちょうど一年ぶりにこんな声を出したような気がする。今の流れ俺完全に振られるんじゃなかった?どうしてその言葉!?
「だって入学当初から好きだったんだよ?それなのに一年たってようやくだったし、恋人なんていやよ。私一年も我慢したんだからね?もういいよね?」
「えぇ。」
ひょっとすると優月先輩はかなりやばめな人なのかもしれない。
…でもそんなことはどうでもよかった。先輩とまだ別れないで済むことが俺はどうしようもなくうれしかった。
「優月。」
「きゃっ。」
思わず俺は彼女のことを勢いよく抱きしめてしまった。彼女は突然のことにびっくりしたようだったけれどすぐに抱きしめ返してくれた。
「もう甘えん坊さんだね。」
「ごめんごめん。」
腕の力を抜き、彼女から離れようとした時――。
「!?」
「んっ。」
彼女の小さな桃色の唇がそっと触れた。なんだか甘い香りがした。一瞬だけのキスだった。だがそれでも俺はどうしようもなくうれしかった。
「これからもよろしく、優月。」
「こっちこそよろしくね、和樹君。」
俺と先輩の彼氏彼女という関係は終わってしまった。関係は終わってしまったが俺たちの仲がそれで崩れることはない。むしろより強固なものになった気がする。
でもそんなことよりも――。
俺は彼女とこれからも一緒にいられるだけで幸せだった。
私と君の一年だけの関係 七草 みらい @kensuke1017
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