移植
檜木 ひなた
移植
9月23日
季節は芒の波立つ秋、私は心臓癌で入院している。
今年の夏であった。私がこの病に罹っていることが発覚した。随分悪い腫瘍が私の心臓を蝕み、細胞を馬鹿にしていたそうだ。もう余命は少ない。
だが、私には希望がある。それは移植手術である。
あなたは知っているだろうか、豚の内臓は人間の内臓の大きさに近いと言われている。
だから、豚と人間を掛け合わせたクローンの内臓を移植手術に使っているそうだ。
私がはじめて其れを医者から聞いた当初、人間は生命を慈しむ心がついに腐り果てたのだと染み染み思った。然しどうだろう。人間は豚を家畜として使っている。そして同族を自分の利益の為に殺すなんて自然界では当たり前である。
私の心はそれから腐っていく。自分の命しか考えられなくなっていく。
自分の良心が日々無くなる感覚が少しずつ大きくなっている。
9月27日
今日は健康を案じる看護師の計らいによって、私は近くの公園を散策している。運が悪ければ死んでしまうと言うのに健康が大事なんて、つくづく馬鹿だと思う。
散策を始めてから数分も経たない間に私と同年齢くらいの少女を見つける。何故か此方へ駆けてくる。薄い茶色の髪と瞳の少女である。
「ちょっと君!白衣を着た、眼鏡で痩せっぽっちな男を見なかった?きっとこの後私を探しに此処へ来るから、何とか巻いて貰えないかな。」彼女の熱い息が私の額にかかる。「ああ、来ちゃう!じゃあ、お願いね!!」彼女の頭には三角形の、垂れた桃色のそれがあった。
数十秒経って、彼女の言う男が現れた。やはり彼も此方へ来る。
「すみません。此処に豚人間が現れませんでしたか。少し前に逃げ出してしまって。」
「いいえ。見て無いです。」男は小さな舌打ちをする。
「有難う御座います。助かります。」御座いますのますも言わないうちに公園の奥の方へ駆けて行った。
すると、例の少女が戻って来る。
「有難う!あっ、そうだ。あたしが何者かもう知っちゃったかな。」彼女は眼を曇らせる。
「豚人間って....。」
「そうなの。あたし、お母さんが人間でお父さんが豚なの。それで、私、来週殺されて、内臓を取られちゃうの。あっ。でもこういう生物がいるってことは純粋な人間のあなたにとっては常識の話だよね....!本当私って馬鹿だなぁ。」
ははは、と彼女は微笑む。
「どうして、あなたはこんなところにいて、あんな男の人から逃げているの。」
「...それはね。単純だと思うけど、私、死にたく無いの。そして、友達が欲しい。研究所ではみんな一人ひとり個別の小部屋でずっと座っているの。だからね、こんなにも人と話せたことが初めてなのよ。....言葉可笑しくないかな。」彼女は初めて頬を染める。
「あっ、そうだ。此処で会えたのはきっとなにかの縁よ。お友達になって!あたしの名前は製造番号042351。宜しくね。」
あなたの名前は何、と彼女は眼を輝かせながら尋ねる。「私は山中桃佳。あなたの名前、何だか長すぎて不便だから、私がつけてもいいかな。」彼女は首が飛んでいくのではないかと心配になるほど、頷く。「じゃあ楓はどうかな。あなたの瞳や髪が太陽の光に照らされると楓の葉っぱみたいに赤く見えるから....。」
楓、と名付けられたものは目に涙を浮かべて喜んでいる。
「そうだわ。これからまた此処で会いましょう。でもまた奴らが追って来るといけないから今日はお別れよ。じゃあまた明日。」
「また明日。」私は答える。
久し振りに私は人と会うことが楽しみになった。
10月1日
今日を入れると、手術まで後3日である。
あの日から楓は研究所でのことをよく話してくれた。
例えば豚と人間の間の子供には楓の様な人間の形にはなれないものがいることや、内臓を取る前に次の世代を作る作業もあったことを聞いた。
「あたしは特に自分の内臓が健康であることの検査が嫌いだったなあ。だって長くて黒い管を口から入れて悪い腫瘍が胃腸にないか調べるのよ。もう気味が悪くて仕方が無いの!」
無邪気に微笑みながら話すが、その話題は楓の愛らしい雰囲気に全く合わないものだった。
そもそも、彼女らには人権がないのだろうか。政府のしていることが何から何まで非人道的である。
然し3日後にその彼女らから心臓を貰おうとしている私に言えることではないが。
10月2日
今日は楓が来ない。
何かあったのだろうか。とても心配である。
杞憂だと良いのだが。
10月3日
今日も楓が来ない。
一体どうしたのだろう。あんなに私に会いたがっていたのに。また喋れない日が続くともう身がもたない気がする。
10月4日
今日は遂に手術の日である。
楓に会えないのが寂しい。
あと1時間で移動だ。死にたく無い。
10月5日
心臓は製造番号042351から貰った。楓である。
楓は捕まって、私の心臓の為に殺されたのである。私の心臓は楓のものである。即ち、私の命は楓のものである。あんなに彼女は生を望んでいたのに。
胸に手を当てる。自分の、いや、楓の鼓動が聴こえる。楓の命の音だったものである。
彼女の紅い瞳と髪が、私の心臓を握っている。
移植 檜木 ひなた @hyouka_
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