目指せ、断罪回避!お見合いおばちゃん大作戦

くものすずめ

目指せ、断罪回避!お見合いおばちゃん大作戦

 ***


Q. わたしは一体だれなのか?

A. 乙女ゲームの転生悪役令嬢、カリナ=ベイリー。


 ***


 五歳のとき、王宮の中庭でひらかれた第三王子の誕生バーティ。その庭園の広さと美しさに興奮したわたしは、幼なじみの注意を無視して、庭園を走りまわっていた。

 そして角を曲がったとき、わたしは歩いていた少女に、おでこを思い切りぶつけてひっくり返った。


「いっ、いたいですわ……」

「いったあ……ご、ごめんなさい」


 ぶつかった少女の声に気が付き、おでこを抑えながら慌てて謝る。

 はじめて見る少女。亜麻色のまっすぐな髪は、先の方だけくるんと上を向いている。灰色の瞳は、こちらを見るなり、大きく見開かれた。


「……カリナ=ベイリー」

「へ?」


 彼女の口から紡がれるのは、まごうことなきわたしの名前。改めて彼女の姿を見ると、わたしの口が勝手に動いた。


「リリアン=ヒル?」


 そのとき。頭の中で、大量の情報がスパークした。

 空まで届きそうなくらい高い建物。馬がいないのに走る馬車。短いスカート。みんなが覗き込む四角い形の、スマホ。

 あまりの情報量に耐えられなくなって、わたしは今度こそ意識を失った。


 お互いに怪我がなかったのが良かったのだろう。痛み分けということで、互いに詫びはしないことになった。

 そんな大人たちの事情はつゆ知らず、わたしはスパークした情報を整理していた。情報は、時間が経つにつれ、記憶としてわたしになじんでいく。


 あの日、思い出したのは前世の記憶。五日間の記憶の整理の結果、わたしはそう結論づけた。前世のわたしは、地球の日本という国に住んでいた少女だったらしい。どうして死んだのかは分からない。けれど、あのリリアンという少女は、わたしがスマホでやっていたゲームの登場人物にそっくりで、その記憶がもととなって、前世の記憶がよみがえったのだろう。

 そう結論づけると、わたしは前世について考えるのをやめて、日常に戻っていった。前世の記憶なんて、いまのわたしの生活に関係ないもの。


 しかし、彼女のほうは、そう思わなかったらしい。わたしたちの出会いから十日後、わたし宛に、わたしにとってはじめての、お茶会の招待状が届いた。主催者は、リリアン=ヒル。彼女が原因で前世のことを思い出したのをすっかり忘れて、わたしは招待に応じることにした。

 当日、わくわくしながら行ったお茶会は、わたしとリリアンの二人きりだった。マナーに従って、お茶やお菓子、お庭のことを話したあと、リリアンは切り出した。


「カリナさま、『恋するアカシック学園』、つうしょう『恋アカ』のことは……ぞんじていらっしゃるようですわね」


 『恋アカ』は、前世でリリアンが登場していたスマホの乙女ゲームのタイトルだ。『恋アカ』という名前を聞いたところで、わたしは驚いた顔をしたのだろう。よく表情の出る顔は、令嬢らしくないと、家族からさんざん注意されている。


「たぶん、しっていると、思うのですけれど……リリアンさま、もしかして、『日本人』?」

「せいかくには、『日本人のハーフ』だった、ですわね。でも、そのことばがでるということは、やはり、あなたはわたくしとおなじ、『転生者』ですのね」


 リリアンの話を聞くところ。

 リリアンとわたしがぶつかったあの日、リリアンも前世の記憶を思い出したらしい。記憶を整理するうちに、この世界が『恋アカ』の世界と酷似していることにも気がついた。リリアンは、わたしと違って、『恋アカ』の非公式Wikiを作るほどに、ゲームをやり込んでいた。


「わたし、あのゲームをしっているけれど、それほど深くやっていなくて……リリアンさま、ゲームについて、おしえてくださらない?」


 いわく。

 乙女ゲームの舞台は、王立アカシック学園。貴族と、魔力を持つ平民が、十五歳から二年間通う、由緒ある学び舎。わけあって、突然貴族として生活するようになったヒロインは、学園で五人の攻略対象と出会う。攻略対象によって、悪役令嬢が異なり、ゲームクリア後の断罪内容も、令嬢によって変わる。


「もんだいは、わたくしとあなたが『悪役令嬢』であること。そして、前世のきおくをもつわたくしたちからすれば、わたくしたちの『断罪内容』が、もっとも罪がかるいことなのです」


 断罪内容は四種類。死刑、国外追放、平民落ち、修道院行き。


「わたくしとカリナさまの断罪内容は、平民落ちと修道院行き。けれど、前世が平民だったわたくしたちにとっては、ひかんするほどの罪ではありません。また、かりに断罪されたとしても、わたくしがカリナさまを、カリナさまがわたくしを、じじょとしてひきとることで、たすけあうことも、かのうです」

「ほかのれいじょうが死刑になるなんて、みすごすことはできないわ。けれど、わたしだって、できれば断罪なんてされたくない。どうすればよいのかしら?」


 ショックな内容に、思わず敬語がとれてしまった。だれか解決方法を検索させてほしい! そして、はっと気づく。目の前の人は、非公式Wikiをつくるほどにこの世界に精通している。つまり、リリアンに解決方法を聞けばいいのだ。


「カリナさま、わたくしも、あなたをお茶会にしょうたいするまで、ずっとそのことをかんがえていたのです。そこで、かんがえたのが、こちらです」


 日本語を書いた紙を見せてきた。これなら、わたしたち以外には読み取れまい。紙には三つのことが書かれていた。


―――

 三大『ない』ルール!!


一、他の攻略対象のルートを選ばせない。

→ヒロインを友人にして、監視する。


二、断罪されるようなことをしない。

→悪いことをしない。


三、できるだけ家族を悲しませない。

→自分以外の攻略対象を好きになってもらう。


―――


 タイトルがダサい。小学生の標語か。それは置いておいて。


「つまり、リリアンはわたしの攻略対象を、わたしはリリアンの攻略対象を、ヒロインがすきになるようにすればいいってこと?」

「そういうことですわ。うらみっこなしですわよ、カリナ」

「わかった。そっちもね、リリアン」


 この日から、わたしとリリアンの乙女ゲーム対策ははじまったのである。




 ***


Q. 悪役令嬢とは、何なのか?

A. 攻略対象とハッピーエンドを迎えるにあたっての、障害である。


 ***


 ここで、わたしのことを紹介するわね。

 カリナ=ベイリー。ベイリー辺境伯の一人娘。年齢は五歳。お父さまとお母さまは恋愛結婚で、とっても仲が良い。ただ、お母さまはわたしを産んだときに身体を壊してしまい、子どもができなくなってしまったらしい。

 くるくるまき毛のにんじん色の髪に、真紅の強い瞳。髪は、素敵にキマれば自分でもうっとりするくらい見栄えがするのだけれど、雨の日は人に会いたくないほどに残念にキマる。前髪は、前世を思い出したときから、ポンパドール風に結んでいる。前が見やすくてお気に入り。


「カリナ、元気にしているかい」

「ジェイおじさま! いらっしゃい!」


 談話室でお絵かきしながら、橙色のクレパスで自分のまき毛を描いていると、ジェイおじさまが入ってきた。ジェイおじさまは、お隣の領の領主さまで、わたしのお父さまの大親友。こうやって王都にいるときは、よく先触れもなく我が家にやってくる。


「ぼくもいるよ、カリナ」

「……あら、ごきげんよう、ディディエ」


 ジェイおじさまの後ろから、ひょっこりと男の子が顔を出した。思わずトゲトゲしい声を出してしまい、ディディエは片眉を上げた。


 彼は、ディディエ=ブレイデン。ジェイ領主侯爵の次男坊。年はわたしの一つ上。

 そして、乙女ゲーム『恋アカ』において、わたし『悪役令嬢』と対をなす攻略対象サマだ。


「その顔、とてもご機嫌をうかがう令嬢の顔とは思えないよ、カリナ」

「それはあやまりますわ、ディディエさま。いつもいつもうるさいわね」

「令嬢として規格外なきみが原因だろ。ぼくのせいじゃない」

「おおきなおせわよ。そんなにこまかいところばかりきにしていたら、そのうちかみのけがなくなっちゃうんだから」

「ふたりとも、相変わらず仲がいいなあ」

「「よくないっ」」


 毎度ながらイライラするやり取りをディディエとしていると、のほほんとしたジェイおじさんの斜め上の感想が聞こえて、つい突っ込んでしまった。ディディエと声が揃った。うー、やだやだ。


 なんとわたしとディディエで婚約のはなしがでているという。わたしが一人娘だから、父同士が仲のよいジェイおじさまの次男を婿入りさせようという算段だ。ディディエと婚約者だなんて、そんなの、悪役令嬢まっしぐらじゃない! 全力で、丁重にお断りしておいた。


 一方、リリアンは婚約したらしい。相手は、攻略対象のケリー=マーティン。

 あのお茶会の後、わたしとリリアンは、情報交換するために、文通をはじめた。文通からわかったリリアンのこと。


 リリアン=ヒル。ヒル領主侯爵の長女。弟が一人いる。日本人のハーフの転生者。冷静で、論理的。意外にも、社交好き。リリアンは、わたし以外の悪役令嬢にコンタクトして、わたしたちのほかには転生者がいないことを確認している。


 対する攻略対象の、ケリー=マーティン。騎士団長ご子息三人兄弟のご長男。身体を動かすことが好きで、騎士団に入るためにいまから身体を鍛えている。黒髪で紅い瞳。

 リリアンと出会ったパーティに参加していたはずだけど、覚えていないわ。ほら、わたしはお庭に夢中だったから……。


 乙女ゲーム『恋アカ』の攻略対象は全部で五人。ほかの攻略対象は、宰相公爵子息と魔術師長の子息、そして第三王子。ディディエ以外はみんな同じ歳。『恋アカ』は、わたしたちが十五歳、アカシック学園に入学してからの一年間。入学式からイベントは開始して、年度終わりの舞踏会がエンディングだ。


 しかし、手紙で伝えられる内容は少ない。わたしとリリアンは、王都にいるシーズン中は頻繁にお茶会をひらき、このゲームのイベントについて情報交換をした。そんな話し合いやお泊り会(ただのグチ大会とも言う)を数々と経て、十年。


 いよいよ、乙女ゲームの開始の日がやってきた。




 ***


Q. ヒロインはどんな子?

A. サラ=フローレス男爵令嬢。


 ***


 いよいよ、乙女ゲーム『恋アカ』のはじめのイベント、つまり、アカシック学園の入学式の日がやってきた。

 入試の成績順でふられるクラス。ディディエ以外の攻略対象と悪役令嬢、ヒロインは全員トップのAクラスだ。


「ヒロインはまだいらっしゃらないようね」

「リリアン、あなたとっても肝が座っているのね。わたしもう緊張しちゃってるのに」


 入学式開始直前になってやってきたのは、ストロベリーブロンドのかわいい女の子だった。髪の長さは肩より少し長いくらい。

 入学式後のホームルームに行われた自己紹介で、よりしっかりとヒロインのことを観察する。Aクラスは全員貴族。第三王子がよくお茶会をひらくため、何度も顔をあわせている子たちばかり。そんな中、貴族でありながらはじめて顔を見るヒロインに、みんな興味しんしんだ。


「サラ=フローレスです。昨年、おじであるフローレス男爵の養子となりました。勉強中の身ですが、注意してもらえると嬉しいです、よろしくお願いいたします」


 かわいらしい笑顔。丁寧で腰が低いが、卑屈さは感じられない内容。やさしい声。物語のヒロインというのは、彼女のことを言うのだろう。ついうっとりとしてしまう。

 ホームルームが終わるとすぐに、わたしとリリアンはヒロインのもとに向かった。


「サラさま、はじめまして。わたくしはリリアン、こちらはカリナよ」

「サラさま、わたしたち、ぜひお友だちになりたいわ!」

「は、はい、とても嬉しいです、リリアンさま、カリナさま。どうか、様などつけず、呼び捨ててくださいませ」

「では、わたくしたちも同様に。ねえ、カリナ」

「ええ。サラ、これからよろしくね」


「殿下、お疲れ様でした」


 聞き慣れた声がして、教室の入り口を振り向く。ディディエが来ていた。

 一つ年上のディディエがなぜわたしたちのクラスに来るか。それは、ディディエは第三王子の側近だからだ。

 教室の反対側には、リリアンの婚約者のケリーさまの姿がある。


「何度も聞いたと思うけれど、リリアン。ケリーさまがサラとくっつくと、あなた“婚約破棄”っていう不名誉なことになるけど、大丈夫?」

「どうせ断罪されるのなら、そんなこと些事でしてよ」

「やっぱり、リリアンって肝が太いわね……」



 次の日から、授業がはじまった。

 残念ながら、わたしたちとサラは席が離れている。けれど、休み時間のたびにわたしとリリアンはサラのもとに寄ったし、移動教室もお昼もずっと一緒だ。そのため、サラがいじめられたりしていないこと、それどころか、ほかの攻略対象に近付いてもいないことは常に確認できた。

 また、サラが転生者でないことも確認した。『地球』や『恋アカ』の話に反応しない。彼女が転生者であるかは、わたしたちの懸念の一つだったので、このことは大いにわたしたちを安心させた。


 サラは良い子だ。お菓子作りが好きで、ときどき家でつくったお菓子を分けてくれる。


「すっかり餌付けされたな、カリナ」

「ディディエ、うるさいっ」


 刺繍も上手。


「裁縫は昔からやっていたので、得意なんです」


 性格も素直。


「サラ嬢、それは貴族のルールに反しているぞ」

「申し訳ありません。ケリーさま、ご指摘ありがとうございます」


 そして、頭が良い。貴族になったばかりというハンデを持ちながら、はじめてのテストでは、総合ランキングで上位十位に入っていた。


「すごいじゃない、サラ!」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 わたしたちは、努力家で素直でやさしい彼女を、すぐに好きになった。彼女になら、幼なじみを任せても大丈夫。そう思うようにもなったが、とはいえ、断罪対策は怠れない。

 乙女ゲームの次のイベントは、すぐそこまで来ていた。




 ***


Q. わたしたちの断罪対策って?

A. 題して、『お見合いおばちゃん大作戦』


 ***


 ヒロインのサラは、良い子だった。これで心置きなく、わたしたちは断罪対策をとれるというものだ。


 わたしたちがこの十年間で考えた断罪対策。それは、『お見合いおばちゃん大作戦』である。……『3ない運動』といい、我々のネーミングセンスがないのは、涙を飲んで諦めた……。


 さて、『お見合いおばちゃん大作戦』とは、わたしとリリアンがお見合いの仲人おばちゃん化して、攻略対象の良いところをヒロインにプッシュする、という作戦だ。といっても、自分の攻略対象を推すのではない。わたしがリリアンの攻略対象であるケリーさまを、リリアンがディディエを、サラに猛プッシュするのだ。目指せ、断罪回避!


 実はこの作戦は、最初のホームルームの後からすでに開始していた。

 時は、ディディエがわたしのクラスにやって来たところまで遡る。


「サラ。あちら、ディディエさまでしてよ」

「ディディエさま?」

「クラスメイトの、第三王子殿下は覚えていて? ディディエさまは一つ上の学年なのだけれど、殿下の側近を務めていらっしゃるの。頭脳明晰で、常に学年トップの成績をおさめているそうよ」

「わあ、すごい方ですね」


「あら、サラ。窓際の黒髪の男性もすごいのよ。ケリーさまは騎士団長のご子息。剣術、弓術、馬術、武術。身体を使った競技で、わたしたちの学年では並び立つ人がいないくらい、頼りになる存在よ」

「ケリーさまもすごいですね」


 こんな調子で、ことあるごとにディディエとケリーさまを褒めて、サラに良い印象を残すようにするのだ。

 ケリーさまは同じ学年なのに対し、ディディエは上の学年。この作戦は、わたしが有利に思われたが、意外なところに協力者がいた。


「じゃあ次のイベントは、チェス大会で。ディディエ、ウィリアム、頼んだよ」

「はい、殿下」「承知しました」


 ディディエの上司、第三王子だ。

 第三王子は、攻略対象の一人。シャンパンゴールドの髪に、紅茶色の瞳。美しさでは、攻略対象のなかでも群を抜いている。しかし、彼には対する悪役令嬢は存在しない。


「というか、殿下に悪役令嬢は必要ないのですわ」


 何度目かのお泊まり会で、リリアンはため息をついた。


「どういう意味?」

「第三王子ルートって、とっても大変ですの。彼やそれ以外の人との会話、特定の週にどの場所を散策するかについて、常に正しい選択肢を選び続けなければいけない。一度でも選択肢を外したら、それでおしまい。ある意味、殿下の性格が悪役令嬢、恋の障害ですわね。殿下のルートにのせようとするのは、現実的ではありませんわ」

「でも、サポートキャラがいるでしょう?」

「彼も、ほかのキャラクターの情報なら割と簡単にヒントをくださるけれど。こと殿下に関しては、口がかたいのですわ。まあ、側近として正しい姿ではありますわね」


 そう、『恋アカ』には、サポートキャラがいる。

 名前は、ウィリアム=ヤング。わたしたちと同じ、一学年のAクラス。茶髪に緑色の瞳という、いたって平凡な色づかい。ディディエと同じく、第三王子の側近。

 ちなみに、ホームルームでは、サラの隣の席だ。


 アカシック学園では、学校行事が極端に少ない。テスト、剣術大会、魔術発表会、そしてエンディングの舞踏会。恋愛について、大きくポイントを稼げるのがイベントパートなのに、これでは日常パートで地道に積み重ねるしかない。

 それを解決するのが、第三王子だ。殿下は、大のイベント好き。「学校行事が少ないなら、自分でイベントを作ってしまえばいいじゃない」とばかりに、頻繁にクラスイベントを企画する。

 企画の実行は側近たちの仕事だ。イベントの準備にディディエはうちのクラスにやって来て、連絡係としてウィリアムはクラス中を飛び回る。

 これによって、ディディエがわたしたちのクラスに溶け込み、ウィリアムはクラスメイトの情報通となり得るのである。


 ところで、褒める相手が側にいる方が褒め言葉は文脈にのせやすいので、作戦中、わたしたちはディディエとケリーさまの近くにいることが多い。よって、『お見合いおばちゃん大作戦』の作戦内容は、すぐにディディエとケリーさまにバレていた。


「カリナ嬢、さっきから何を言っているのですか……」

「リリアン嬢、恥ずかしいです」

「「ごめんあそばせ」」


 バレてしまった以上、謝ることは謝るが、「もうやらない」とは言ってない。わたしたちは、褒めて、バレて、謝ってというやりとりを、一年中繰り返すことになる。

 そして、わたしたちは気づかなかったが、その様子をにやにやと殿下が、呆れた顔でウィリアムさまが見ていた。


「ディディエも、恥ずかしいとは言うけれど、嫌だとかやめてくれとは言わないんだよね」

「殿下、それは、やぶ蛇というものです」

「ウィリアムさま、こちらは廊下なので、蛇は出ませんわよ?」

「サラ嬢、そういう意味ではありません」




 ***


Q. イベント?

A. イベント!


 ***


 第三王子の企画するイベントは、多岐にわたった。

 まずは、最初のテスト後の王宮中庭でのお茶会。十年ぶりの中庭に、みな喜んだ。


「あの角で、カリナがぶつかってきたのよね」

「おっほっほ、そんなこともあったかしらー」



 次に行われたのは、シーボード大会。

 この国では、社交の場にシーボードと呼ばれるゲームが用いられることがある。前世のゲームに例えると、チェスみたいなものかな。

「われわれも成人が近づいているからね。社交の前哨戦といこうじゃないか。もちろん、賞品は出すよ」とは、第三王子の言。


 大会は、一対一のトーナメント制。予選を行なっているあいだ、ルールを覚えていない者は、殿下自ら、シーボード講座をひらいてくれる。決勝戦は将棋の解説盤のような大きなシーボード盤を用意して、対戦者がゲームを進めるのを見ながら解説を聞く。

 結論。この大会はディディエが優勝。準優勝は、なんとリリアンだった。ちなみに、二人がチート級に強いことを知っているわたしは、シーボード講座に参加した。


「いい勝負でしたわ」

「久しぶりに本気を出したよ」


「ところで、優勝者の賞品はなんだ?」


 だれが言い出したのか。みなシーボードの解説にばかり気をとられていて、賞品のことをすっかり忘れていた。


「じゃあ優勝者のディディエくん、何がいいかな?」

「そうですね……」


 殿下が水を向け、ディディエが顎の下に手を当てて考える。


「昨年のシーボード貴族会の、赤本などいかがでしょう。王室用の余りがあったはずです」

「赤本か。悪くないね」


 シーボード貴族会とは、シーボードを愛する貴族が開催する大会。赤本は、一年間で名のある対戦を集めた解説本だ。本は毎年出版されていてそれなりに人気もあるが、部数が少なく高価なので、手に入れられない者が多い。


「では、昨年の赤本をディディエに。それと、我がクラスの蔵書にも一冊追加しておこう」

「「「殿下、ありがとうございます」」」



 お次は、球技大会。

 こちらは、わたしとケリーさまのいるチームが優勝。わたしたちのチームは、事前に何度も練習会を催した。

 ケリーさまは、ご自身で身体を動かすことも得意だが、指導や指揮をとることも上手だった。「いつも弟たちと遊んでいるから」らしい。けが人が出たときの処置も正しく、私設騎士団を有する辺境領主の娘として、学ぶことも多い会だった。


「やっぱり、みんなで身体を動かすのって良いよな!」



 勉強会、レポート発表会、エトセトラエトセトラ。回を重ねるごとに、わたしたちクラスメイトの絆は深まっていく。一方、主催側は大変なようだ。休み時間ごとに走り回るウィリアムを、サラや他の生徒が手伝っている姿もよく見かけた。



 そして夏には、肝試し。

 なぜか、第三王子とサラとウィリアム、ディディエとリリアン、ケリーさまとわたしという3チームで、王宮の墓地を歩くことに。わたしは幽霊とか本当にダメで……言い出したことを後悔した。本当は、夜逃げした成金商人の家を探索するはずだったのに、どうしてこうなった!


「同級生と墓地を歩くのも、乙なものだね。ほら、あそこは先々代王妃の墓でね、……」

「わたしの知っているお墓より、ずっと豪華です」

「王族だからこんな規模なだけで、ほかの貴族はここまでじゃないよ」


「ぼくは幽霊より、生きてる人間のほうがこわいと思うけどね」

「同意いたしますわ」


「ほ、ほんとに行くの?」

「大丈夫、オレが守ってやるから」


 学園主催の剣術大会。魔術発表会。


 そして、舞踏会。

 



 ***


Q. わたしたちのハッピーエンドってなに?

A. 断罪されないこと、それから……


 ***


 年度最後の舞踏会は、大成功に終わった。

 わたしとリリアンは、それぞれ自分の攻略対象とともに入場した。これまでの関係性から、大丈夫だと思っていても、万が一にも断罪されるかもしれないと思うと、わたしの心臓はバクバクいっていた。


 サラは、なんと第三王子の側近、ウィリアムと一緒に入場した。彼女の幸せそうな顔を見れば、これが彼女にとってのハッピーエンドだということは丸わかりだった。舞踏会が終わっても、結局、わたしたち悪役令嬢はだれも断罪されなかった。わたしとリリアンにとってのハッピーエンドだ。これでもう、サラたちとも普通に接していられる。


 けれど、舞踏会でハッピーエンドがもたらされても、わたしの心は晴れなかった。それどころか、これで今までみたいにケリーさまと一緒に過ごすことがないのだと思うと、世界から色がなくなったように感じた。わたしが沈んだままで、家族やメイドたちは心配していたがわたしは気づかなかった。


 そんなある日、リリアンが遊びに来ると手紙が届いた。大事な話があるという。まさか、『恋アカ』に続編があるとか? いつものサロンで少し緊張しながら待っていると、やってきたのはリリアンだけではなかった。

 正装したケリーさまがそこにいた。


「ケリーさま!? リリアン、これはどういうことなの?」


 挨拶も忘れてリリアンに尋ねると、リリアンは珍しくにやりとした笑みを浮かべて、話しだした。


「わたくしたち、婚約を解消いたしましたの」

「……え!? まさか、断罪されたの?」

「いいえ、円満解消でしてよ。両家の親も納得しておりますわ」

「じゃあ、どうして二人がうちに?」

「まだ何の関係もない男女が二人で会うなんて、スズメたちの餌食になりかねないでしょう? わたくしは、ただのつきそい。そういうことですから、おじゃま虫は退散しますわ」


 そう言うと、リリアンはメイドたちを率いてサロンから出ていった。部屋にはわたしとケリーさまの二人きり。一応、扉は少し開いている。


「カリナ」

「は、はい」


 ケリーさまがわたしの名前を呼ぶ。返事をすると、ケリーさまはわたしのすぐ前にやってきて、ひざまづいた。


「ケリー様!?」

「カリナ=ベイリー嬢。わたし、ケリー=マーティンと結婚していただけないでしょうか」


 言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。わたしが意味のある言葉を返す前に、ケリーさまはたたみかける。


「カリナ、あなたが好きだ。学園であなたがオレのことを褒めるたびに、くるくる変わる表情を一つ知るたびに、愛しいという気持ちが増えていった。この気持ちがなんなのか、オレはずっと分からなかった。けど、舞踏会であなたの美しい姿を見て、ようやくこの気持ちの正体に気がついた。オレは、あなたの隣に立つのは、自分でありたいとずっと思っていたんだ」


 カッと身体が熱くなる。世界のすべてがきらきらと輝き出す。そして、わたしも自分の気持ちに気づいた。


「わたしも、あなたの隣にいたいと、ずっと思っていました」

「カリナ……!」

「けれど、わたしは辺境伯家の一人娘です。ケリーさまはご長男、我が家と婚姻を結ぶことは難しいのではないでしょうか」

「オレが婿に入る。オレには弟たちがいる。家も騎士団も、彼らに継がせればいい。それに、騎士を目指してきた身体や知識は、きっとベイリー領の役に立つ。だから、カリナ、返事を聞かせてほしい」

「……この婚約、よろこんでお受けします」


 ケリーさまの手を取り、応接室で待つというリリアンのもとへ歩く。すると、応接室には、リリアンの他に、ディディエの姿があった。


「わたしは、王位を目指さない第三王子に仕えている。どこまで出世できるかも分からない。苦労させることも多いだろう。だけど、きっと幸せにしてみせる」

「ちがいますわ、ディディエさま」


 リリアンは、頬を赤くそめて、微笑んだ。


「二人で、しあわせになるのです」

「それもちがうな」


 完全に二人の世界だったところに、ケリーさまが割って入った。


「四人とも、しあわせになるんだ。ディディエ、そちらもうまくまとまったようだな」

「ああ。連絡をくれてありがとう」


 ケリーさまとディディエが笑みをかわす。どうやら、この会は、男性ふたりのたくらみだったらしい。


 こうして、わたしとケリーさま、リリアンとディディエは、婚約を結ぶことになった。リリアンは卒業後すぐ、わたしは卒業してから三年後に結婚式をあげる。これから先は、ゲームが終わったあとの世界。そして、乙女ゲームのアナザーストーリー。


「きっと幸せなものがたりにしてみせますわ」

「ええ、四人で幸せになるのよ」


 わたしたちは顔いっぱいで笑いあった。


 元悪役令嬢は、元攻略対象と結ばれましたとさ。

 めでたしめでたし、よね!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目指せ、断罪回避!お見合いおばちゃん大作戦 くものすずめ @kumono_suzume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ