じっちゃんとの遠出
黒本聖南
前編
僕のじっちゃんは写真が好き。見るのも撮るのも好きだ。まぁ、単なる趣味、下手の横好きってやつだけど。
小学校低学年の頃だったかな、僕の家は両親共に働いていて、兄弟はいない。友達との約束がなければ、放課後は近所に住むじっちゃんの家で過ごすことが決まってたんだけど、その日はいつもと違った。
「ケン! 三鷹行くぞ!」
玄関開けてすぐ、じっちゃんがそう言った。僕が帰ってくるまで、玄関で待ってたらしい。足元には、少し膨らんだクリーム色のエコバックが置かれ、首には、銀色の塗装が所々剥げた、じっちゃんのお気に入りのカメラが提げられていた。出掛ける準備は万端だった。
「なんで三鷹?」
「武蔵野だ! 武蔵野に行くんだ!」
「え?」
まだボケてはいなかったけれど、自己中心的な所があったじっちゃん。早く行くぞと急かすじっちゃんを宥めながら、三鷹と武蔵野どっちに行くのと訊いた。
「三鷹の武蔵野に決まってるだろう!」
何が言いたかったのかといえば、三鷹の方にある、武蔵野の森公園に行こうとのことだった。前日の夕方のニュースで武蔵野の特集をしてたみたいで、それを見て写真を撮りに行きたくなったらしい。
「でもじっちゃん、お昼ご飯は?」
その日は終業式で、昼前には帰ってこれた。つまり給食はなし。どうせじっちゃん家に行くのだからと、母は何も用意していない。入学祝いに買ってもらった子供用スマホを尻ポケットに入れただけの、わりとお腹を空かせた僕を、おにぎりあるからの一言でじっちゃんは連れ出す。
最寄りの駅まで、お互いに汗ばんだ手を繋いで歩いていた時も、電車に乗って三鷹に着くまでも、じっちゃんはひたすら話し掛けてきた。
「武蔵野は自然いっぱいだからな! 撮り応えあるぞ! それに自然の中で食べる飯は旨いしな!」
僕は頷くだけなのに、疲れてしまった。
三鷹に着くと、今度はバスに乗るのだと、停留所に連れてかれる。しばらくしてバスが来たけれど、何故かじっちゃんは脇に逸れ、後ろの人がどんどん乗っていく。どうして乗らないのかと訊けば、行き先が違うからだと言われた。
「でも、停留所はここで合ってるんでしょ? もしかしたら行くかもよ? 訊くだけ訊いてみてよ」
じっちゃんは少し嫌な顔をしながら、運転手さんに訊いてくれた。意外と人見知りする人なのだ。
結局、そのバスは目的地まで行ってくれるようで、僕らはそれに乗ることにした。一番後ろの席に座り、窓を眺める。
最初はお店や家とか、人工物がいっぱいで、だけど駅から離れていくと、緑や茶色が混じってくる。あんまり気乗りしなかったけど、少し楽しみになってきた。
「どこで降りるの?」
「野水一丁目だ」
じっちゃんが答えた瞬間、アナウンスが流れる。
『次は、野崎二丁目。野崎二丁目』
僕らは顔を見合わせた。
「ちゃんと確認したんだよね?」
「……もちろんだ」
じっちゃんにしては自信のない声が、僕を不安にさせる。
あまり滑舌がよろしくないじっちゃん。運転手さんにきちんと伝わっていたのか。
確信が持てるまで、僕らは一言も話せなかった。
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