第53話

 アイルの頭には「解体」という単語が何度も反響した。


 「解体って…… ?」


 「そのまんまの意味だ。明日いっぱいで、氷晶の薔薇は解体処分を受けることになった。加えて、しばらくの間俺たちはギルドの結成も禁止されるらしい。ここに来た騎士の一人がそう言ってた」


 「そんな重い処分が……」


 「みんなは? 薔薇園の子たちはどうなるの?」


 隣に座っていたライラは、前のめりになって聞く。その両手は胸の前で強く握られていた。


 「ギルドのみんななら、一応個人で依頼を受けたりもできるし、働き口ならあるんだが…… 薔薇園の子どもたちはそうもいかない」


 そうだろうな、とアイルは納得した。考えてみれば至極当然だ。

 薔薇園は氷晶の薔薇が資金を捻出することで運営されていた。氷晶の薔薇が解体されることでその資金提供が滞るのだから、薔薇園を支える物は無くなり一気に倒壊する。いわば道連れの状態だ。仮にギルドの解体処分という大事に至らなくとも、リーダーを含めた主力メンバーが捕まった時点でこの帰趨は決まっていただろう。


 「子どもたちに、そのことは伝えてあるのか?」


 「まだだ。昨日の今日で色々大変だったし、そもそもソフィア様たちが捕まった事すら隠してある。みんなが母親みたいに慕ってるんだ。その人が不正を働いて捕まったなんて、俺たちの口からはとても……」


 男はやるせなさそうに目と口を閉じた。

 彼の気持ちは痛いほどよくわかった。ソフィアの事を伝えたら、子どもたちはどんな顔をするか。それは想像に難くない。泣き喚く者もいれば、信じられないと首を振る者もいるだろう。子どもは繊細だから、一生心に傷を負う者も出るかもしれない。


 「他のみんなが言い辛そうにしてるのを見て、つい俺が本当の事を伝えるって言ってしまったんだが、ここに来て怖気付いてしまって。なあ、頼む。一生のお願いだ。言うのを手伝ってくれないか?」


 男は椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。

 彼は人一倍正義感が強く、何事にも物怖じしない性格だった。そんな彼に尻込みさせるほど、この件は重く複雑なことなのだ。

 彼一人に重荷を背負わせるわけにはいかない。


 「頭を上げてくれ」


 「じゃ、じゃあ……」


 多少ホッとした顔をした男に向かって、アイルは首を横に振る。


 「まだ子どもたちに謝るには早い」


 「えっと…… それって、どういう意味なんだ…… ?」


 「ソフィアさんたちは、白翼の剣が提示した証拠のために捕まったんだよな?」


 アイルはわざと遠回しな質問から始めた。


 「そうだが」


 「だが、ソフィアさんがそんな足のつくような初歩的なヘマを犯すと思うか?」


 「それは…… どうだろう」


 男の歯切れが悪いのも、半分は理解できる。あの時のソフィアは少し危なっかしい感じがあった。そういうミスがなかったとは言い切れない。

 だが、もう一つ不可解な点があることにアイルは気づいていた。


 「それだけじゃない。まず第一に、ソフィアさんが、恩義のあると言っていた白翼の剣のリーダーに強要するなんて、そんな物騒な手紙を出すとは思えないんだ。いくら切迫詰まっていたとは言え、彼女の性格上そんな文を書くとは考えにくい」


 「確かに、言われてみれば……」


 それから、男はハッとしたように目を見開いた。


 「待てよ。それじゃあ、ソフィア様の手紙の件は」


 「誰かに捏造された、もしくは誰かに騙されて書かざるを得ない状況だった。そう仮定することもできる」


 「ということは、まさか白翼の剣が…… !」


 男の頬はみるみる紅色を帯びていく。眉間には深々とシワが寄っていた。


 「くそ、俺としたことがそんな事に気づかないなんて! ソフィア様をほんの少しでも疑ってしまった自分が憎い! アイル、早いとこあのギルドに殴り込みをーー」


 「それなんだが。俺とライラに任せてくれないか?」


 男の反応が一拍遅れる。


 「おいおい、何言ってんだ。みんなで行った方が、奴らもビビって白状しやすいだろう?」


 「いや。これは俺のなんとなくの当て推量だ。もし間違っていたら、白翼の剣との仲が悪くなってしまう。そんなことがあったら、みんな色々大変になると思うんだ。俺のせいで、みんなをさらに窮地に追い込みたくない」


 何か反論してくる気配を見せる男に、「それに」とアイルは間断なく続ける。


 「みんなが血相変えて屋敷を飛び出したら、子どもたちが不安がるだろう? 他のみんなには、俺たちが戻る間、子どもたちが不安にならないよういつも通り接していて欲しい。ソフィアさんが何より心配しているのは、ここの子どもたちのはずだから」


 復讐に身を任せるか、子どもたちの安寧を優先するべきか。男はたぎる怒りの念と理性との狭間に引っかかったらしく、口をもごもごさせ、室内をせわしなくうろつき始めた。ライラは心配そうに彼の背中を目で追っている。だが、そんな内心の葛藤はすぐに決着がついたようだ。

 彼は深く息を吸い込み、それから思い切りそれを吐き切った。


 「本当に、任せていいんだな?」


 「ああ」


 「…… わかった。ソフィア様たちのこと、いや、俺たち全員のことを、くれぐれもよろしく頼む」


 男の視線を受け、アイルは力強く頷いた。


 「すごいね、アイル。そんなところに気付いてたなんて。探偵さんみたいだったよ」


 こちらを見るライラの瞳はキラキラしていた。

 この細い裏道はドブの臭いがひどい。だが、アイルの顔色が冴えない理由はそれだけではない。


 「いや、正直なところ俺の考えが当たってるか自信はない」


 「え、どうして?」


 「確かに、ソフィアさんが事前に白翼の剣に手紙を送っていたのは事実だ。俺もそれは聞いている。内容までは知らないが、それが証拠になった可能性が高い。だが、協力を強要する文章が本当に見つかったのか少し疑問なんだ。手紙に印が押されていた以上、そんな簡単に偽造はできないだろう。それに、そう易々と謀られて書いたとも思えない」


 「んー、じゃあ手紙はどうやって?」


 「それは…… 詳しくはわからないが」


 まだこの事をライラに言う訳にはいかない。これは断言するに至らない、妄想に近いものとも言えるからだ。そのことで、せっかく平静を取り戻した彼女の心を無為に揺さぶりたくはなかった。

 しかし、もしこれがアイルたちをおびき出すための罠だとしたらどうだろう。ソフィアたちを助けられる唯一の手段は白翼の剣にある。道を一つに絞られ、誘導されてる気がしないこともない。国王がバックに控えている騎士であれば、いかようにも事実は曲げられるはずだ。ソフィアたちの身柄を拘束することも容易い。だが、それにしては少々周りくどく、確実性が低い気もするが。

 彼が男の同行を拒んだ理由の主意はここにあると言って良い。もし、白翼の剣と騎士に何らかの関係があるなら、皆を危険に晒してしまう。それだけは避けたかった。

 「何にせよ」と自分の迷いを断ち切るが如く、アイルは少し声のボリュームを上げた。


 「まずは白翼の剣リーダー、ダミオンから話を聞くことが先決だな」


 「うん。絶対みんなを助けようね!」


 ライラは気合十分という感じだった。

 そうだ。ソフィアたちを助けにここまで来たんだ。

 絶対にみんなを助けよう。自分の中で復唱した。

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